003

 秋だ。

 どうやら俺は甘草かんぞうのような草だったらしい。風魔法のおかげで無事結実し、俺の身体のあちこちには茶色く乾いた豆のサヤが何本も伸びている。間もなくこのサヤが弾けて、中の種が辺りに飛び散ることだろう――


 いやいや、確かに見た目は甘草みたいだよ? あちこちから細めの蔓が伸びてるし、葉っぱも細長い楕円形だけどさ。けど、ひとこと言わせてくれ。


 サイズおかしいよ!


 豆だろう!? なんで全高十メートル超えてるの!? 細い蔓でも直径五センチくらいあるじゃん、最早枝だよ! サヤもデカいよ、一メートル超えてるじゃん! 種なんて一粒二十センチくらいあるよ!? こんなの飛び散ったら大惨事だよ! 豆鉄砲じゃなくて豆大砲だよ! 鳩が喰らったら死んじゃうよ!


 はぁ、はぁ……まぁ、原因はなんとなく分かってる。あの死体の山だ。

 あれからも虫や小動物が頻繁に俺の周りへ集まってきていた。俺を喰おうとする奴等は片っ端から始末したから、俺の周りはいつも死体が山になっていた。

 そのうち夏になって死体が腐り始め、それにハエが集り始めた。ブンブンと五月蠅く鬱陶しいので、死体ごと毒で溶かし尽くしてやった。

 その溶かした死体が養分になったんだろう。俺とその周りの草は急速に成長し始めた。特に俺には成長促進があるから、その早さは尋常じゃなかった。

 草っぽかった茎は厚い皮で覆われ、最早木の幹だ。直径は五十センチくらいか? 喰われる心配がないくらいにまで成長したから、今はもうあまり毒を作っていないくらいだ。

 天候も影響したのかもしれない。ここ数か月、この草原と森にはほとんど雨が降っていない。晴れ晴れ愉快だった。

 いや、愉快だったのは俺の周囲だけか。森の木々も草原の草も、ほとんどが枯れている。干ばつってやつだな。俺には水生成があったから影響がなかっただけだ。

 他の草や木が枯れ、日差しを独り占めした俺は、思う存分太陽の光を浴びて光合成し、たっぷりと栄養を蓄えてスクスクと成長したというわけだ。ザ サン イズ マイ エナジー。

 普通の植物なら成長限界があるんだろうけど、この世界はファンタジーっぽいから、そんなルールがあるか怪しい。俺が一年で枯れる草じゃなかったら、とんでもないサイズにまで成長したかもしれない。それこそリアルジャックと豆の木だ。雲を突き抜けフライ アウェイ! いや、飛べないけど。


 丈が大きくなったことで、かなり遠くまで見渡すことが出来るようになった。多分、二十キロくらい先まで見えてる。

 うん、何もない。遠く南に山脈みたいなのが霞んで見えるけど、それ以外は何もない。見渡す限りの草原――今は枯れ野原――が続いているだけ。背後の森は、枯れた木が邪魔で遠くまでは見渡せない。もう少し大きくならないと無理かな。

 動物もそれほどいない。いや、居なくなった。草や木が枯れてウサギやネズミがどっかに消えた。それをエサにしてた狼なんかも何処かへ行ってしまった。一度だけ、草原の遠くを馬(?)の群れが西へ移動していくのが見えた。角が生えてたような気がするけど、多分馬。それくらいだ。

 人には全く会ってない。ファンタジーならゴブリンとかオークとかが森に居そうなんだけど、それすらも全く見かけていない。二足歩行の生物っていうと、森の中をうろついてたでっかい熊と猿くらい。

 待っていればいずれ人が通りかかることがあるのかね? いや、そもそもこの世界に人っているの? もう半年以上誰とも話をしていないんだよなぁ。そろそろ言葉を忘れてしまいそうだ。バブバブ。

 しかし、俺にはもう時間が残されていない。もう秋だからな。

 いくら大きくても草でしかない俺は、実った種を弾き飛ばしたあとは枯れる未来しか残されていない。土に還り、他の植物の栄養になるのみ。それが草の宿命さだめだ。抜け忍には死あるのみ、それがおきて。草と掛けてみた。

 不思議と怖くはない。植物になったからだろうか? いや、子孫を、子供を残すことができたからかも。俺が死んでも、俺の子供たちが次代へと遺伝子を繋いでいく。それが分かっているから怖くないのかもな。


 ああ、もうそろそろ時間だ。なんとなくその気配を感じる。

 ギリギリとサヤが軋んで、その力を限界まで溜めているのが分かる。ほんの少しの切っ掛けで一斉に弾けるだろう。


 ――小鳥が一羽、羽を休めようと俺の枝に停まった瞬間――


 バァン! バババァンッ!


 ひとつが弾けるのを契機に、俺のこどもたちが一斉に世界へと飛び立った! よし、父ちゃんがちょっとだけ手伝ってやろう! 風魔法で爆風! 遠くまで飛んでお行き。近くに落ちると、栄養の取り合いになるかもしれないからな。

 高く舞い上がった種は、枯れた木々の合間を縫って森の奥へ、あるいは枯野の彼方へと飛んで行った。ちょっと要領の悪い二個ほどが、俺の枝にぶつかって根元に転がっているのはご愛敬だ。

 あ、さっきの小鳥も落ちてる。ごめんな、君の死は無駄にしないよ。溶けて俺の子供たちの栄養になってくれ。ピュッ。ジュウ。

 どれも可愛い俺の子供だ。願わくば大きく成長して次の種を残して欲しい。

 妙に気だるいけど、それを上回る充足感も感じる。子供を産んだ後の母親ってこんな気持ちなのかな。


 終わったな。

 草に生まれ変わった第二の人生、振り返ってみると、そんなに悪くなかったかもしれない。いきなりウサギに喰われたりしたけど、ただダラダラ生きてた前世よりも生きてる実感ができた。たくさんの子供も残せたし――その成長を見られないのは寂しいけど、きっと皆逞しく生き延びてくれるだろう。

 ああ、なんだか意識が朦朧としてきた。これが死か。

 昼下がりの日の光がポカポカと暖かい。死ぬにはいい日だ――


 ――領域支配者エリアボスを討伐しました。領域支配権を獲得しました。

 ――領域支配者を討伐しました。領域支配権を獲得しました。

 ――進化条件を満たしました。●●は種族『魔草』から種族『魔樹』へと進化します。


 はい?

 うおおぉおっ!? なんか、身体が!? エネルギーが漲ってくる!? うぐうっ、なんだこの情報!? 頭痛がっ! くうっ、駄目だ、意識が飛ぶ! 

 あぁーっ……。

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