076

 はぁ、俺の米……まぁいい、後で食えるだろう。種籾貰って育ててもいいしな。


 ふーん、木の柱に板張りの床か。この辺りはなんとなく日本っぽい感じの家なんだな。昭和以前の日本家屋っぽい。名探偵がやってきたら連続殺人事件が起こりそう。

 窓も板張りか。だからこんなに薄暗いんだな。ガラスがないなら障子でも貼ればいいのに。まぁ、紙も高級品らしいから、一般家屋の建具に使うなんて考えられないんだろうな。勇者のところも羊皮紙に粘土板だったし。


 売り出したら売れるかね、板ガラスと紙?

 今持ってる、先遣隊からかっぱらったお金がなくなったら、街での活動に支障が出るかもしれないしな。稼げるなら稼いでおきたい。


 錬金術でガラスは作れる。グラスを作ったりはできないけど、板ガラスなら余裕。既に本体の木のお家にも使ってるし。材料はそこらの土だし。

 紙は……何かの木の皮を蒸してすり潰して糊と混ぜて梳くんだっけ? なんの木の皮だったっけか……牛乳パック? あれは既に紙だ。

 あっ、わら半紙ってのもあったから、藁でもいける? 麦を刈った後の藁で作れるかもな。試してみよう。

 あー、梳く道具がねぇな。目の細かい網を張った木枠が要るんだよな。ソレが入るでっかい水槽も。うーん、仕方がない。またすね毛を毟るか。いつまで経っても慣れないんだよな、あの痛み。


「あんた、お連れしたよ」

「おお、入っていただけ」


 屋内の建具も板戸の引き戸なのか。声が通るから、そんなに分厚いわけじゃなさそうだな。これも襖にしたら軽くなるし、カラフルな絵を描けばおしゃれになるかな? 金持ちが喜んで買いそうだ。


 ガタガタ


 ふーむ、建て付け、いや、滑りが良くないのか。蜜蝋くらいはありそうなものだけど、高かったりするんだろうか? これも植物性の蝋を売り出せば需要がありそうだな。うむ、どこにでも商材は転がっているもんだ。

 中もやっぱり薄暗いな。窓は開いてるけど、あの大きさじゃ部屋全体を照らすには足りない。部分部分で日本家屋じゃないんだよなぁ。やっぱ異世界だな。


「寝たままですまんな。アンタがオレを助けてくれたんだってな。助かった、礼を言う」

「いやいや、物見遊山の道すがら、たまたま通りがかったついでじゃ。気にせんでええ」


 布団じゃなくてベッドか。床も畳じゃなくて板張りだし。まぁ、靴履いたままって時点でそうだろうとは思ってたけど。

 お頭の血色はいいな。血が随分出てたはずだけど、さすがは海の男か。体力高そう。


「通りすがりでキングクラーケンを一蹴か。とんでもねぇ爺さんだな。さぞかし名のある御仁なんだろうが、オレの記憶には思い当たる名前が無ぇ。良ければ聞かせてもらっていいか?」

「むぅ、すまんな、昔の名前は捨てたんじゃ。いまはタダの爺、アーサーとだけ名乗っておるよ。そう呼んでもらえるかの?」



 まだ本名を名乗るわけにはいかないんだよ。もうちょっと信頼を得て、この辺りに浸透というか侵食して、もう引き返せないところまで取り込んでから正体を明かすつもりだから。気づいたときには、もう俺の掌から逃れられなくなってるって寸法よ、くくくっ。

 名付けて地域振興密着型侵略作戦! 街づくりを応援します! 米と海産物を手に入れるためなら、俺に逡巡はない! みんなで幸せになろうよ?

 はっ、米と海産物!? ということは寿司が作れる!? うむ、もうこの地方は俺が支配することに確定! 発展させるよ! 大魔王の支配に恐れ慄くがよい!


