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「け、剣の聖者様! ご報告です!」

「何事じゃ?」

「はっ、大魔王軍を監視していた斥候からの報告ですが、その……」

「なんじゃ、構わんから申せ」

「はっ! その、大魔王軍が占領地に巡らせていた防壁ですが、忽然と消えたと……」

「なにっ、防壁が消えたじゃと? 何を馬鹿なことを。あんな大きなものが消えるわけがなかろう」

「はっ。それは小官も同意するところではありますが、確認に向かわせた隊長職も同様に申しておりまして……」

「むぅ……ということは、本当に消えたのか。大魔王は防壁を自由に出したり消したりできるということか? 厄介な」

「はい、まことに。しかし、それができるとして、何故いま消したのかという疑問が」

「うむ。何らかの策か、あるいは別の理由があるのか……」

「け、剣の聖者様! ご報告が!」

「なんじゃ! 今は別の報告を受けておるところじゃ!」

「申し訳ございません! しかし、緊急のご報告でありますれば!」

「むぅ、緊急とな? 良かろう、申せ」

「ははっ! 宿営待機中の兵たちに現在、大規模な食中毒が発生しております!」

「なんじゃと!?」

「おそらく昨夜の夕食が原因と考えられます! 兵のおよそ七割がなにかしらの体調不良を訴え、そのうちの半数が重症で身動きが取れず、作戦行動に支障がでております!」

「何故じゃ! 何故そのようなことになった!? 調理係は何をしておったのじゃ!」

「はっ! 聞き取りを行いましたところ、特に変わった食材や調理法はしていないとのことで、調理担当全員が心当たりはないと申しております! 残った食材を検分致しましたが、特に傷んでいたり毒があるものは含まれておりませんでした!」

「ぬぅ。発症した者が共通して口にしたものは何じゃ?」

「はっ。周辺の村や町から集めた野菜のスープ、同じく小麦を焼いたパン、あとは井戸水であります」

「ふむぅ……周辺住民や調理担当全員が結託して、というのは考えられぬか。ワシも昨夜は同じものを食ったが、特に不調はないしのぅ。たまたまか? 分かった、報告ご苦労。倒れた者には養生せよと伝えておいてくれ」

「ははっ! それでは失礼致します!」

「では小官も業務に戻ります!」

「うむ、ご苦労。下がって良い」

「ははっ!」


 うーん、声は聞こえるけど中の様子がわからん。天幕の布の端を押さえる石になんて化けるんじゃなかった。しかも入口の反対側だし。失敗したなぁ。

 まぁ、声のニュアンスでだいたいの雰囲気は把握できるけどな。お爺ちゃんが困ってるのは、中が見えなくても丸わかりだし。


 はい、全部私がやりました!


 防壁は、帰郷する元村民や元町民のために一時撤去。いまは亜空間に仕舞ってある。壁があると帰れないからな。

 それ以外の理由はないんだけど、教国軍が深読みして手をこまねいてくれるならラッキーだ。悩め悩め。

 まぁ、攻めてきたらすぐに亜空間から出して、また防衛線を引くんだけどな。出すだけならすぐだし。早いのね。


 食中毒のほうは、素材にまぎれこませたジャガイモとクレソンもどきが原因だ。【毒生成】で青くなったジャガイモの毒成分――ソニンだかソラニンだか――を生成して食わせてやった。見た目は変わってないからな。お釈迦様でも気が付くめぇ。

