007
随分と暖かくなって、もうすっかり初夏だ。俺にも分身にも可憐な薄紫の花が咲いている。既に風魔法で受粉済みだ。というか、俺と同じ種類の草がどこにも生えてないから、自家受粉以外の選択肢が無い。
俺が転生して一年ちょっと。いろいろあったけど、こんなに密度の高かった一年は初めてだ。生きたまま喰われる経験なんて、そうそうある事じゃないよな。普通に死ぬし。
これからもこんなことが毎年続くのかと思うとちょっと、いや、かなり憂鬱だけど、ここまで大きくなればそんな心配はない。と思いたい。
俺は今もスクスクと成長している。樹高は既に二十メートル近い。幹の直径も一メートルくらいある。まだまだ成長するだろう。いずれは本当に雲の上にまで達するかもしれない。でも、ジャックが来ても登らせない。はたき落とす。だってあの話、最後は豆の木が切られちゃうじゃん。
最近は鳥が戻って来ていて、俺の枝に巣を作っている。種類は分からないけど、茶色メインの地味な見た目の小鳥だ。主に虫を食べている。えらいぞ!
地味な見た目に似合わず綺麗な声で鳴くので、俺の数少ない癒しのひとつになっている。フンで枝が汚れることもあるけど、この癒しの為ならどうってことは無い。水生成で洗えば綺麗になるし、土に混じれば栄養にもなる。問題は無い。
ネコ耳たちとのコミュニケーションは……上手く行っているのかいないのか。
俺(の分身)が夜中に光魔法をピカピカやっていると、それを目撃したネコ耳たちが調査にやってきた。初の接近遭遇だ。そこで俺が水を作り出していることに気が付いて、それ以来、俺は『命の樹』として崇められるようになってしまった。まさかのご神木化だ。
まぁ、俺としては悪くない状況だ。不定期だけど、ネコ耳たちが身の回りを整えてくれるようになったから。
俺(の分身)は湿地の真ん中あたりにいるので、ネコ耳たちは集落からそこまで丸太の浮桟橋みたいな足場を組んだ。水が湧き出してる根元のあたりは丁寧に草が抜かれて石が積まれ、時折水くみに女性陣がやってくるようになった。湧きたての綺麗な水を求めるネコのたまり場ができた。
ただ、相変わらず会話は出来ていない。聞くだけだ。
「水があるのはいいんだけど、食べられる草はあんまりないねぇ」
「芋と麦が育つまで、何とか食い繋げるといいんだけど」
「あとは肉かねぇ。アタシらはいいとしても、子供たちには食わせてやりたいんだけどねぇ」
「確かに。虫ばっかりじゃ可哀そうだよ」
「「はぁ~っ」」
おばちゃんふたりが盛大に溜息を吐いてる。それは俺にはどうしようもねぇな。だって豆の木だもんよ。『大豆は畑のお肉』なんて言われる事もあるけど、俺は大豆じゃないし、そもそも食わせる気がない。喰われるのはもう御免被る。
ネコ耳たちには畜養という習慣がないみたいだ。肉は狩りで手に入るものだけらしい。一度、男たちが弓を持って枯れ森へ向かうのを見た。落ち込んだ顔して手ぶらで帰ってきたけど。手ブラではない。手ブラは若い娘さんに限る。俺の手を使ってくれるならなお良し。手、無いけど。
まだ俺が水を供給できるエリアは狭いからな。獣たちが帰ってくるとしても、もっと先の話だろう。もっと緑のエリアが増えないと、草食動物は生きてはいけない。虫は結構いるし、しばらくはそれで食いつないでくれ。
さて、ネコ耳たちが日々の暮らしに汲々としているのをしり目に、俺は相変わらずの日向ぼっこ生活だ。だって木だし。
光魔法をいろいろ試してたけど、どうやらこの魔法、光るだけじゃないみたいだ。レーザーや熱線を出すことも出来た。どっちも光と同じ電磁波だから、出来て当然と言えば当然か。確か電子レンジも電磁波だったはずだから、いずれお弁当を温めることも出来るようになるだろう。おにぎりは温めますか?
