090

「それじゃ、まずはあのヤギからいってみようか」

「うん、僕ガンバる!」


 クリスの笑顔はいつも明るくて癒されるなぁ。

 現代なら読モかアイドルとして大人気、すぐに主演映画が作られて、いずれハリウッドからの主演オファーが来ることも間違いなしだ。オスカーを受け取るクリスが容易に想像できた。

 もう、そんな際どいドレス着て! 中継を観ているお茶の間のお父さんたちが困っちゃうだろう!?

 惜しむらくは、付いている・・・・・ことだな……いや、それがいいっていう支持もあるか。むしろ、そういう趣味の人が激増しそうだ。

 男の娘おとこのこじゃなく、美少年の美少女クリスというカテゴリができるかも。後にも先にもクリスだけの単一単科分類。世間ではそれをスーパースターと言う。


 そんなクリスに『僕もパパイヤさんの役に立ちたい!」なんて言われたら、断れるはずがない。訓練へ連れて行くことになってしまった。

 俺に『魅了』技能スキルは使われていない。と思う。ナチュラルに溢れ出す魅力だけで押し切られてしまった。恐ろしい娘。だが男だ。

 まぁ、ずっと地下暮らしだし、たまには本物の空を見るのもいいだろう。盆地は基本的にいつも青空だしな。気分転換には丁度いい。と思う。


 鍛えるのは、その『魅了』だ。ただし、人に向けて使うのはナシ。豚領主みたいな奴らを増やされたら困る。クリスの貞操の危機だ。

 もし薄い本が捗ってしまうような展開になってしまったら……想像だけで萌えてしまって困る。超困る。普通に実用書だ。


 なので、ターゲットは野生動物(?)だ。ぶっちゃけ、ヤギ。できればメスヤギ。

 ヤギ乳は栄養があるらしいから、できるだけ皆にも飲んでほしい。

 けど、もうヤギママの乳だけじゃこの大所帯を賄いきれないんだよな。ヤギママのオッパイはキキ最優先だし。

 なので、ヤギママと同種のヤギをクリスの魅了で捕まえて、家畜化してしまおうというわけだ。

 豚はいらん、ヤギがいいんだ! オッパイが欲しいんだ、好きなんだ! 大好きなんだ! 私はオッパイが大好きです!


 これならクリスの技能を鍛えることができて、従順な家畜をゲットすることもできる。まさに一石二鳥。いや、鳥じゃなくてヤギだけど。


 盆地の外輪山内側の岩場にはヤギが住み着いている。ディアボロスゴートって種類だっけ? ヤギママの仲間。

 けど、ヤギママほどデカくはない。ヤギママは領域支配者エリアボスだったからな。ボスらしい大きさだ。

 山にいる奴らは、俺の知るヤギよりはデカいけど、まだ許容できる大きさだ。人ひとりくらいなら乗れるかな? ってくらい。

 そんなヤギが一頭、群れから外れて岩肌の草をんでる。アレが最初のターゲットだ。


「うーん、ちょっと遠いかな? 技能スキルの届く感じがしないよ」

「そうか、ならもうちょっと近づいてみよう」


 まだクリスの技能の有効射程範囲じゃないっぽい。

 俺なら届くと思うけど、これはステータスの差かね? もしくは熟練度?

 不本意ながら、豚領主親子相手に使用経験があるからな。俺の魅了はちょっとだけ鍛えられてる。

 けど、もう鍛えたくない。豚は増やしたくない。


 ヤギに向かって岩肌を登る。けど、近づいた分だけヤギが逃げる。おや?


「うーん、逃げちゃうね」

「そうだな? いつもは逃げないんだけどな?」


 おかしいな。アイツら、いつもは全然逃げないんだけどな? むしろ近寄ってくるくらいなのに。毒生成で作った虫除けスプレーで追い払うくらいなのに。


 む、ということはもしかして?


「ちょっとここで待っててくれ。俺だけで行ってみる」

「分かった。気をつけてね」


 美少女の気遣いが胸に熱い。ムネアツだ。いや、美少女じゃないけど。


 ふむ、やっぱり俺が近づいても逃げないな。むしろ、近づいて来ようとしてる。


 ……こいつ、俺のことをエサだと思ってるな?