 あの毒って致死量が結構多かったはずだから、余程の食いしん坊でなけりゃ死にはしないはず。ちょっとお腹を下したり熱が出たりするくらいで済むだろう。

 症状が出なかったり弱かったりした人は、単に食べた量が少なかったか、元々体力があって効果が薄かったか、だろうな。

 お爺ちゃんの場合は両方? お年寄りは食が細くなるらしいし、名持ちはステータスが高くなるからな。


「アラアラ、これは当分身動きが取れなさそうねぇ。ま、到着したばかりで疲れてるし、アタシにとっては休暇がとれてありがたいかも?」


 副官と入れ違いで、女の声がテントの中に入ってきた。


「……教国の兵が苦しんでおるのじゃ、軽口はやめい、『こぶしの』」

「アラごめんなさ〜い。他意はないのよ? 自分に正直に生きるのも良し悪しね」

「まったく、おヌシは……」


 そう、この声の主は拳の聖者だ。昨日、首都から増援を率いて合流してきた。お爺ちゃんへの挨拶に来たときにチラッと見た。

 見た目は……まぁ、なんていうか……骨っていうかミイラ? 多分、女。

 背はそこそこあるんだけど、超ガリガリなんだよねぇ。声を聞かないと男か女か分からないくらい肉がない。

 顔は頭蓋骨にカサカサの乾いた皮が張り付いてるだけって感じで、まぶたも唇も薄い。

 落ち窪んだ眼窩の奥で、目だけが濡れてギョロギョロと光ってる。ダボッとした白いローブを着ていることも相まって、パッと見はマジのゴーストだ。夜中に子どもが見たら泣くこと間違いなし。

 ローブの裾から見える腕も細くて、手首なんて掴んだだけで折れそうなくらい細い。本当にこれが拳の聖者、拳聖なの?

 でも、髪だけは黒くて艶があって長い。無造作にひとつにまとめて左胸に流してる。胸、無いけど。平原だけど。


「……今なにか不埒な気配があったわね?」

「そうか? ワシには感じられんかったが?」


 むぅっ!? 見た目はどうあれ、やはり女か。触れてはいけない事に関しては敏感に反応するらしい。気をつけねば。

 そもそも、女性の胸に無許可で触ったら事案だしな。了解を得てから触るべし!


「まぁいいわ。で、今後の方針は? これからどうするつもり?」


 この教国軍、一応の総司令官はお爺ちゃんだ。指揮権はお爺ちゃんが握っている。

 ミイラも聖者だから指揮権があるらしいけど、異なる指示を出されて現場が混乱すると困るから、非常時以外はお爺ちゃんに一本化しておくんだそうだ。


「……今は動けん。状況が悪すぎる」

「今は、ねぇ。それじゃ、いつになったら動けるのかしら?」

「とりあえず、食中毒騒ぎが落ち着いてからじゃな。でなければ何もできん。その後は斥候からの報告次第じゃな。大魔王の所在と敵の陣容だけでも明らかにせねば方針を立てられん」

「アラアラ、見事に無策なのね! そんなの、軍を招集する前に済ませておくことじゃないの?」

「仕方あるまい、事前情報とは全く違っておったのじゃからな。今から情報の集め直しじゃ」

「アラアラ、本当に仕切り直しなのね? これは長引きそうねぇ」

「……長引くだけで済むなら良いのじゃがな」

「……ちょっと、そんなに不味い状況なの? いつもの魔王退治とは違うってこと?」

「アレは、そんな簡単なものではない。教国の聖者総掛かりでも倒せるかどうか」

「そんなに!? いえ、アナタがそう言うのならそうなんでしょうね。ということは、情報を集めて……正面から当たらずに策に嵌めて倒すってことかしら?」

「うむ。『弓の』にも伝えておいてくれ。策が決まるまで、今はまだ動くなとな」

「分かったわ。情報が集まったら教えて頂戴。策の案くらいは出すわ」

「うむ。その時は頼む」


 ふむ。やっぱお爺ちゃんは優秀だな。総合力では敵わないと判断して、奇策を使って俺を倒そうって算段か。

 まぁ、寡兵や弱兵が強敵に勝とうと思ったら、ソレしかないよな。


 でも、お忘れじゃないですか? 俺は侵略者ですよ? こっちには、その策が練り上がるまで待ってあげる義理は無いんですよ?


「て、敵襲だーっ!!」


 ふひひ。

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