熱線で焼いたバッタは、ちょっと香ばしくて美味しそうだった。食えないけど。
放射線も電磁波だよなぁ。あまり突き詰めると、周囲が汚染されてヤバい状況になりそうだ。程々にしておこう。
毒生成にも進歩があった。酸だけじゃなくてアルカリも作れるようになった。
見た目は酸と同じ無色の液体なんだけど、効果は酸よりエグい。虫にかけると、瞬時にドロリと溶解してしまうのだ。酸のようにジュッとかの音は出さずに、静かにドロリと溶けてしまう。それがなんだか逆に怖い。強アルカリの水酸化ナトリウムでもあんなにすぐには溶けないよ。何を作り出したの、俺?
でも、おかげで俺の成長は早くなった。今までは虫や小動物を撃退した後は酸で溶かしてたから、土壌はどうしても酸性に偏りがちだった。そこへアルカリを投与したことで中性に近づき、俺の成長に良い土壌へと変化したらしい。
あとは雨だよなぁ。春の終わりごろに一度だけ、小雨が十分くらい降ったことがある。この一年で降った雨はそれだけだ。なんか末期的だよな。俺が生まれる前にあったっていう地殻変動で、この辺りは砂漠化が進行しているのかもしれない。雨の少なさが異常だ。
天気は西から変わってくるから、この旱魃の原因もそこにあるかもしれない。分身を使って、ちょっと偵察に行ってみるか。種を蒔く仕事もあるからな。
◇
夏だ。暑い。荒野の夏は殺人的な暑さだ。去年より確実に暑い。多分四十度を超えてる。焼き豆になりそうだ。バターと醤油が欲しい。
光合成が捗ってありがたいんだけど、ジリジリと炙られているような日差しが痛い。何事もほどほどが一番だ。
ネコ耳たちもグロッキー気味で、最近は俺の分身の木陰で涼んでいることが多い。この辺りじゃ、家の中か俺の葉の下くらいしか蔭になるものがないからな。さすがネコ、涼しい場所をよく知っている。
そんな中でも子供は元気だ。素っ裸で湿地の中を駆け回っている。男の子も女の子も、日焼けして真っ黒だ。黒猫がいっぱい。
危険な生き物は居ないから大丈夫だとは思うんだけど、病気を媒介する虫とかはいるかもしれないし、俺みたいなモンスターがいないとも限らない。多少の警戒はした方がいいんじゃないかと思う。親はそのモンスターの下で寛いでるけど。
「あっ、とうちゃん! でっかい虫見つけた!」
「おー、ちゃんと焼いて食うんだぞー」
すっかり虫食が定着してしまったな。まぁ、それしか食うものがないんだから仕方がない。俺もある意味、虫ばっかり食ってるし。
子供が手に持ってるのは……タガメ? 水棲昆虫もいるのか。どこから飛んできたのやら。虫は逞しいのぉ。
あ、俺が夜中にピカピカやってたからか。遮るものの無い荒野だもんな。かなり遠くまで届いただろう。それに引き寄せられたか。
虫が光に寄って来るのは、月の光と勘違いしているかららしい。月の光を常に同じ方向にして飛べば、夜中でも真っ直ぐ飛べるからだそうな。それと地上の光を勘違いして飛ぶと、光の周りを螺旋を描くように近づいて行ってしまい、それが引き寄せられてるように見えるらしい。五歳児に叱られる番組でやってた。
けど、この世界にはふたつの月があるから、おそらく虫の性質も違う。純粋に光を目指す性質の虫がいるんだろう。何のためかは知らん。皆で同じ目標に向かって集まれば、繁殖相手が見つかりやすいとか、そんな理由じゃね? 知らんけど。
まぁ、虫がいるおかげでネコ耳たちも生き延びられてるわけだし、そのおかげで俺に供給される魔素も増えてきている。なんだかんだ、光魔法は有用な魔法だったわけだ。これからも鍛えていこう。
西に向かった分身は、まだ何も発見できていない。こちらも見渡す限りの荒野が続いている。地球の荒野なら多少なりとも虫や爬虫類がいるものだけど、この荒野には全く何もいない。生き物全てが死んでしまったかのようだ。ちょっと洒落にならないレベルの渇水が続いているもんな。マジでそうなのかも。
とりあえず秋になるまでひたすら歩いてみて、何か発見があるならよし、無ければ種をばら撒いて、捜索範囲を拡大させよう。
とりあえずはこのま
――領域支配権を獲得しました。
ま?
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