051

 僕は要らない子。親にそう言われて育ってきた。

 僕の村は皇国の端の端、荒鷲魔王の支配領域の森のすぐ近くという辺境にある。年に一回か二回くらい、魔王の眷属の大きなワシが来て村の人を攫っていってしまう。そんな恐ろしい村。

 いつワシが現れるか分からないから、まともに農作業もできないし森に入って野草を採ることもできない。だから村は貧乏で、みんないつもお腹を空かせていた。

 そんな村だから、厳密に人口が制限されていた。人口が増え過ぎると、みんな飢えて死んじゃうから。

 ひとつの家につき、大人は祖父と祖母、父と母、息子とその嫁の六人まで、子供は男女一人ずつまで。それが村の掟。

 僕は、その家でふたり目の男の子として生まれた。だから要らない子。

 村の掟では、ふたり目以降の男の子と三人目以降の子供は、成人したら村を出なければならない。村に新しい家を興す余裕が、安全な畑が無いから。

 でも、村を出るというのは表向きで、実際には街の娼館っていうところに売られていき、そこで男の人の慰み者にされるらしい。売ったお金は村で必要になる塩や農具の購入に充てられるそう。

 だから、売られていく男の子は女の子として育てられる。そのほうが男の人に好かれるから。

 僕ももうすぐ、娼館に売られていくはずだった。

 それはいい。男の人の慰み者になったって、こんな貧乏な村に居るよりずっとマシだと思うから。

 村を出れば、跡取りとして大事にされている兄さんや、村の誰かに嫁ぐために綺麗に着飾られている妹を羨む必要がなくなるから。

 もう要らない子だと言われなくて済むから。僕だけ粗末な食事でお腹を空かせることもなくなるから。


 僕はこの村を出る。そして、街で幸せになる。

 そのためには、誰よりも可愛くならなければならない。妹よりも、村のどんな女の子よりも。街のどんな女の子よりも。

 そう思って、僕、頑張ったよ。

 村で一番美人だって言われているラナさんの笑顔をマネして、村で一番可愛いって言われているマナちゃんの仕草をマネして。

 ときどき村に来る行商人のオジサンに、街の女の子のことや流行りの服のことを聞いたりとかね。

 大きな街の有名な娼婦は、とても頭がいいんだって。街の大商人が相談に来るくらい。だから僕も勉強したよ。文字の読み書きも計算も、商人のオジサンに頼み込んで教えてもらった。

 少し前に村に立ち寄った兵隊さんにも街の話を聞いたけど、みんな顔を赤くしてたな。僕は結構可愛いと思ってもらえたみたい。

 これなら、街に行っても上手くやっていけそう。みんなに可愛がってもらえるはずだ。

 そう思ってたのに。



 みんな死んじゃった。

 お父さんもお母さんも兄さんも妹も、みんな死んじゃった。村で生き残ったのは、僕とラナさん、マナちゃん、鍛冶屋のギーさんだけ。

 最初に村長が熱を出して倒れて、翌日には体中から血が噴き出したんだって。その血に触った村長の奥さんと娘さんが次に倒れて、それからはあっという間に村全体に病気が広がってしまった。

 僕の家族もほどなくして倒れて、看病してた僕もすぐに倒れてしまった。

 悔しかった。

 こんな村出て行ってやろうと、誰よりも幸せになってやろうと頑張ったのに、それが全部無駄になってしまった。

 要らない子だと虐げられて、辛い思いをしただけで僕の人生はお終い。それがどうしようもなく悔しかった。

 きっと、この世界は僕を必要としていない。神様は僕を愛してはくれない。それに気付いてしまった。

 だったら、こんな世界、滅んでしまえばいい! 神様なんて、もう信じない!

 眼から流れ出た血の涙は病気のせいじゃない。僕の恨みが流れ出たものだ。


 でも、僕は死ななかった。

 熱と苦しさの中で、確かに聞こえたその声は、僕にまだ生きたいかを訊ねていた。

 悔しい、まだ死ねない、生きたい! 僕はまだ幸せになっていない!

