011
季節は真夏。俺にも俺の分身にも、もうエンドウ豆みたいな薄緑のサヤが出来てる。中の豆はまだ小さい。と言っても、もう既に野球のボールくらいあるけど。この分だと、今年の種はバスケットボール大かな。さすが魔王樹、スケールがでかい。
そろそろ本体で種を作るのはやめた方がいいかもな。種を飛ばしたら、今は立派な木になってる分身に当たる危険がある。こんな大質量の塊がぶつかったら折れちゃうよ。
ビョオオォォッ!
うおおっ!? それにしても、今日はマジで風が強いな。メッチャ幹がしなる。葉っぱも千切れて飛んでっちゃう。禿げたらどうすんだ、この野郎! 風で舞い上がった砂や小石が当たって痛いし!
そのくせ、雲は高い空を筋みたいに流れるだけで、相変わらず雨は全然降りそうにない。砂漠化待ったなしかよ。
あっ、そういえば俺、風魔法使えるじゃん。受粉にしか使ってなかったから忘れてたよ。年一回しか使わないとか、正月の松飾りかってぇの。こういう時に使えよって話だよな。逆向きの風で相殺すればいいんだよ。いや、いっそ俺を中心に無風状態にするか。さすが俺、あったまいいー!
……あっちいぃっ! 風を止めたら止めたで、ジリジリ太陽が照り付けてくる! しかも、周りの水が蒸発してムシムシする! 暑いよ、サウナかよ! 冷水被っちゃうよ! ととのっちゃうよ!!
うむ、適度なそよ風だ。やっぱ何事も程々が一番だな。やり過ぎはいかんよ、やり過ぎは。
ネコは涼しい場所をよく知ってるけど、ネコ耳たちは安全な避難場所も知ってるらしい。
ネコ耳たちは、家をたたんで俺(の分身)の根元に避難してきた。あのテントみたいな家じゃ風に飛ばされそうだもんな。家財の一部は穴を掘って埋めてきたみたいだ。なんか手慣れてる? ひょっとして、こういう大風の日が偶にあるのかね? 俺、まだ満二歳だからよく分からないんだよな。
「父ちゃん、この風、いつ止むの?」
「わからん。父ちゃんもこんな大風は初めてだ。けど、爺ちゃんは知ってるそうだ」
「ああ、そうじゃな。昔、まだワシの毛が青々としとった頃にも、こんな大風が吹いたことがあったんじゃよ。五日くらい吹き続けて、何軒も家が飛ばされてなぁ……人も食い物もみんな飛ばされて、生き残ったのは森に逃げ込んだ五家族だけじゃった。それから村を立て直すのにどれだけ苦労したことか」
「ひいぃ……父ちゃん、ボクら大丈夫なの?」
「ああ、きっと大丈夫だ。俺たちには『命の樹』様がついてるからな。その証拠に、ほら、このあたりだけは風が弱いだろう?」
「うん、そうだね! 『命の樹』様がついてるもんね!」
「ありがたやありがたやー」
いや、拝まないで。俺、自分のためにやってるだけだから。
しかし、数十年に一度、五日も吹き続けるのか。幻のビッグウェンズデーかってぇの。あれ、本当は只の津波じゃないかと思うんだよね、俺。あの後、街は壊滅したんじゃないかな?
この風が季節か気候か、それとも地理的なものか。どっちにしても厄介だな。まぁ、原因がなんであれ、自然災害なら耐えるしかない。マジで風魔法が使えて良かった。
いやぁ、それにしても暑い。巻き上がった砂塵で気温が下がってもいいはずなんだけどな。そんな単純な話じゃないのか。
もう、ジリジリなんてレベルじゃなくて、パチパチゴウゴウと……え?
「父ちゃん、アレ!」
「煙!? 火事か!」
うおぉおい! 暑いと思ったら燃えてたよ! 『熱い』の方だったよ! 枯れ森が火事だよ! 白い煙がたなびいてるよ!
っ! この風か! 枯れ森のカラカラの枯れ木が風の摩擦で発火したんだな!? くっそ、森全体をそよ風にしておくべきだったか!
ええい、反省だけなら猿でも出来る! ポーズだけだけどな! それよりも今は対応だ、消火だ!
ゲホッ、グホッ! メッチャ煙たい! 煙が目に沁みる! 目も鼻も無いのに理不尽な! こんな時まで仕事するなよ疑似知覚! ここが我慢のしどころ、頑張れ俺!
森の分身総出で水生成! 出来る限り広範囲に水撒き!
ぬおおぉっ、間に合わねぇ! 風止めてるのに、なんでこんなに燃えるの早いの!? 乾き過ぎだから!?
こうなったら予定変更、破壊消火だ! 火が回る前に周りの枯れ木を全部溶かす!
そりゃっ、毒散布! 酸で溶かしてアルカリで中和! そりゃそりゃそりゃそりゃ……。
◇
あーあ、森の中にぽっかり空き地ができちゃったよ。野球どころか、ジャンボが同時に発着できるくらいの広さだ。どこもかしこも真っ白な灰だらけだし。あし〇のジョーばりに燃え尽きちまったよ。普通、森林火災だと真っ黒な燃えカスが残るはずなんだけどな。そこまで乾いてたのか。
とりあえず水撒いて灰が飛ばないようにしておくか。せめて土に還って、次の世代……っていうか、俺の滋養になってもらおう。疲れた本体と分身の栄養補給だ。
はぁ、やれやれ……よくよく考えれば、こんなに頑張る必要は無かったかもしれないな。元々立ち枯れた木しかない死の森だったんだし、放っておいてもいつかは朽ちて土に還るだけだったんだもんな。火事はそれをちょっと早めただけだ。無駄な労力だったかも。
いや、朽ち木があるという事が重要なんだよ、きっと! 例えば、ほら、朽ち木はクワガタのエサになるし。来年あたり、オオクワやヒラタでいっぱいだったかもしれないし? まぁ、だからどうしたって話なんだけど。
しっかしまぁ、今回は風魔法と水生成にメチャクチャ助けられたな。水生成は普段からお世話になってるけど、風魔法もかなり有効な魔法だ。
……なんで水魔法じゃないんだろ? 水生成じゃないとダメな意味? うーん、分からん! まぁ、便利だし困ってないからいいか。
今まで貰ったスキルはどれも役に立ってる。いや、中には『お前、ノリで付与しただろう?』ってスキルもあるけどな。例えば、体内時計とか。
カレンダー機能付きはいいんだけど、木の生活に時計ってあんまり必要ないんだよな。基本、陽が出たら日向ぼっこして、陽が沈んだら寝るって生活だし。
今だって、
只今の時刻は八月七日、午後二時十四分、本惑星消滅まで、あと五年一か月です。
なんて感じで、木の生活にはあんまり役に……うん?
只今の時刻は八月七日、午後二時十五分、本惑星消滅まで、あと五年一か月です。
はい?
……はいいぃぃいっ!?
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