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「数は!? どこから攻めてきているのじゃ!?」

「はっ、敵総数は不明、既に多数のゴブリン兵に侵入されております!」

「なにっ!? 見張りは何をしておったのじゃ!」

「これは不味いわね! アタシもすぐに出るわ!」

「頼んだ! ワシも指示を出したらすぐに向かう!」


 慌ててる慌ててる。拳の聖者が天幕から駆け出していった。

 だよねー、接近どころか、侵入されるまで気づかなかったんだもんねー。そりゃ慌てるよねー。

 まぁ、しょうがないんだけど。だって、接近なんてしてないんだから。見張りの兵は悪くない。サボってない。


 ぶっちゃけ、侵入経路は食料庫です。眷属のジャガイモに意識を移して、【時空間魔法】の亜空間経由で乗り込ませました。

 普通は、荷物に紛れて侵入されることを警戒しても、その荷物自体を警戒することはないからな。警戒するのは食料庫に運び込むまでで、運び込んだあとの警戒はザルになるもんだ。

 よもや、美味しいお芋が大魔王の手先だとは、お釈迦様でも気がつくめぇ。


 ゴブリンを一体転移させたら、次はそいつにも【時空間魔法】を使わせて次のゴブリンを呼び出す。そうやって次々に呼び出せば、あっという間に数千の奇襲部隊の完成だ。

 この戦法は強いかもしれん。空挺降下よりも迅速に、より中枢に近いところへ陣地を確保できてしまうからな。この戦法であれば、現代軍隊相手でも無双できるかもしれん。

 ひょっとして、魔法って科学より優秀? 異世界転移しても現代兵器無双なんてできない? ラノベざまぁ?


 いや、これは俺が優秀なだけだな! 盛大に自画自賛しておこう! 俺最強! 俺最高! 俺天才! 誰も褒めてくれないので自分で褒めました! くすん。

 まぁ、大魔王だから、この世界の人にとっては天災なんだけど。俺最凶。


 おっと、火の手が上がった。はい、私がやりました。秒で自白。

 だって武器庫は燃やしておかないとね。武器なんて不幸しか生まないわ! みんな燃えてしまえばいいのよ! ということで燃やす。


 武器なし、体調最悪って状況で、まともに戦えるわけもなく。最初からフラフラの兵士の皆さんを、スネ毛棒でビシビシと無力化していく。

 何もしなくても動けないだろうけど、俺がこのスネ毛棒を生み出すために味わった痛み分くらいはお返しさせてもらわないとな。オラオラ! お前のスネ毛も毟ってやろうか!?


「くっ、火の回りが早い、武器はもう無理ね! ゴブリンも予想以上に多いわ! 仕方がない、一本使いましょう!」


 おっ、拳の聖者が火事の現場に現れた。犯人は現場に戻るって言うからな。いや、犯人おれはずっと現場にいるけども。複数犯です。ここには四十人います。


 うん? 拳の聖者がローブの袖の中からボトルを一本取り出した。水筒か?

 そんなものじゃ火事は消えないぞ? 油火災だからな。むしろ、水を掛けたら余計に燃え広がるまである。

 と思ったら、飲むのか! いや、普通、水筒の水は飲むものだな。麦茶でも可。

 おー、一本一気飲みか。五百ccくらい入りそうな水筒だったのに、よく飲めたな。

 というか、そのガリガリの身体によく入ったな。どこか漏れてたりしない?


「ぷぅ……よし、来た来た、きたよぉっ!」


 えっ、何が?

 って、おおっ!? 拳の聖者が光った!? これはもしや!?

 ガリガリだった腕に肉が! カサカサだった肌に艶が! ひび割れていた唇がプルプルに!

 なにぃっ!? 洗濯板だった(予想)胸が盛り上がっていくだと!? モリモリと、モリモリと!

 これは変身、いやパンプアップ!? お前、◯肉番長だったのか!? あの水筒の中身はヤバい薬、つまりドーピング!?


