075

「見られてしもうたか」

「爺さん、アンタ……」


 ふう。

 なるべく穏便に、できるだけバレないように事を進めたかったんだけどな。こうなってしまっては仕方がない。力ずくで海賊共を従わせるしかないな。


「すげぇな! 今のは技能スキルか!? やっぱアンタ、名持ちだろ!?」

「むっ? まぁ、実は名持ちではあるな」


 変質者で大魔王のボンちゃんとは俺のことだ。不本意な悪名には定評がある。けど?


「なんか、ギューンって腕が伸びてたな! それに、でっけぇシルバスが穴? の中に入っていったよな! 空も飛んでたし、最初から只者じゃねぇと思ってたんだよ!」

「こんな爺様がキングクラーケンを退治しただなんて何かの間違いじゃないかと思ったけど、名持ちなら納得だよ。さぞかし高名なお方なんだろうねぇ?」


 おやぁ? これはひょっとして、まだバレてない?

 そうか、ここは技能のある世界だもんな。手が伸びたり空を飛んだりするのも、そういう技能があればヒトでも可能ってことか。ダル◯ムが本当にいる世界なんだな。ヨガヨガ。


「うむぅ、バレてしまっては仕方がないのう。しかし、ワシはもう現場から身を引いたタダの老いぼれじゃ。昔の名は捨てて、今はアーサーと名乗っておる。お主らもそう呼んでくれまいか?」

「あー、なるほど。察するに、色々あったんだな。分かった、深くは聞かねぇよ」

「ああ、うちの宿六の恩人だ。気に障るようなことはしないよ」


 よっしゃぁっ、ごまかせた! ナイスだ話術技能、そして純朴な海賊の人! ヒト相手だと無敵だね無双だね!

 なんかもう、話術と調教があれば大抵はなんとかなる気がしてきたな。縛ってしばいて脅せば……って、それはもう拷問やないかーい!



「あはははっ、飲んでますかアーサー殿!」

「ああ、飲んどるよ。ワシはちっとばかり酒には強くての。顔に出んのじゃよ」

「流石は名持ちだ! 腕っぷしだけじゃなくて酒にも強いなんてな! あはははっ!」


 宴会だ。混沌だ。おっさんは笑い上戸だ。うざい。

 既に俺の周りは酔いつぶれた男たちで死屍累々だし。

 死んだ者への追悼と俺への感謝の宴会じゃなかったの? なんで俺との飲み比べになってんだよ?

 まぁ、俺は毒耐性のおかげで、飲み比べなら無敵なわけですが。体の中に入った酒はすぐに亜空間経由で排出してるしな。ズルじゃないよ、テクニックだよ!


「よし、乾杯だ! アーサーの爺さんと、死んだ奴らと、生き残ったお頭に乾杯だぁあぁ〜?」


 おっと、ついにおっさんも潰れたか。これでやっと静かに飲める。まぁ、飲んでも酔えないんだけどな。

 くそう、アルコールは毒じゃねぇよ、薬だよ! 百薬の長だよ! 薬も摂りすぎると毒だよ! 知ってるよ!

 あれ? ということは、俺には薬も効かないってことか? 病気になったら困るな。治せないじゃん。病気耐性があるから平気だけど。


「やれやれ、うちの男共はだらしないねぇ。悪いね、付き合わせちまって」


 お、つまみを持ってきてくれたのか、ありがとうおカミさん。

 これは貝の佃煮か? どれどれ……ふむ、ちょっと癖があるな。魚醤か? 甘みは無くて塩気だけだな。砂糖は無いのかね? あっても高級品だったりするんだろうか? 酒のつまみには丁度いいけどな。


「いやいや、こういうのも久しぶりじゃ。たまには良かろう。それより、ご亭主の容態はどうじゃね? 大分血を流しておったようじゃが」

「……まだ目を覚まさないんだよ。熱もある。傷は縫って血も止まってるんだけどねぇ。あとは祈るしかないよ」

「ふむぅ」


 折角助けたのに、死なれると寝覚めが悪いよな。海賊との繋ぎができたから、無意味じゃないけどさ。お頭トップに恩を売るのと、下っ端ひらに顔を売るのとじゃ価値が違う。お頭には生き残ってもらわないと。


「熱が出ると体力を盗られるからのう。そうじゃ、これを飲ませてやるとええ。ワシの居た傭兵団秘伝の健康飲料じゃ。栄養が身体に染み込むぞい。怪我も早う治るかもしれん」


 もう知られちゃってるから、亜空間も堂々と使っちゃう。特製スポドリ入り水筒カモン!

