004

 おはようございます。今日もいい天気ですね。また宜しくお願いします太陽さん。

 いや、死んだと思ったんだけどなぁ? 種も飛ばしたし、草としての一生を全うした充実感さえあったのに。でも、どういうわけだか生き残っちゃった。

 いやいや、どういうわけなのか、その理由は分かってる。一言で言えば『ファンタジーだから』だ。

 説明せねばなるまい。誰に? 俺に。俺自身の中で整理するために。


 俺が死ぬ間際に飛ばしたこどもたちだけど、俺が思っていた以上に硬くて重かったらしい。それこそ、ボーリングの玉並みに。この種が、どうやら『領域支配者エリアボス』に直撃し、クリティカルヒットで一撃必殺だったらしい。それも二体同時に。どれだけツイてるんだ俺。そしてツイてないんだ領域支配者。

 領域支配者とは、そのエリアを支配しているモンスターの事で、基本的にそのエリアで最も強いモンスターが就くらしい。別のモンスターが領域支配者を倒すと、そのモンスターが新たな領域支配者となるようだ。

 領域支配者になると、そのエリアに存在する魔力をより多く吸収できるようになり、より強いモンスターへと成長できる。これが今の俺だ。

 俺、只の草じゃなくてモンスターだったよ。いや、薄々そうじゃないかなーとは思ってたけど、現実を突きつけられちゃった。普通の草は魔法やスキルを使わないだろうし。俺が知らなかっただけで実は……ってことは無いよな?


 通常、領域支配者は支配エリアから出ることがない。そのエリアを離れてしまうと、領域支配者としての優位性が失われて普通のモンスターになってしまうからだ。エリアの境界は目に見えるモノではないけど、領域支配者にはなんとなく分かるものらしい。今の俺にも分かる。今はふたつのエリアの境界が無くなって、ひとつの大きなエリアになっているようだ。俺が両エリアのボスになったからだろう。

 領域支配者になったことで、俺はふたつのエリアからの魔素を吸収することになり、それによって体内の魔素が限界値を超え、魔草から魔樹へと進化したらしい。具体的には、寿命と成長限界がほぼなくなった。何事も無ければ千年でも二千年でも生き延びられるらしい。やったね! そんなに長生きしてどうするんだって気もするけど。


 種を蒔き散らしたときには死を覚悟して受け入れたんだけど、今はまだその時ではなかったらしい。

 死の縁から奇跡の生還を果たしたんだ。九死に一生スペシャルだ。これからの人生、いや樹生は全ておまけだ。好きなことを好きなようにして、いつ死んでも構わない。おまけの方が遥かに長いかもしれないけど。領域支配者という地位にも就いたことだし、畏れるものは何もない。

 まぁ、木だから出来る事なんてほとんどないんだけど。お日様浴びてのんびり過ごすくらいか。


 現在俺が支配しているエリアは、目の前に広がる草原と背後に広がる森だ。ぶっちゃけ、かなり広い。東京二十三区どころか、都内まるごと入ってしまうくらいの広さだ。まぁ、どれだけ広くても、植物である俺には関係ない。歩けないからな。

 ところが俺が飛ばした種は、俺的には子供たちなんだけど、この世界的には俺自身の分身になるらしい。そう言われると、自家受粉だから遺伝子的には百パーセント俺だ。間違いではない。

 そして驚いたことに、この飛んだ種には俺の意識や感覚を移動させることが出来るのだ。つまり、限定的ながらも、動かずしてエリア内を移動できてしまうのだ。どうやら最初に獲得した体外思考と疑似知覚によるものらしい。種も俺の身体というわけだ。

 本体はこの豆の木で間違いないんだけど、いざとなったら他の種から生えた芽に意識を移し、危機を回避することも出来る。いや、これ、無敵じゃね? 九個命を持っている妖怪以上じゃん。


 ここまでの情報は、領域支配者になった途端に何処からか流れ込んできた。あまりの情報量に、無いはずの頭が酷く痛んだくらいだ。理不尽過ぎる。疑似知覚、仕事し過ぎ。

 多分、普通のモンスターではここまでの情報を理解できなかっただろう。なんとなく『このエリアに居れば俺強い、俺がボス』ぐらいの感覚だったのではないだろうか。俺には人としての意識があるから、これほどの情報を理解できたのだと思う。

 ちなみに、草原の旧領域支配者はでっかい狼で、森の旧領域支配者は大猿だった。どっちも俺に倒されるまでもなく瀕死だったみたいで、死体は骨が浮くほどガリガリに痩せていた。多分、干ばつで食べる物が無くなったけど、領域支配者だから他の仲間のように移動することも出来ず、ただ衰弱して死んでいく運命を甘受するしかなかったんだろう。切ないなぁ。

 この情報の出所が何処なのかは分からない。まぁ、天の声と同じところなんだろうとは思うんだけど、考えても分からないし、分かったところで何がどうなるわけでもない。ファンタジーだからと受け入れることにした。気にしないの助だ。


 さて、生き延びたとは言っても、季節は間もなく冬だ。この辺りの冬がどんなものか知らないけど、これまでの気候からすると、普通に水が凍る位には寒くなりそうだ。気を引き締めて行こう。と言っても、何もできないんだけどね。木だから。木を引き締めて行こうってか?

 とりあえず、二匹の旧領域支配者には栄養になってもらうか。種でもスキルは使えるみたいだから、毒生成でジュッと。よし。

 まだ秋だから、今から発芽すると成長できないよな。日差しも弱くなるし。春までは種のままでいよう。とりあえず毒生成で地面を溶かして潜って、そして春になったら水生成で湿らせて発芽だ。

 それまでは、まぁ、冬眠だな。ぼーっと日向ぼっこして春を待つか。あ、今までと変わらないわ。ははは。



 寒っ! 荒野の冬、寒っ!

