006

 春の終わり頃、俺の支配領域に訪問者があった。

 相変わらず雨の降らない、砂埃の舞う荒れ地の東からやってきたその一団は、俺(の分身)の作った湿地の畔に、倒れ込むように腰を下ろした。一、二、三……十三人か。上は六十くらい、下は六つくらいかな? 老若男女入り混じった集団だ。着ているものはみな襤褸ぼろい。けど、初めての服を着る文化を持っている生き物だ。

 そう、ヒトだ! この世界で初めて見る人類だ! おーっ、ちゃんとこの世界にも人類がいたんだな! 頭の上にネコ耳が付いてるけど、それ以外はちゃんと二足歩行の人類だ! オッサンにも爺ちゃんにもネコ耳が付いてるけど人類だ!

 このファーストコンタクト、なんとかしてコミュニケーションを取りたいところだけど……


「菫コ蜀帝匱閠・_蛻晄。邏繧ア繧吶」

「PD譬。豁邏・_〇くぇrちゅいおp」


 やばい、何言ってるか全然わかんねぇ。風魔法で音が拾えても、内容が分からないんじゃ意味がない。

 しかも、鳴き声じゃないとは思うんだけど、発音からして俺の知ってる言語とは全然違う。もう外国語とかいうレベルじゃなくて、発声器官が違うとしか思えない。こんなの、聞き取れても話せねぇよ。いや、俺は喋れないから、どの道話せないんだけど。


 ――言語理解を獲得しました。


 だから、話せないんだってばよ!

 まぁ、そのスキルがあれば、話してる内容は理解できるか。とりあえずは、それで良しとしよう。


「これでなんとか生き延びられる、本当に良かった」

「僅かな水の匂いを追ってきたけど、こんな湿地が残っているなんて」

「見たところ、周囲に大型の獣もいないようだ。あそこの森から木を伐り出してくれば、ここに村を作ることもできるだろう」

「とうちゃん、もう歩かなくていいの?」

「ああ、これからはここが新しい俺たちの村だ。もう荒れ地を彷徨わなくていいんだよ」


 どうやら水を求めて移動してきたらしい。けど、持っている荷物は多くない。それほど遠くからではないっぽい。

 全員痩せてガリガリだ。多分、この冬を越えるのが精一杯だったんだろう。あの渇水じゃ、農作物を育てるのも難しかっただろうからな。常に食ってないと死んじゃう生き物は大変だ。

 話を聞く限り、ここに住み着くつもりらしい。まぁ、俺に危害を加えないなら問題ない。それに、この世界の貴重な情報源だ。鳥や虫は綺麗な声でさえずるけど、中身のある情報は語ってくれないからな。

 ただ、そこは食虫植物の楽園なんだよなぁ。人間を襲う程大きくはないけど、中には毒を使って獲物を捕る奴もいる。俺もそうだな。そういうのには気を付けて欲しい。草と人間、双方のために。というか、主に俺のために。


「雨が降らなくなったのって、やっぱりあの地揺れが原因なのかな?」

「多分な。井戸も軒並み涸れてしまったし、もうこの辺りではここらにしか水は無いかもしれん」

「ワシらに残された最後の望みというわけじゃのう」


 ほう、やっぱり大きな地殻変動があったっぽいな。井戸が涸れるとか、かなりの規模っぽい。多分、俺が芽吹く前だろう。俺が芽吹いてからはそんなもの起きてないし。


「それにしても、ここはどうしてこんなに水が湧いてるんだろうな? もう半年以上、雨は降っていないはずなのに」

「分からん。あの地揺れで逆に湧くようになったのかもしれんな」


 あ、それ俺です。と言いたくても喋れない! もどかしいな、おい!


「ここの水もいつ涸れるか分からんが……年寄りや子供はもう限界だ。これ以上の移動には耐えられん。ここが涸れないように祈るしかないな」

「ええ、本当に。……南へ向かった人たちは大丈夫かしら?」

「さあな。探しに行く余裕もないし、俺たちは俺たちで生き残る道を探すしかないさ。先ずは畑づくりからだ。ここに村を作って大きくするぞ」

「そうね。よし、もうひと踏ん張りよ!」


 まぁ、キミらがここに住むなら、魔素が続く限り水を出してあげよう。だから頑張って村を大きくしてくれ。そして俺に魔素を供給するのだ!

 産めよ育てよ地に満ちよ!

 ネコ耳たちの未来に光あれ!


 ――光魔法を獲得しました。


 違ぇよ!



 しばらく見ていて気付いたんだけど、ネコ耳たちの文明はあまり進んでない。原始人より少しだけマシ、みたいな暮らしぶりだ。

 道具は全部木か石で出来てるし、家は木の枝を束ねて草を葺いた竪穴式っぽい住居だ。辛うじて原始人ではないって感じ。

 けどまぁ、仕方ないのかな。鉄器を作るには鉱石と炉が必要だけど、この辺りに鉱床があるかどうかも分からないし、炉を組むにも耐熱煉瓦を作る必要がある。

 もしかしたら魔法やスキルでなんとかできるのかもしれないけど、ネコ耳たちの中にはそういう能力を持った者がいないんだろう。いるならもう作ってるだろうしな。

 問題は、文字も無いらしいということだ。いや、言語があるんだから文字もあると思うんだけど、書けて読める者がいないっぽい。これじゃ筆談もできない。コミュニケーションを取れないじゃないか!


 ぶっちゃけね、寂しいのよ。もう一年以上誰とも話してないしさ。いや、天の声さんは時々語り掛けてくるけど、俺の話には応じてくれないからいつも一方通行だし。

 ほら、会話ってキャッチボールじゃん? やっぱ、受け取れるように投げないと成立しないと思うのよ。まぁ、受け取りたくならない、棘が生えてるボールが飛んでくることもあるけども。当たると痛いところばっかり狙ってくる奴もいるけども。

 イヌならキャッチボールは大好きだと思うんだけど、ネコはどうかな? 嫌いじゃなさそうだけど、ボール遊びよりチョロチョロした動きの遊びの方が好きそうだよな。チョロチョロした会話って何だよ?

 ネコ耳たちに言語があるなら筆談でなんとかなるかなーって思ったんだけど、一向に文字を使う素振りを見せない。文字を覚えないと筆談も出来ないから四六時中ズーっと見てたんだけど、全くその気配がない。夜中に時々歩いて行って様子を窺ってもみたんだけど、全く文字が見当たらない。結論として、ネコ耳たちは文字を知らないというファイナルアンサーだ。はい、詰みました。

 もう俺が喋れるようになるしかないよな。こういう時は天の声さんにお願いしてみるのが一番だ。先生、お願いします!


 ……。


 駄目か。

 どうも、俺が生きるのに必要なスキルしか貰えないみたいなんだよな。毒生成や水生成は非常に助かってる。成長促進もありがたい。疑似知覚は仕事し過ぎてるので特別休暇をあげてください。

 光魔法は何で貰えたのかよく分からんな。これから必要になるのか? 長い夜が来る? チハル=〇ツヤマが来るのか? 使いこなしたら何か出来るようになるのかね? 今のところ、虫を寄せるくらいしか出来ないんだけど。まぁ、とにかく色々試してみるか。なに、分身と本体で並行して実験すれば極めるのも難しくないだろう。


 ――並列思考を獲得しました。


 あ、そう。今までは出来なかったんですか、俺の先走りでしたか。失礼しました、そしてありがとう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る