147
追い出した村民や町民たちは、難民として近隣の大きめの町に身を寄せている。小さな村じゃ難民を養えないからな。
住む場所は簡単な掘っ立て小屋やテント、馬屋だったりするけど、飢えてはいない。俺が追い出す時に食料を持たせたから。
もちろん、その中にはもちろんジャガイモやネコ麦も含まれている。俺の眷属のな。
というわけで深夜、草木も眠る丑三つ刻。豆の木の俺は寝ずにお仕事をしましょうかねっと。
《聞こえますか……聞こえますか……いま、あなたの心に直接話しかけています……》
このネタ、以前にもやったな。いつだったっけ?
まぁいいか。三回やるとギャグになって持ちネタにできるらしいから、あと一回かな? 誰に使うか考えておこう。
寝ている村民たちにメッセージを送る。眷属の芋や麦を経由した【闇魔法】の応用だ。
《時はきました……村へ……町へ帰るのです……故郷へ帰るのです……》
いや、実際のところは【闇魔法】じゃないかもしれないんだけど、なんか、どうしてだかできるようになってたんだよな。
それっぽい新しい
【闇魔法】……初めての時は加減が分からなくて、オークの青年を廃人、廃オークにしちゃったのに、俺も上達したもんだぜ。あの悲劇は繰り返さない。ノーモアオーク。
これも【闇魔法】の
《むぅ〜、聞こえてるですのぉ。こんな夜中に話しかけないでほしいですのぉ》
おおっと、これは失礼。寝てたみたいだ。キノコも夜は寝るんだな。
何をしているのかというと、占領地の再開発と整備が終わったから、追い出した村人に帰ってきてもらって畑を耕してもらおうって魂胆だ。俺ひとりじゃ手が回らないからさ。
まぁ、ぶっちゃけ? 周辺の町っていうか教国の首都より快適な環境を用意しましたし?
住宅地は区画整理済みで道路は石畳、家は全戸新築で上水道完備、畑には縦横に農道と用水路を敷設、数カ所に水車小屋も建てて粉挽きも楽々ですし? 住宅地のところどころに街路樹を植えて景観にも配慮してますし?
まぁ、その街路樹の何本かは俺の分身なんだけど。監視も完璧。
いや、セキュリティですよ? あなたのお傍にマメソック。……これも以前にやったかも? まぁいいか。
そして翌朝。
「おい、お前、昨夜オレに話しかけたか? 村へ帰れって」
「え? あんたが言ってたんじゃないのかい? あたしも聞いたけど、あんたの寝言かと思ってたよ」
「父ちゃん、それ、オイラも聞いたよ。誰だろうと思って起きたけど、誰もいなかった!」
「そんな……それじゃ、一体誰が?」
ふふふ、困惑しているな。夢のお告げ作戦第一弾は成功のようだ。
第二弾はもう少し【闇魔法】の出力を上げて、ちょっと悪夢っぽいものを見せよう。既に故人の親族が『村へ帰りてぇだよ』って夢枕に立つとかな。
第三弾は更に出力を上げて……いや、それはやめておくか。あんまりやりすぎるとホラーになっちゃいそうだもんな。
◇
「こ、こりゃあ一体……」
「父ちゃん、すごいよ! 道が石でできてる!」
「あんた、ここ、本当にサイハテ村かい? どっかで道を間違えたんじゃ?」
「い、いや、あそこのあの山の形は間違いなくどんぐり山だ。だからここで合ってるはず……」
第一陣の帰還者御一行様ご到着ー! おかえりー!
いやぁ、意外と時間がかかったな。一週間も枕元に立っちゃったよ。ホラーだね。
けどその甲斐あって、夢を見せたうちの八割が故郷に帰ることを決めてくれた。残りの二割は都会で暮らす決意を固めてるっぽい。無理強いはできないよなぁ。
まぁ、その都会よりも快適な生活を提供するんですけどね! 大魔王不動産は人々の暮らしに寄り添います!
ちなみに、万里の長城みたいに伸ばしてた城壁は、帰還の邪魔になるから一時的に撤去してある。教国軍はしばらく動けなさそうだしな。来ても偵察くらいだし。
帰還者がある程度おさまったら再設置する予定。もっと首都寄りに。
ふはは、この調子で陣地を増やすぜ!
「皆様、おかえりなさいませ」
呆気に取られている御一行様へ、ひとりの男が話しかける。三十歳くらいで痩せぎす、色の薄い亜麻色の髪を短く刈り込んだ、カソリック風の僧服を着た男だ。
中肉中背で、顔は特に目立つところがない平凡な顔だ。あえて言うなら、少し顔が細長いかな? ってくらい。多分、町で見かけても単なる風景の一部としか認識できないだろう、超モブ顔。
「あんたは?」
「私はニアンと申します。神の教えを広めるために南の方からやってきました」
帰還者のお父さんの問いかけに、穏やかな笑顔で答えるニアン。
「神の教え? 坊さんなのかい?」
「はい。ロキシー教というすばらしい教えです。どうかよろしくお願いします」
そう、こいつが
元々はブタ領主の屋敷の厨房で働いていたコックのひとりなんだけど、あっという間にあの一家に感化されて入信してしまったのだ。つまりこいつも変態である!
と言っても、こいつの性癖は『臭い』らしい。くさい臭いが好きなのだそうだ。稀によくいるタイプの変態だな。
中学生の頃、同級生にもいたなぁ。よせばいいのに、化学の実験でアンモニア原液の臭いをモロに嗅いでひっくり返ってた安東くん。
自分がひっくり返るだけならまだしも、その拍子に手に持ったアンモニア原液をばら撒いちゃって、実験室が阿鼻叫喚の地獄絵図になっちゃったんだよなぁ。
その後しばらくは『アンモー』ってあだ名で呼ばれてたけど、まぁしょうがないよね。
それからというもの、妙に臭いに敏感というか執着するようになっちゃって、ひたすらいろんなものをクンクンする奴になっちゃった。イヌか。
コイツもそういうタイプかと思ったら、どうやら人の臭い限定らしい。特に汗や腋臭の臭いがたまらないんだそうだ。業が深い。皇国はこんなやつばっかりだ。
今だって、見た目は穏やかに微笑む聖職者だけど、頭の中は
《はぁ、はぁ。長旅で饐えた中年男の濃い体臭がっ! 少しまろやかな中年女の体臭もいい! しかし、何と言ってもちょっと乳臭い子どもの臭い! 日向の臭いにも似たこの臭いがたまらん! ああ、あの革靴を脱がせて臭いを嗅ぎたい!》
こんなだからな。事案ギリギリだ。ギリギリアウト。
まぁ、でもまだマシなほうだよ、うん。ブタ領主一家の誰かが来ていたら、初手から通報ものだっただろうからな。服着ているだけマシ。
さて、それじゃこの辺りのことはコイツに任せて、俺は戦争の続きをしようかね。
面倒なことは早めに終わらせたいからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます