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 俺、女勇者ナオミのじゃロリ賢者エリザベスの順で玄関をくぐる。

 入ってすぐは玄関ホールだ。ホールの左右の壁に一枚ずつ扉があって、右側が待合室、左側がクローゼットになっている。というか、そういう感じの作りだったからそういうことにした。

 もちろん、待合室にもクローゼットにも人はいない。擬態したオレもいない。居ても、扉が閉まってるから中は見えない。

 正面にも観音開きのドアがあって、これは最初から開いている。全開。

 三人とも玄関ホールに入ったから、建具に擬態した俺が静かに玄関ドアを閉める。大きな音を立てて閉めるとホラーになるんだろうけど、俺的には今回はファンタジーだと思ってるから、静かに閉める。


 パタン。


「っ、ドアが! ……開くわね」


 気付いたナオミが素早く玄関ドアに取り付き、押し開ける。ドアはすんなり開き、外の陽光が玄関ホールを照らす。


「ふむ。どうやら儂らを閉じ込める気は無いようじゃな」

「そのようね。それとも、そんな小細工をする必要はないっていう自信の現れかしら?」

「さて?」


 ナオミが手を放したから、もう一度ドアを閉じる。

 ナオミがまた開ける。また閉める。

 開ける。閉める。

 いや、開けっ放しにすると虫が入ってくるのよ。森の中だから。

 見つけ次第駆除してるけど、死骸の後始末も結構面倒なんだよ? 網戸でも付けようかな? 洋館には似合わないか? 虫除けポット玄関用を置く?

 どうやらナオミは、この扉はそういうものだと自分の中で折り合いをつけたらしい。閉まるのを見て大きく息を吐いたけど、もう開けようとはしない。


「どうする? 今ならまだ引き返せるぜ?」

「いや、せっかくの招待なのじゃ。進むのじゃ。それに、どのみち森の中も領域支配者エリアボスの庭なのじゃ。大した差はないのじゃ」

「そりゃそうか。了解だ。賢者様は見た目によらず肝の据わっておられることで」

「ほんとにね」

「焦りでは何も解決しないのじゃ。さぁ、先に進むのじゃ」


 エグジーが肩を竦めると、ナオミも同じように肩を竦めながら苦笑いをする。その大きなお胸様にも笑ってほしかったけど、胸当てのせいで硬いままだった。うぬぅ。


 正面に開いたドアを抜けると、吹き抜けの階段ホールへと出る。

 正面に二階へ上がる大階段があって、壁際で左右へ別れている。それぞれ二階左右の廊下へと繋がっている。

 天井には大きなシャンデリアがぶら下がっているけど、今は火は入っていない。明かりは玄関の上のガラス窓と天井のガラス天窓から入る自然光のみだ。

 どっちも老朽化してたから、俺が【錬金術】と【大工】技能スキルで作り直した。地味に採寸が面倒くさかった。

 階段以外には、ホール手前左右には廊下が、奥の左右にはドアがある。


「ふむぅ、これは随分古い様式なのじゃ。今ではほとんど見かけない作りなのじゃ」

「そうなのか?」

「うむ、もはや骨董品と言っても過言ではないのじゃ。王都にももう数えるほどしか残っていないのじゃ」

「その割には綺麗ね。この深い緑の石畳だって、ひとつのヒビも無いわよ?」


 頑張ったからな! 床はひび割れていたから張り替えた。【石工】技能が大活躍。

 石自体は【錬金術】で素材を抜いた後の出がらしだけど、結構硬く固めてあるから建材としても十分使える。使えるものはなんでも使わないとね。エコ? ロハス? エロハス? ともかく、資源は有効に活用だ。ハスハスせねば。


「次は……どうやらあそこらしいな」


 左奥の扉がゆっくりと開く。っていうか、擬態した俺が開けている。ほんと、地味な裏方ばっかやってるよな俺。

 いまかつて、自動ドア役をする大魔王がこの世に存在したであろうか? 大魔王とは何なのか、一度腰を据えてじっくり世界と話し合いをする必要がありそうだ。小一時間ほど説教してやらねばならん。


 ――ボン=チキングは『闇に蠢くもの』の称号を獲得しました。


 おいコラ、天の声さんよぉ! それって要するに、世界が俺を裏方に任命したってことじゃないのかよ、あぁん!? かっこよく言い換えれば許されると思ってんじゃねぇぞ! 言葉の響きは大魔王っぽいけどさぁ!

 でも何度も言うけどね? 俺は豆の木なのよ、植物なの。光合成して生きてるのよ?