 美味しいご飯を食べて、綺麗な服を着て、涼しいハンモックで眠りたい!

 こんなところで、こんな村で死にたくない!

 そう思った瞬間、体の中から熱と悪いものが消えていくのが分かった。体が楽になって、久しぶりの穏やかな眠りに落ちて行くのが分かった。

 意識を失う直前に、薄っすらと見えた黒いモジャモジャ。

 ああ、きっと神様を信じられなくなった僕を悪魔が迎えに来たんだと思った。あのモジャモジャに絡めとられて、地獄に連れていかれるんだと思った。

 それでも構わない。地獄もこの村より生きやすいだろうしね。



 そう思ってたのに、モジャモジャパパイヤさんは優しかった。

 低くてよく通る声は優し気だし、持ってきてくれるお粥は美味しくて、清潔な服は気持ち良かった。このパンツっていう柔らかい下着、凄く着心地がいいね!

 でも、モジャモジャさんは悪魔じゃなかったけど、人間でもなかった。大魔王の手下だった。それにしては、全然怖くないけど。

 それで、僕たちももう大魔王の手下になってるんだって言ってた。そのおかげで病気が治ったんだって。

 ラナさんとマナちゃんは驚いて悲しくて泣いてたけど、僕は全然そんなことなかった。ギーさんは、よく分からないな。

 僕はこんな村も、僕の家族を含めた村の人も好きじゃなかったし、神様ももう信じてないから、特に悲しくはなかった。ちょっと驚いただけ。

 僕が苦しかったときに助けてくれたのは、モジャモジャさんだけだった。僕みたいに何の力も無い子供を助けてくれたのは、モジャモジャさんだけだった。

 世界の敵になる? そんなの、ずっと前からそうだよ。ずっと前から世界は僕の敵だ。

 敵の敵は味方。だから、モジャモジャさんと大魔王様は僕の味方。初めてできた、僕の仲間。

 美味しいご飯に清潔な服、安心して眠れる場所。僕が欲しかったものを、モジャモジャさんと大魔王様は与えてくれた。今度は僕の番。

 僕に何が出来るか分からないけど、この恩には絶対に報いるし、仲間の為なら何だってやる。

 モジャモジャさん、僕、仲間みんなのために頑張るね!



 ふむ、お姉さんにはこのナース服か、それともミニスカメイド服か……お嬢さんはセーラー服かブレザー? 悩ましいな。

 よし、どっちも送るか。好きな方を着てもらおう。いつまでもノーブラ検査着ってわけにはいかないもんな。うん、それがいい。もちろんブラとパンツもセットでな!

 オッサンはふんどし一丁でも……いやいや、そんなのにうろつかれると俺のSAN値が削れてしまうな。紺の甚平でいいだろ。色違いで黒もつけてやろう。ありがたく思え。

 問題は男の娘だよなぁ。

 何を着せればいいのか……あのゲームだとミニスカ修道女だったな。アレにするか? あのアニメだと巫女服だったな。アレもアリか。うん、なんちゃって宗教路線はアリかも。よし、そうしよう! なんちゃって尼さんもついでに!

 問題は下着だよなぁ。

 勢いで女物を履かせちゃったけど、アレで良かったんだろうか? 付いてるからなぁ。いや、いっそノーカップのブラもセットで渡すべき? やるならやらねば?

 よし、やっちゃおう! 所詮俺は変質者のパンツ大魔王だ、恐れるものなど何もない!

 となれば、縞パンだけじゃなく、ネコちゃんプリントも作っちゃおう! それも、お尻じゃなくて前側に! 股間からコンニチワってな!

 ふはは、開き直った変質者は怖いぞ! 世界よ、我が蛮行に恐怖せよ! おそおののくがいい!

 これが世界の敵、大魔王ボン=チキングだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る