008

 そうか、既にこのエリアには領域支配者エリアボスどころか一匹もモンスターがいなかったのか。それで、何もしなくても領域支配権が貰えたんだな。

 全滅したのか、それとも支配権を放棄して移動したのか。どちらにしても、この旱魃を生き抜けるすべを持ち合わせたモンスターはいなかったんだろう。

 ここはモコモコとした丘が続く丘陵地帯だ。以前は緑の広がるのどかな風景だったんじゃないかな? 羊の群れが似合いそうだ。今は白茶けた土の山しかない荒涼とした風景だ。似合うのは卒塔婆か十字架の群れだな。

 とりあえず、このエリアの中央にまで分身を移動させよう。そしたら適当な丘の上に腰を落ち着けて、周囲に分身たねを蒔く。その中からまた分身を西へ移動させて、気候変動の原因究明の旅を続ける。丘は緑に戻す。羊はいずれ。

 別に、原因が分からなくても構わない。今回みたいに支配領域を広げられれば御の字だ。支配領域が広がれば、それだけ多くの魔素が集まって俺は強くなれる。魔素さえあれば、俺はこの旱魃の中でも生き残れる。何よりも俺が生き延びる事が最優先だ。

 まぁ、他の生き物がいないと魔素が枯渇しちゃうから、出来る範囲で助けてあげるけど。優先順位は常に俺ファースト、それが俺の基本スタンス。


 いやぁ、それにしても暑い。水が蒸発して湿地がちょっと狭くなってるくらい暑い。ネコ耳じゃなくても木陰で涼みたくなるよ、これは。俺がその木陰を作り出す木なんだけど。

 森の中も、俺の分身周りの木は溶かして栄養に変えちゃったから、俺を日差しから守る木陰は無い。まさかこんな罠が用意されていたとは、恐るべし俺。世間ではそれを自業自得と言う。

 そうだ、北半球なら北へ向かえば涼しくなるはずだ! 分身のひとつを移動させて、夏場はそいつに意識を移しておけばいい。避暑だ。なんて名案だ。素晴らしいな、俺!

 同じように、冬対策で南へも分身を移動させておこう。結構高い山脈があるっぽいから、その麓までになるだろうけど。山を登るのはしんどい。

 移動させる分身は、本体近くにある二体でいいだろう。元々どこかへ移動させようと思ってたしな。本体に栄養を取られてあまり成長してないのもいい。北の枯れ森の中を移動するのに、あまり大きいと不便だからな。

 並列思考があって良かった。同時に別々のことが出来るんだもんな。南北に分かれて移動する分身を、全く違和感なく操作出来てしまう。今の俺なら、右手で〇、左手で△を同時に書けちゃうよ! 右手も左手も無いけど。

 よし、征け我が分身たちよ! まだ見ぬ新天地を目指して!!



 秋になった。

 移動させてる分身は、まだ北も南も『コレ』という場所を見つけられていない。南は相変わらずの荒野、北も枯れ森が続くばかりだ。すぐには避暑アンド避寒に適した場所は見つかりそうにないから、一旦腰を落ち着けることにした。

 そして秋の一大イベント、種まきだ!

 今年は分身も本体も、つつがなく種を蒔くことができた。今回は死にかけてはいない。さすが多年草。一年経って、漸く進化を実感できたよ。

 そして、これで今年の活動は終了だ。春になるまでは、水生成以外の活動は休止する。シーズンオフだ。植物だから仕方がない。いやぁ、モットハタラキタイナー。

 ネコ耳たちは、無事に芋と麦の収穫にこぎつけた。一年目の畑だから収穫はそれほどでもなかったみたいだけど、それでも一年をギリギリ生き延びられるだけの収穫はあったらしい。俺(の分身)の根元にもお供えがあった。ジャガイモみたいな芋が二個と穂のままの麦がひと束。お供えされても食えないけど。溶かして栄養にするか?


 ――眷属化を獲得しました。マロ芋を眷属にしました。イナゴ麦を眷属にしました。


 いきなりだな、おいっ! しかも芋と麦って! モンスターじゃないじゃん! 只の野菜じゃん!

 豆が芋と麦を下僕にしてしまった。意味が分からん。きびだんご食うか? 一回ガシマでオニってく?

 そもそも眷属化ってなんだよ。眷属になったら何か変わるのか? 芋の代わりに豆が地中に育つとか? それ落花生じゃん。芋じゃないじゃん。麦の粒が豆になるとか? それ豆でいいじゃん。麦じゃないじゃん。

 まぁ、でも、天の声さんがくれる能力は、俺が生き延びるのに役立つモノばかりだ。今回の眷属化も俺に必要な能力なんだろう。多分。


 俺にお供えされた芋と麦は、翌日には回収されていった。翌年の種イモと種籾になるらしい。命の樹にあやかった、霊験あらたかな種イモと種籾ってわけだ。大事に育ててくれ……よ? あれ?