 植物を闇に堕とすなよ! 光合成できなくて死んじゃうだろ! 取り消せ! 俺に光を、豆に脚光を! 子供の苦手野菜ランキングからの脱却を!


 ふぅ、まぁいい。今日はこのくらいにしておいてやろう。天の声さんは単なるアナウンサーだろうからな。球場のウグイス嬢と同じだ。原稿を読んでいるだけで罪はない。

 真の罪人、球場の運営会社社長は別にいるはず。悪いのはそいつだ!

 見ていろ、いつかお前の悪事を白日のもとに晒してやるからな! 脱税と贈収賄と、俺への名誉毀損で訴えてやるからな! 法廷で会いましょう!


「どうしたのエグジー? 何か異常が?」

「いや、ちょっと今後の展開を予想していただけだ。まぁ、臨機応変にいくしかないって結論になったけどな」

「じゃろうな。儂にもどうなるか分からん。気を緩めんようにな」

「ええ、もちろんよ!」


 適当に言い訳をする。【話術】先生は相変わらず絶好調だ。


 奥の扉に向かい、その先を確かめる。

 サロンだな。角部屋になっていて、広く取られたガラス窓からは陽光が差し込んでいる。

 調度品は全部アンティーク調だけど、モノ自体は新しい。俺が作った新品だからな。【大工】技能は家具作りでも役に立った。

 床は寄木細工のように組み合わされた色違いの石材で、連続するユニオンジャック風の幾何学模様が美しい。でも、組み合わせて張り合わせて凹凸を削ってと、作るのにはめちゃめちゃ手間がかかった。もうやりたくない。

 ほんのり淡いグリーンの壁紙は一見無地。しかしよく見るとエンボス加工の唐草が這っている。これは俺の【形状変化】で葉っぱを変形させて作ったものだから、あんまり手間は掛かってない。

 むしろ、シワなく貼り付けるほうが大変だった。何度貼り直したことか……。今ならスマホの保護フィルムだって一回で貼れる自信がある。

 窓枠には精緻な模様のレースのカーテンと濃い臙脂色の遮光カーテンが掛かっているけど、今はどちらも帯でまとめられている。これも俺の【形状変化】で作ったんだけど、むしろそれを掛けるカーテンレールを作るほうが大変だった。ちまちまパーツを作ってると心が削れていく。

 テーブルの上にある花瓶は、ブタ領主のコレクションから拝借してきたものだ。陶器もいずれ作らないとなぁ。また何処かに弟子入りするか。

 花瓶に差してある花は俺の眷属の毒花たちだ。くくく、触ると痛い目に遭うぜ?


「おい、アレ」

「うむ、どうやら到着したようなのじゃ」


 そのサロンの一番奥右側にある大きなガラス扉が外に向かってひらかれている。そこから外へ出られるようになっている。

 外は庭だ。芝の緑が目に優しい。

 その庭には、大きな白いパラソル、白いティーテーブルにチェアが四脚。

 その一脚に座り、優雅にティーカップを傾けている少女がひとり。もちろんロリ先輩だ。

 今日のロリ先輩の装いは白い細身のワンピースに白い靴とソックス、白い鍔広帽で、全身を白でまとめている。つまり白えのき茸仕様だな。鍋に入れたい。


 いや、結局外へ出すんかーい! というツッコミは、甘んじて受けよう。

 だって、ロリ先輩が『土のない室内は力が弱くなるんですの』とか言いやがるんだもんよ。あのパラソルも『日差しが強いと乾いて力が出ないんですの』とか言うから用意してやったものだし。実はテーブルも俺の苗木が変化したもので、常にちょっとずつ【水生成】で保湿してたりする。

 本当、世話のかかるキノコだよ!


『う、うるさいですの! これも貴方がアタシから支配権を奪ったせいですの! 責任をとるのは当たり前ですの!』


 ああ、はいはい。ごめんごめん。お世話はするから仕事してね。お水ちょろちょろ〜。


「あれがこの森の領域支配者か? まだ子供じゃないか。いや、見た目通りじゃないんだろうけど、これはちょっと想定外だな」

「うむ。じゃとしても、他に選択肢はないのじゃ。行くしかないのじゃ」

「そうね、覚悟を決めましょう」


 庭へと通じるガラス扉の前でコソコソ相談する俺たち。まぁ、全部ロリ先輩には筒抜けなんですけどね。心を読まれているので。

 それじゃ、王国側こっちの方針も決まったことだし、続けますか。


「ご相談は終わりましたですの? アタシ、待ちくたびれたですの。こちらへどうぞですの」


 ロリ先輩が俺たちを呼んだ。

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