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「薪は四番と五番の馬車に、保存食は三番の馬車に積んで! 水は最小限でいいわ! その代わりにワインをたっぷり積んで! ああっ、資材は一番と二番よ! 間違えないで!」


 女勇者ナオミの指示に従って、兵士たちが慌ただしく荷物を馬車に積み込んでいく。

 っていうか、俺も積み込みを手伝ってる。雇われの身だからな。サラリーマンは辛いよ。


 何をしているかというと、遠征というか、使節団派遣の準備……の、さらに準備だ。

 王国から中央大山塊までは、ざっと千キロくらいの長旅になる。それも道なき道だ。

 道中は森だったり砂漠だったり丘だったり岩場だったりで、当然馬車は使えないし、途中に村もない。休憩できる水場が数カ所あるだけだ。

 なので、『村がないなら作ればいいじゃない』とマリーが言ったので、今日は村記念日……かどうかは知らないけど、途中に中継基地を作ることは決まったらしい。移動予定経路の途中に中継地点兼休憩所を作って、少しでも旅を楽にしようってことだ。これはその準備だ。基地記念日。

 予算はのじゃロリ賢者エリザベスが引っ張ってきた。さすが賢者、伊達にロリロリしてはいない。

 俺がコソコソと集めてきた、大臣連中のあれやこれやの情報もしっかり活用してくれたらしい。

 まぁ、俺の手にかかれば、情報収集なんて朝飯前よ。道具や動物を警戒するやつはいても、植物を警戒するやつはいないからな。警備なんて無いも同然、やりたい放題見放題。

 ……一軒だけ、自宅の庭にヤギを放し飼いにしている貴族がいたけどな。あそこは鬼門。二度と行かない。大魔王諜報網への対抗策はヤギソックです。


「にしても、なんでワインなんだ? 大魔王への土産か?」

「ああ、それ? ううん、違うわよ。水は腐っちゃうから、代わりにワインを持っていくのよ。長旅になりそうだし」

「ああ、なるほどな」


 この世界、現代日本ほど衛生管理が行き届いてないからな。水は井戸や泉から汲んだ生水がメインで、煮沸消毒も塩素消毒もされてない。日数が経過すると雑菌が増えて飲めなくなるんだな?

 ワインにはアルコールが含まれてるから、雑菌の繁殖が抑えられる。旅の間も安心して飲めるってわけだ。アルコール発酵は進むかもしれないけどな。


「けど、そうね……確かに、親善大使なら何か贈り物が必要よね。何がいいのかしら? リズと相談ね。エグジー、一緒に来て!」

「おう、了解だ」


 肉体労働は一旦終了かな。

 そう睨むなよモブ兵士諸君。男の嫉妬は見苦しいぜ? ふはははっ!



 それはそれとして……さて、どうしようかな?

 ナオミたちをお迎えするためのハードウェアは問題ない。宿はお城の部屋を使ってもらえばいいし、料理は俺が作れる。大浴場もあるから、存分に旅の疲れを癒してくれたまえ。

 問題はソフトウェア、つまり接待を担当する人だ。ぶっちゃけメイドさんだな。

 まだ人型になれる分身は多くない。ハリー、エグジー、アーサー、マーリン、パパイヤ、ロキシーの六体だけだ。

 うち、エグジーはナオミ一行の一員だから使えない。ハリーもキキのお世話をしなけりゃいけないから、長時間拘束されるお世話係はできない。家事育児は大変なのだ。

 となると、動けるのは四人だけってことになるんだけど、多分、使節団が十人以下ってことはないはずで、そうなると四人じゃ手が足りないと思う。

 いや、苗木ちゃんズを動員すればいけるだろうけど、あんまり表に出したくないんだよな。植物を警戒されるかもしれないから。今後の活動に支障が出るかもしれない。


 せめてあとふたり、できれば三人欲しい。

 マートンやシャリムに頼んでメイドさんを借りるってことも考えたんだけど、マートンたちが大魔王の配下になってるってことは、まだ世間には秘密にさせておきたい。『密かに占領計画』が皇国に漏れちゃうかもしれないからな。秘密を知る者は少ないほうがいい。