 これ、シワシワだった槍聖アローズも一日でピチピチに戻るヤバいドリンクだからな。病気のお嬢さんたちもこれで持ち直したし、怪我にも効くかもしれない。効かなかったときは知らない。ダメで元々、効いたら儲け。悪化はしないだろう、多分。知らんけど。


「いいのかいっ!? 何から何まですまないねぇ!」

「なに、気にせんでええ。ワシが居合わせたのも何かの縁じゃろう。早う飲ませてやりなさい」

「恩に着るよ、爺さん! 酒でもつまみでも、足りなかったらあそこの女衆に言っておくれ。いくらでも持ってこさせるよ! それじゃ!」


 おうおう、猛ダッシュだ。お頭、愛されとるのう。

 しかしまぁ、こんな怪しい爺さんから貰った物をあんなに有難がるなんて、純朴にも程がある。お爺ちゃんは心配ですよ。もっと人を疑いなさい。俺は人じゃないから疑わなくていいけどね! 大丈夫、変質者で大魔王なだけだから。一番信じちゃダメな人だった!?


 それじゃお言葉に甘えて、チビチビとつまみながら飲ませてもらいますかね。

 この酒、どぶろくっぽくてちょっと癖になるんだよな。


 ……っ! まさか、これの原料、米か!?

 あり得る! 水が豊富で温暖なら、主食が米か芋の可能性は高い! あるのか、米が!?


「あー、そこのお嬢さんや。ちょっと聞きたいんじゃが」

「はいはい、なんですかお客人?」


 いや、三十年前にお嬢さんだったアンタじゃなくて、その隣の今お嬢さんな彼女を呼んだんだけど……まぁいいか。欧米じゃいくつになってもお嬢さんって呼ぶらしいしな。


「この酒は初めて飲むんじゃが、なかなか美味いのう。原料は何じゃね?」

「ああ、こりゃ米で出来とります。この辺りじゃよう採れるんですよ。いつもは、うちらは茹でて塩振って食っとります」


 やっぱりか! ヤッホーッ、米だ米だ! 日本人なら、やっぱり米でしょう! 海産物を探しに来て米まで見つけちまうなんて、俺様ツイてるぅーっ!

 けど調理法は欧米式なのか。ということは、この酒も酵母じゃなくて乳酸菌かイースト菌発酵かもな。ドブロクじゃなくてマッコリ。

 まぁ、俺が欲しいのは酒じゃなくて米そのものだからいいんだけど。酒、酔えないし。ぐすん。


「それは興味深いのう。すまんが少しばかり食わせてもらえんか?」

「ええ、ええ。そんな物で良ければ皿に山盛りでお持ちしますよ。ちょいとお待ちくださいな」


 うむ、待てん! けど待つ! 久しぶりの米のためなら待つ! わたし待つわ! いつまでも……は待てないけど待つわ!


 うぬぬぅ、時間の経過が遅い! チビチビ飲みながら佃煮をつまんで……あっ、米とこの佃煮は絶対合う! ちょっと残しておこう。


「はいはい、おまちどうさま! 丁度賄い用の茹でたてがあったよ。召し上がれ」


 キターッ! 念願の米! 炊きたてじゃなくて茹でたてだけど米だ! あ、スプーンだ。やっぱ欧米式なんだな。

 ほう、粒はちょっと小さめだな。それに丸い? 短粒種ってやつかな? でも米なのは間違いない。よしっ!

 臭いがちょっと強いな。それに白くない。玄米なのか? 精米技術は高くないとみた。

 パラパラだな。ネットリ感はない。茹でてるし、玄米ならそんなもんか。これはスプーンで正解だな。お箸じゃ摘めない。


「ほほう、これかね。では早速頂くとするかの」


 いよいよ実食! お味の方は……ドキドキ……アーン


「爺さん!!」

「うひゃいっ!?」


 なんか変な声が出た!

 なんだ、おカミさんかよ。今いいところだったのになぁ。


「アンタに貰ったあの飲み物、ありゃなんだい!?」

「むっ? 何か問題があったかの?」


 やべぇ、何か副作用が出たか? 日々調整して、より美味しくはなっているはずだけど、変なものは入れてないぞ?


「うちの宿六にアレを飲ませた途端、熱が下がって目を覚ましたよ! とんでもない効き目だね!」


 なんだ、効き目が良かった方か。悪影響じゃなくてよかった。


「そうかそうか、そりゃ何よりじゃ」

「それで、礼を言いたいから爺さんを呼んできてくれってさ! すまないが一緒に来ておくれ!」


 えっ、あ、そんな、お礼なんて後でいいのに! 引っ張らないで!

 あ、ああっ! 米、俺のこめぇ〜っ、せめてひとくちぃ〜っ!

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