 枯れた森から北風がビュービュー吹き込んでくるし、葉っぱが落ちてるから光合成できなくてひもじいし。冬サイテー、冬嫌い!

 地面からの栄養を吸い上げてどうにか耐えてるけど、吸い上げるために撒いた水が凍って、これまた寒いっていうか、痛い! 疑似感覚、仕事し過ぎだってばよ! 冬なんて嫌いだ!!

 くそう、この寒さ、いつまで続くんだ? ひと月か? ふた月か? 何時まで耐えればいいんだ、誰か教えてくれ!


 ――体内時計を獲得しました。只今の時刻は一月一日、元日、五時十分です。


 違ぇよ! 時間を知りたいんじゃねぇよ、春の訪れがいつなのか知りたかったんだよ! カレンダー機能はありがたいけども! 体内時計のくせに高性能だな! 腹時計じゃないのかよ!


 って、え? 元日? 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 五時過ぎってことは、もう二時間くらいで初日の出だな。確かに東の空が明るい。今日も良く晴れそうだ。


 ……それはそうと、マジで寒い! 身体動かさないと凍り付きそうだ! 木だから動けないんだけどもさ!

 ……いやいや?

 言ってみれば、俺って木のモンスターだよな? だったら動けるんじゃね? ゲームじゃトレントとかアルラウネとか、森の中を歩き回ってたじゃん。マンドラゴラなんて、声まで出してたはずだ。叫び声オンリーだけど。

 あいつらに出来て俺に出来ないはずがない! そうだ、おばあちゃんが言っていた、俺はやれば出来る子だ! 今がその時、今やらずに何時やるんだ!

 よし、そうとなれば早速挑戦だ! まずは枝振りから! よっ! ほっ! ぬぅ! ぐぅ! んぎぎぎぃ……はぁ、はぁ……動かん! 硬いな、俺の身体! 木だしな!

 けど、なんとなく動きそうな感じもするんだよな。気のせいかもしれないけど、俺のモンスターとしての本能ゴーストが囁いてるような。もうちょっと頑張ってみよう。

 いち、にぃ、いち、にぃ! ワン、トゥ、ワン、トゥ! はい、次は身体を捻っていきますよ! レフト、ライト、レフト、ライト! ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!

 あっ、今ちょっと動いたような? よし、この調子だな! ハーイ、次は足上げていきますよー! 左、右、左、み


 ――形状変化を獲得しました。


 ズボォッ! 


ぎぃっ!? うわっ、足がっていうか、根が抜けた! うわわ、こけるっ! おっとっとっ!? おおう、危なかった、なんとか踏ん張れた! さすが俺、やれば出来る子!

 あー、びっくりした。急にスキル獲得するんだもんよ。足を上げるつもりで動かしてたら根が抜けちゃったじゃないか。ってか、これが俺の右足か? よく分からん。根毛すねげボーボーだな。

 うん、枝も動くし、他の根も動く。さすが天の声、早速応えてくれたな。これで何処へでも歩いて行けるようになった! 立派な木のモンスターだ!

 しゃべる方は……無理か。枝か葉を擦り合わせれば出来そうな気もするけど……今は話す相手もいないしな。必要になってから考えればいいか。俺はやれば出来る子だからな。

 よし、これで寒さも……やっぱり寒っ! っていうか、根が抜けた分風の当たる面積が増えて余計に寒い! 元に戻ろう、ずぼっとな。


 マジでどうしよう。

 空が白んできたけど、寒さはさらに厳しくなってきた気がする。放射冷却ってやつか? この乾燥した荒野に、まだ放射冷却が起きるくらいの水分が残ってたことに驚きだ。

 うん? 放射冷却って、液体が気化するときに周囲の熱を奪っていく、一種の吸熱反応だろ? なら、周囲に熱を発散する発熱反応を起こせば、この寒さを凌げるんじゃなかろうか? 例えば、酸と水の混合とか。

 それだ! 俺には毒生成と水生成があるじゃないか! 〇イリアンばりの強酸っぽい毒と水を出せるじゃないか! ふはは、これなら勝つる! 冬将軍よ、貴様の負けだ! 我が軍門に下るがよい!

 では早速毒と水を精製して


 バチュンッ!


 熱っ!? なんだ!? 一瞬で飛び散ったぞ!? しかもすげぇ熱い!

 あっ、思い出した。高校の化学で習ったわ。強酸を水で薄めるときは、水に少しずつ強酸を入れないとダメだって。強酸に水を入れると急な発熱ではじけ飛ぶから危険だって、M字ハゲの先生が言ってたよ。本人はおでこが広いだけでハゲじゃないって言ってたけど、年取ったベ〇ータみたいだからベジーちゃんってみんなに呼ばれてた先生。本名は忘れた。

 そうか、毒を大量に作り過ぎたのか。ほんのちょっぴりでいいんだな。

 そうだ、どうせなら床暖房みたく、根の周辺だけにしておくか。幹だと風が吹いたら冷えそうだしな。風邪はひかないと思うけど、寒いのは嫌だ。

 ……おー、これはいい。暖かい。根元から湯気が立ち上ってるのがお漏らししたみたいだけど、木だから気にしない。この冬はこれで乗り越えられそうだ。


 あ、初日の出が東の地平線から昇ってきた。

 パンパン。

 柏手かしわでを打つ豆の木なモンスターの俺にも、何かいいことがありますように。

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