「ふぅ。こっちの準備ができるまで待っててくれるなんて、意外と律儀なゴブリンね……って、あら? なんだかやる気がなさそう?」


 いやまぁ、変身シーンが終わるまで手を出さないのはおヤクソクだからな。そう、おヤクソクなんだけど……うーん?


 いや、確かに変身の前後で見違えるほどに変化してるよ? してるんだけど……なんかこう、違うんだよなぁ。

 身体に肉が付いたのはいいんだ。おっぱいボインボインでお尻プリンプリンでウエストキュッって、ナイズバディになってるのは素晴らしい。

 手足もスラリと長くて、まぁ、ボディは満点だ。素晴らしい!

 でも……顔がなぁ。

 いや、ブサイクじゃないよ? 俺の美的センスでは、だけど、悪くはない。

 ってか、普通。

 唇はプリッとしてるんだけど上唇も厚めでタラコっぽいし、目は一重でちょっと細い。鼻も高くはない。ちょっとエラが張ってて顔が四角い感じもする。なんとなく半島系っぽい?

 ぶっちゃけ、可愛いか可愛くないかで言えば、可愛くない……わけじゃないけど、うん、やっぱ普通。


 いや、変身ヒロインものだと、変身後は例外なく美人になるじゃん? いや、変身前から実は美人だったりするじゃん? それを期待するじゃん?

 だから変身が終わるまで待ったんだけど……裏切られた! 大きなお友達の純情は踏みにじられました! 現実に絶望した!

 やっぱ現実リアルは駄目だ! エンターテインメントを分かっていない! もっと盛り上げろよ! 周囲の期待に応えろ! 展開はドラマティックに!


 よし、このダメダメな現実に、俺が手本を見せてやろう! いや、魅せてやろう!

 ゴブリンズ整列! キャスト召喚! ミュージックスタート! イッツ・ショータイム!


「な、なに!? 何をするつもり!? この音楽はなに!?」


 拳の聖者が腰を落として臨戦態勢になるけど、まぁ待て。もうちょっと待て。

 ゴブリンズが声の代わりにシンセティックな音でリズムを刻む。『イィーッ!』だけじゃないのですよ!

 それに合わせてゴブリンズ全員が小刻みなステップを踏みつつ、身体を痙攣させるように揺らす。

 徐々にゴブリンズがふたつの集団に分かれ、その間から豊満な体型の、おそらく女性が歩み出る。燃え盛る炎を背負っているから、拳の聖者からはシルエットしか分からないかもしれない。けど、メイド服を着ていることくらいはわかるだろう。

 女性がゴブリンズの最前列まで出ると、素早く集団がひとつに戻る。

 そして、女性とゴブリンズが揃ってステップを踏む。ときに素早く左右の足を入れ替え、ときに膝を曲げたままつま先立ちになる。非常にテクニカルだ。

 腕を振り上げ、そしてたたみ、腰を揺らし、クルリとターンする。

 緩急のある動きは続き、そして音楽が盛り上がったところで動きをピタリと止め!


「♪CAUSE THIS IS THRIL◯ER〜♪」


 メイド服の女性が歌い出す! そう、二十世紀の大スター、マイコーの『スリ◯ー』だ!

 歌っているのはライチ。やっぱ、渡辺直◯に似せたならダンスを踊らせないとね! ◯ヨンセじゃなくてマイコーだけど。どっちかっていうと、パパイヤのときに踊らせるべきだった?

 歌いながらもダンスは続く。両腕を振り上げたまま身体を左右にターンさせるス◯ラーダンス! この振り付けを踊らないと◯リラーじゃないからな!


「♪KILLER、THRILL◯R、OW!♪」


 よし、歌いきった! 踊りきった! 余は満足じゃ!


 拳の聖者も、途中で妨害しないなんて、思ったよりエンターテインメントを分かっているじゃないか。見直したよ。

 と思ったら、なんか口を開けてポカンとしてた。呆けてただけっぽい。

 むぅ、この世界に◯リラーは、まだ早すぎたか?

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