039
いつまでも
それじゃ、あとはマーリンに任せた。マーリンも俺だけどさ!
俺にはやらねばならない、もっと崇高な使命があるのだ。
それは育児!
うちのママはおっぱいあげるだけだからなぁ。四六時中喰っちゃねしてるだけ。
現代なら
その分は俺が頑張るしかない。炊事洗濯掃除に裁縫、農地開拓に戦争にと大忙しだ。多分、世界で一番忙しい大魔王なんじゃなかろうか? お城の玉座でふんぞり返ってればいいゲームの大魔王たちが羨ましいよ、まったく。
「だっ!」
「食べなさい」
「だっ!」
「遊んでないで食べなさい」
「だっ!」
キキにスプーンを持った手を押しのけられる。もう一度持って行く。やっぱり押しのけられる。
イヤイヤ期だ。
ハイハイしだした頃から、そろそろ来るだろうなとは思ってた。積み木も投げてたし。やっぱネコ耳にもあるんだな、イヤイヤ期。
イヤイヤ期になると、何でも投げるし何でも嫌がって愚図る。面倒くさい。
育児で母親のストレスが最初のピークになるのもこの頃らしい。姉貴もイライラしてた。だから、まだ学生だった俺が甥っ子の面倒を見る羽目になったんだけど。
イヤイヤ期の対処方法は、好きにさせるのが一番らしい。危ない物を周囲から遠ざけて、後は見守るだけ。簡単だ。
けど、その簡単なことが出来ないのが母親という生き物なのだそうだ。生まれてからずっと世話をしてきたから、どんな状況でも世話をせずにはいられないんだって母ちゃんが言ってた。赤ちゃんが自分の一部になっちゃってるんだな。
それを無理やり引きはがすために、母ちゃんが姉貴をショッピングやグルメランチに連れ出してた。俺に甥っ子を押し付けて。
いや、いいんだよ。姉貴がぶっ倒れるよりは全然いい。甥っ子もピリピリした姉貴に世話されるよりずっと良かったはずだ。実際、それで姉貴は回復してたし。
けどなぁ。
いや、いいんだ。将来『オッチャンがお前のオムツ替えてやったんやで~』というネタが出来たから、俺の青春の一ページが紙オムツでもいいんだ。ネタを使う機会が無くなったのだけが心残りなだけ。
「食べなさい」
「だっ!」
顔はニコニコなんだよな。遊びだと思ってるんだろう。パパは沢山ご飯を食べてスクスク育って欲しいだけなんだけどなぁ。
食べてくれないなら仕方がない。英国紳士は声を荒げない。静かに行動あるのみだ。
「そうか。ではパパが食べよう」
ぱくり。
「っ!?」
うむ、美味い。薄味だけど素材が活かされてる。料理スキル取ってから更に美味くなった気がする。
ん? 何、そのビックリと絶望の合わさったような顔? 要らないんだろう?
「う……」
っ! いかん、これは! このへの字口は!!
「びやあぁあぁあ~っ!!」
大泣きモードだ! この小さい身体のどこから出てるんだと聞きたいほどの、この大声! ヤギママもビックリ……はしてないな。
くっちゃくっちゃ。
こっち見てるけど、相変わらずの反芻中だ。あれは『アナタが泣かせたんだから、アナタが何とかしなさいよね』という顔だ。
くっ、自己責任論がこんなところにまで! 日本人の心の渇きは深刻だ! 日本人どころか、人ですらなくてヤギだけど! このヒトデナシ!
「ひゅうぅ~……びやあぁあぁあ~っ!!」
はい、大きく吸い込んでからの絶叫泣き、いただきました!
そこまで泣くなら、最初から食べればいいのに。赤ちゃんは理不尽だ。まぁ、赤ちゃんだからなぁ。
だからって、こっちまでパニックになってはいけない。ステイクールだ。ほれ、ご飯。
パクッ。モグモグ……ゴクン。
「んぐっ。……びやあぁあぁ~っ!」
おー、食べた食べた。泣いて本能が表に出てきた感じか? はい、次の一口。
パクッ。モグモグ……ゴクン。
「んくっ、まっ!」
はいはい、次ね。はぁ、やっと食べ始めてくれた。しばらくこれが続くのか。やれやれだ。
あーあ、もう目元真っ赤じゃん。ハンカチで拭いてやるから、ちょっとジッとしてなさい。
「だっ!」
あー、もう!