 なんか、ネコ耳たちの集落の様子が見えるな。集落の中に分身はいないはずなんだけど……ああ、なるほど! これが眷属化か! 俺の能力を眷属も行使できるってわけか。体外思考で見えてるんだな。でも芋や麦は思考しないから、実際は俺の分身と同じってわけだな。これはいい。

 ふむ、俺にお供えされた奴以外にも意識を移せるな。でも、出来ない奴もある。この違いはなんだ? 麦や芋の種類が違う?

 まぁいいか。集落の外は何度かお忍びで見て回ったけど、家の中には入ってないもんな。こんな機会でもなけりゃ見れない。さて、ネコ耳たちはどんな生活をしているのかなー? アポなしお宅訪問ですよー?


 熱っ!? あちちちっ!? なんだ!? ヤバい! 退避だ!

 あー、熱かった。火傷するかと思った。なんやっちゅうねん!

 ああ、なるほどね。芋が茹でられてる。お食事に饗されるところだったんだな。そのために育てられたんだから当然か。また喰われるところだった。危ない危ない。

 ふうん、茹でて皮を剥いて食べるのか。まるっきりジャガイモだな。マロ芋っていうらしいけど、そんなところで個性を主張しなくていいと思うよ。お前はジャガイモ。俺がそう決めた。


 ――マロ芋がジャガイモに進化しました。


 うむ、世界にも認められたようだ。ビバ、ジャガイモ! って、進化じゃねぇよ、名前が変わっただけだよ。


 さて、こっちはどうかな……痛っ! いててっ!? 喰われる、喰われてるよ! 何すんだこの野郎!

 退避完了! まさか生の麦を齧るやつがいるとは……って、虫じゃん! ゾウムシじゃん! ここにも俺の敵が入り込んでやがったか! 許さんぞ、喰らえ!


 ジュウ


 ふう、これでひとまず危機は去った。しかし、いつ第二第三の奴が現れるかわからない。地球に真の平和が訪れるまで、戦え俺! 負けるな俺! って、ここ地球じゃないけど。多分。

 ここは麦の貯蔵瓶か。蓋の隙間から入り込んだんだな。上の方に三日月型に明かりが見える。

 まったく、この渇水をどうやって生き延びたのやら。ネコ耳たちの持参した麦に卵が残ってたのか?

 俺にとって、虫もネコ耳も同じ魔素の供給源であることに違いは無い。しかし、ネコ耳たちは俺を敬い、虫たちは俺を喰おうとする。どちらを大切にするかなんてわかりきった話だ。虫は死なす、ネコは生かす。そんな俺はイカす!

 これはネコ耳たちの大事な食糧だ。虫に荒らされると、ネコ耳たちが飢えることになるかもしれない。この麦瓶は守ってやらないとな。

 けど、俺の毒は出来るだけ使いたくない。きっとネコ耳たちにも影響がある。虫だけに効いてネコ耳たちに影響のない毒があればいいんだけど……あ、あるかも。

 確か、米びつの中に鷹の爪とうがらしを入れると虫が着かないって聞いたことがある。あと、ホームセンターで見た虫よけには山葵配合って書いてあった気がする。どっちも植物由来だ。それなら俺にも作れるんじゃなかろうか?

 まずは本体と分身で作ってみよう。眷属で失敗して、瓶の中が毒で汚染されたら目も当てられないからな。目は無いけど。今は秋だから芽もない。


 よし、出番だ、並列思考! 最良の結果を見つけ出すのじゃ!


 ……うむ、これでどうかな? 見た目はやや赤っぽい透明か。山葵っぽさは無いな。臭いは……うん、山葵っぽい。

 味は……辛っ! 痛っ! うわっ、目が、目がぁっ! 無いけど!

 あー、酷い目にあった。目、無いけど。無いのに痛いとは理不尽だ。

 まぁ、出来は悪くないんじゃないかな? 実験して問題なければ、麦瓶の眷属に使わせよう。おっ、おあつらえ向きのカメムシっぽい奴発見。まずは直接かけてみるか。ピュッと。

 おお、すげぇ暴れてる! うん、分かるよ。俺もさっきそうなったから。でも、即死する気配はないな。毒性は押さえられてるっぽい。いつもの毒は溶けるからなぁ。


 パクッ


 あっ!

 マイフレンドの小鳥ちゃんが食べちゃった……平気な顔してるな。毒は問題ないっぽいけど、辛くないの? 平気? 大丈夫っぽいな。すげぇな小鳥、あの激辛エキスでも問題ないのか。超辛党だな。

 ともあれ、これで毒改め虫よけの実効性が確認できた。これでネコ耳たちの麦も安泰だ。ネコ麦を守ってやるからな!


 ――イナゴ麦がネコ麦に進化しました。


 進化じゃねぇって。

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