 くそ、これだから草食動物は! 『変態』技能のおかげでほぼヒトのはずなのに、それでもまだ俺をエサとして認識しているのか! 貴様が俺の敵なのか!

 いいだろう偶蹄目! その挑戦、受けて立つ! 覚悟しろ!


 いくぞ、俺のターン! まずは苗木召喚!

 苗木召喚は持ち札の中の苗木を任意の数、好きなだけフィールドにセットできる!

 俺は苗木を三十本召喚して、ヤギを取り囲むようにフィールドへセットする! これでもう逃げ場は無いぜ!


 くそ、苗木を見てヤギが喜んでやがる! いや、ヤギの表情なんて分からないけど、そういう雰囲気を出している。エサが増えたと思っているな? 喰わせはせん、喰わせはせんぞ!


 まだ俺のターンだ! 続いてクリスを召喚! パパイヤで亜空間にクリスを取り込み、苗木で召喚する! これでクリスの魅了の射程圏内だ!

 そしてクリスで攻撃!


「えっ、アレ? あっ、ヤギ! えいっ! 仲良くしようよ攻撃!」


 仲良くするのに攻撃なのか? よく分からんけど、まぁいいだろう。

 ヤギがビクッてなった。クリスの技能が届いたみたいだ。さて、効果はどうかな?


「クリス、効果はどうだ? 効いたか?」

「うーん、よく分かんない。効いたような感じはあったんだけど?」


 ヤギだからな。俺も未だにヤギママの考えてることは分からないし、クリスが分からなくても仕方がない。

 ヤギって、どうしてあんなに意思の疎通が出来る感じがしないんだろう? 馬耳東風って言葉があるけど、ヤギ全風って言葉があってもいいと思う。何も通じてない感が半端ない。

 あの横長の瞳のせいかね? 目は口ほどに物を言うってことわざもあるけど、あの目は異世界の言葉だと思う。言語理解技能を覚えないと意思疎通は難しいかもしれない。

 いや、俺言語理解持ってるけど、ヤギ語は分からないな。つまり無理ってことだ。うぬう。


「二回以上使うなよ? 使いすぎると変な効果が出るかもしれないから」

「そうなの? うん、分かった」


 豚領主の前例があるからな。使いすぎると精神に悪影響を与える可能性がある。具体的に言うと変態化してしまうかもしれない。あれは精神衛生的に悪い。SAN値が下がりまくる。


 魅了した後、豚領主は言葉が通じたから命令をすることができたけど、言葉の通じないヤギ相手ならどうなんだろう? どういう状態なら魅了が効いたと判断できる?


「わっ、近寄ってきたよ? 撫でても大丈夫かな?」


 ああ、効いてるな。クリスへの警戒感が失くなってる。欲情って感じでもないな。好意的な同族に対する態度って感じだ。親とか兄弟とかな。


「多分大丈夫だろ。でも、噛まれないように気をつけろよ?」

「うん、分かった!」


 ヤギ、凶暴だからな。何度ヤギママに皮を喰われたか。あのマヌケ顔に騙されてはいけない。ヤギは危険。


「わぁ! 僕、ヤギに触ったの初めて! 思ってたよりフサフサだね。クンクン。あはは、クサ―い! ヤギクサ―い! あははは!」


 む、大人しく撫でられてるな。何故だ? 俺が噛まれるのは、やっぱ俺が豆だからか?

 くそう、ヤギのくせにヒトをみて対応を決めているのか! ヤギのくせに! 俺、ヒトじゃないけど!

 何がおかしいのか、クリスはご機嫌だ。臭いと言いながらも、笑いながら撫で続けている。アニマルセラピー効果か? ヤギ臭にはハイになる成分が含まれている?


「ちゃんと手懐けられたみたいだな。それじゃ次のヤギを捕まえに行こう。今日中に十匹は確保したいからな」

「うん、分かった! 僕、頑張って最強のヤギ軍団を作るよ!」


 クリスの元気と笑顔が眩しい。やる気が溢れているな。外へ連れ出してよかった。

 他の連中も、ずっと地下都市暮らしじゃ気が滅入るよな。たまには外へ出してやるか。部下の精神衛生にも気が回る優秀な上司なのですよ、俺は。

 あと、軍団は作らなくていいから。俺が喰われてしまう。ヤギは危険。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る