◇
砂漠七日目ー。
生き残りはもうカサバル兄さんひとりだけ。将軍も参謀も若い兵士も、皆砂漠の砂に生まれ変わっちゃいました。砂転生。草だった俺よりも苛烈だな。生きていける気がしない。そもそも生きてないか。
そのカサバル兄さんも瀕死だ。端正だった顔も日焼けと乾燥でシワシワ。沢庵にするにはいい乾き具合かもしれない。
この分だと今日の夕方まで持たないな。いや、水も食料もない状況で、よく七日も生き延びられたと思うよ。大したもんだ。名持ちになるとHPが上がるのかね?
けど、それももう限界だろう。それじゃ、そろそろ悪魔の囁きならぬ大魔王の囁きのコーナーを始めますか。アーサー、カモン!
「ふむ、いい面構えになったの。ワシよりもしわくちゃじゃ」
「……アー……サー……」
声が掠れて聞き取りづらい。視点も合ってない。もう限界も限界、気力でなんとか立っている状態っぽい。あと一押しかな。
「生きたいか?」
「……」
「事情は凡そ把握しておる。名持ちを捨て駒にするような国に義理立てする必要はあるまい」
「……」
カサバル兄さんは軍属じゃないそうだ。フリーの傭兵だってライアンが言ってた。だから装備が違ってたのね。
ラスタ皇国とは長期契約をしていて、紛争への参加と兵士の教練を請け負っていたらしい。今回の遠征もその契約によるものだったそうだ。
戦いでは消耗品扱いされるのが傭兵だ。最も危険な戦場へと投入されるのは現代も異世界も同じらしい。今回もそうだ。
国としては、今回の遠征でカサバル兄さんが大魔王、つまり俺を倒せるとは考えていないんだとか。名持ちがどの程度大魔王に通用するのかを見極めるための出兵だったみたいだ。その情報を元に必要な戦力を算出して、討伐軍を編成するって戦略だな。
要するに今回の先遣隊は捨て駒。将軍他数名が生き残れば良しって感じで、ちゃんとした手柄は次回の遠征で国軍に取らせる作戦らしい。けど先遣隊は全滅したから、誰も情報は持ち帰れない。作戦は頓挫したわけだ。
亜空間から水筒を取り出してっと。木筒に栓をつけただけの簡単な水筒だけどな。でもって、栓を開け、中の水を砂漠へとこぼす。だばだば~っ。
「っ!……あっ、ああっ!」
カサバル兄さんが震える両手を前に伸ばす。いいねその歩き方、ゾンビっぽい!
ああっと残念、もう水は砂に吸い込まれちゃいました! 砂漠は乾いてるからねぇ。俺ってイ・ジ・ワ・ル!
「あ、ああ……」
もう立ってられないか。泣く涙も出ないよな。心折れちゃったよな。よし、ここが畳みかけるポイントだ!
「大魔王様の軍門に降るのじゃ。その命、ラスタ皇国などに安く売る必要がどこにある? いや、お主を使い潰すような国、滅びてしまえばよい」
「……」
「大魔王様にはワシからも頼もう。これは仕方のないことじゃ。誰しも自分の命は惜しい。ワシだって惜しい。生き延びるために敵に降っても、それを非難できるものは誰もおらんよ。傭兵ならばなおの事じゃ。生き延びてこその傭兵じゃ」
乾いて折れた心に優しい許しの言葉、しかも長い年月を生きた年寄りからの。実際には見た目の半分も生きてない若造だけどな!
これは染み入る! 折れてどん底まで落ちた心では抗えまい!
そして、ここで畳みかけるように二本目の水筒! さっきのは見せる用の只の水だったけど、こっちは薄い食塩水プラス柑橘果汁の飲ませる用だ。つまり本命。
「ほれ、飲むがええ」
「あ、あぐぅっ、くっ」
もう我慢できないよね。いいよ。お飲み、カサバル兄さん。俺のスネ毛水筒から直飲みで。ベロベロ舐めてもいいよ。
――ヒューム(オス・二十九歳)、固有名『アローズ』を眷属にしました。
よし、堕ちた! 新しいサンプルゲットだぜ!
ほほう、これが名持ちを眷属にしたときのアナウンスか。なるほどなぁ。
ってか、槍聖なのに名前は『
俺のスネ毛矢、要る?
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