「ということですので、ご協力いただけませんか?」

「俺たちも近くで補助するからさ。頼むよ」


 というわけで、既に大魔王のことを知っている森の拠点の皆さんにご協力のお願いだ。マーリンとパパイヤのふたりで頼みこむ。お願いパワー二倍だ。

 ただし女性限定。男どもは武器生産と技能獲得に頑張ってもらう。働け。

 クリスは男の子だけど男の娘だから女性枠。これは必然。


「うん、いいよ! 僕、お手伝いする!」


 おおう、クリスは即答だな。この子はパパイヤたちに盲目的過ぎて、ちょっと心配になる。素直すぎて困るってこと、あるんだな。


「えっと、勇者様に賢者様、ですか?」

「無理」


 あー、久しぶりにお嬢さんマナの声を聞いた気がするな。っていうか、眼の前に居るのも久しぶりな気がする。いつも物陰やら天井裏やらから遠巻きに見てるだけで、話す機会って無かったから。

 お姉さんラナもお嬢さんもちょっと困惑している感じだな。いきなり過ぎたか?


「そんな偉い人の相手が私たちに務まるでしょうか?」

「無理」


 無理しか言ってねぇな、お嬢さん。

 戸惑いの理由は勇者と賢者の肩書か。なるほど。

 確かに、名持ちの中でも称号持ちは別格の存在らしいからな。人々の尊敬や畏怖の対象らしい。槍聖アローズ鍛冶聖ギーを見てると疑惑だけど。

 その称号持ちの中でも、勇者と賢者はさらに別格らしい。かたや武勇、かたや知性の象徴だからな。一種神格化されているっぽい。

 本人を間近に見ている俺としては、どっちも普通の女の子にしか見えないんだけどな。

 そんな、話すのも恐れ多い人のお世話を、ただの一般人の自分たちがしていいのかってことだな。ふむ。


「そこまで神経質になる必要はありませんよ。お二方とも、良識ある善良な方です。多少の粗相をしたところで罰せられることはありません」

「そうだな。なんなら、こっちは大魔王様の配下だ。あっちのほうが気を使ってくれるんじゃないかな?」


 マーリンとパパイヤのダブル説得。複数人から同一意見が出ると、どんなに無茶でもその意見には正当性があるんじゃないかと思ってしまう罠。実際は同一人物から出た意見なんだけど。


「そう、でしょうか?」

「そうそう。必要な作法は俺たちが教えるし、陰ながらサポートするし。問題ないって」

「……分かりました。お手伝いさせてください! 精一杯頑張ります!」

「ラナ、ありがとう。助かります」


 よし、お姉さんはゲットだぜ! オッパイ要員は確保できた! 余は満足じゃ!


「……だったら、アタシもやるわ」

「いいんですかマナさん? 嫌なら断っていいんですよ?」

「いい、やるわ。それと、マナでいいから。マナって呼んで」

「そうですか。助かります。よろしくお願いしますね、マナ」

「うん」


 よし、お嬢さんもゲット! チッパイ要員も確保だ! 余は大変満足じゃ!

 ふむ、お嬢さんの頬が赤くなっている。照れてるんだな。可愛いもんだ。

 心の距離も少し縮まったような気がするし、やっぱ共同でイベントをするのは親密度が上がるよな! まだ始まってもないけど! 企画段階だけど!

 これでどうにか人手は足りるかな? 足りない部分は、裏で苗木ちゃんを使ってどうにかしよう。見えないところなら大丈夫。


「ねぇ、パパイヤさん?」

「ん? なんだクリス?」

「勇者と賢者、僕が【魅了】しちゃおうか?」


 クリス、なんて恐ろしいことを……これも純粋さの裏返しか? やっぱ、素直すぎるのも困りものだな。


「い、いや、それには及ばないさ。もう手は打ってあるからな」

「そうなんだ。さすがだね!」


 ナオミはエグジー、エリザベスはハリーの担当だ。これにクリスが加わってダブルの三角関係になったりしたら……どんな修羅場になるか想像もできん!

 クリス、恐ろしい子!

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