「……そうかい、それじゃ深くは聞かねぇよ。アンタが俺たちの恩人であることに変わりはねぇしな」

「ふむ? 『おぬし』ではなく『おぬしたち』とな?」

「ああ、キングクラーケンだ。あいつが外海からこっちへ入ってきて以来、魚が喰われて不漁続きでな。最近じゃ船まで襲ってきやがる始末だ。かと言って、退治しようにもオレらじゃ歯が立たなくてな。仕方なく海賊家業を増やして食いつないでたんだよ。あいつを倒してもらえただけでありがてぇ。アンタはこの海の恩人だ」


 あー、あのイカね。

 そうか、あの巨体なら喰う量も多いだろうしな。こんな内海の魚なんて、すぐに喰い尽くしちゃっただろう。

 ああ、それで船を襲ってたのか。手っ取り早いエサとして目を付けられちゃったんだな。エサを喰わないと生きていけない生物は大変だなぁ。


「そういうことじゃったか。まぁ、ワシが役に立ったならなによりじゃ。しかし、内海が不漁なら外海で漁をしようとは思わなんだのか?」

「外海でなんてとんでもねぇ! ああ、爺様は海に来るのは初めてか?」

「うむ、話に聞くだけで見たことはなかったでな。近くに来たついでにこちらへ寄ったんじゃよ」


 今生ではね。前世では毎年のように海に行ってましたよ。主に有明とか舞浜だけど。イベントは海際の大箱でやることが多かったから。

 海水浴? ああ、リア充に起きるイベントだっけ? 都市伝説じゃないの? 俺には関係ないよ。ああ、関係なかったよ!


「なるほどな。その話で聞いたのは、多分この内海のことだろうよ。外海っていうのは年中波が高くてな。とてもじゃねぇが船なんか出せねぇんだ。昔、国がでっけぇ船作って沖に出ようとしたことがあったらしいけどよ、半日もせずに木切れになって浜に打ち上げられたって話だ」

「なんと、それほどか! 恐ろしいもんじゃのう」


 ふむ、常に荒れてるのか。大型船でそれじゃ、あんな小型船ではどうにもならないな。

 だとすれば、本格的な海産物を手に入れるのは難しいか。この内海の産物で我慢するしかないな。うぬぅ、俺のコンブとワカメ……。


「ともあれ、アンタが恩人なのは間違いねぇ。この村に好きなだけ居てくんな。不自由はさせねぇよ」

「ふぉっふぉっふぉっ、豪気じゃな。ではお言葉に甘えて、しばらくお世話になるとしよう」


 ここで手に入れられる海産物だけでも入手しておこう。あと米。



 うーん、美味くもなく、不味くもなく?

 大味ってこういうのを言うんだろうな。旨味が薄い。でかいからって、味まで大きくなくていいのに、クラーケン。

 歯ごたえはムッチリって感じだな。モンゴウイカっぽい? イカそうめんで美味しいコリコリ感はないな。とりあえず今晩は天ぷらにしてみるか。卵はないけど。

 ゲソの輪切りは塩を振って焼けばなんとか? 唐辛子が欲しいな。マヨネーズもあればなお良し。卵がないんだけどな!

 直近で食う分以外は、軽く塩で揉んでから干すか。イカの一夜干しだ。『海産物は干せば旨味が増す』の法則に期待しよう。短冊にしてから干すから、全然イカっぽくないだろうけどな。むしろ凍み豆腐っぽい?


 ん? どうしたキキ? イカが気になるのか? 食ってみたい? あー、ネコにイカってダメじゃなかったっけ? 生がダメなんだっけか?

 うーん。けど、何か毒になるものがあったとしても、俺の眷属には毒耐性があるから大丈夫かな? 一応、焼いて細かく切ってからあげてみるか。

 あー、火魔法便利! 光魔法の遠赤外線も併用して、あっという間に焼きイカ完成! ほんのり焦げ目が付いてるのがたまらん! ギーを仲間にしてよかった!

 ほらキキ、食べてごらん?


「っ! んーまっ! んーまっ!」


 なんだよその反応? まぁ、手をパチパチしてるから、美味しかったんだろう。

 でも、そんなに美味かったか? あー、ちょっと旨味が増してる感じだな。火を通すのが正解なのか。それで焼いたゲソも美味かったんだな?

 よし、干すのは焼いてからにしよう。焼干しだ。食うときは煮物だな。含め煮とかな。


 今晩はスズキのムニエルにイカの天ぷら、イカゲソの塩焼きかな。クリスたちは初めて食べる味だろう。どんな反応をするか、今から楽しみだな。


 支配領域が広がって、どんどん食生活が豊かになっていく。この調子でどんどん世界を征服していこう。


 わたくし大魔王ボンちゃんは、世界の平和と豊かな食生活のため、今後も侵略に邁進する所存であります!

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