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「最早一刻の猶予もない」


 のじゃロリ賢者リズの眉間に皺が寄ってる。子供がする顔じゃないよ。

 まぁ、その原因は俺なんだけど。


「走竜の狩場が大魔王の手に落ちた以上、我らにはノイン大砂漠か囁きの森を横断するしか手段が残されておらぬ」

「大砂漠には砂塵魔王が……それに、あの色サボテンどもは厄介です」

「となると、囁きの森しか……」

「あちらはあちらで何が起きるか予想出来ませんからな」


 会議は振り出しに戻った。

 俺の支配領域になった走竜の狩場を通って進軍するのは危険が大きすぎるってことで、砂漠をまっすぐ横断するか、その北側の森を横断するかの検討会議が延々続いている。


「大砂漠を調査した感想ですが、あそこを横断するのは自殺行為です。カクタスマンは群れている上、倒すと爆発を起こします。戦闘になった兵が負傷するのは避けられません。遠距離で倒せればいいのですが、そのためには大量の矢が必要になります。補給を考えると現実的ではないでしょう」


 勇者ナオミが挙手して発言する。

 矢があっても無理じゃないかな? 意外にあのカラーサボテンたちは素早いから、遠間からの矢は避けちゃうかも。爆発に巻き込まれないギリギリからの投槍が一番確実だと思うよ。

 まぁ、それができるのは槍聖術を持ってる俺と槍聖アローズくらいだろうけど。

 ナオミも技能スキルを使えばできそうだけど、行軍で勇者の力を消耗しちゃ意味がないんだよな。勇者を万全の状態で大魔王と戦わせるための大所帯だから。

 けど、軍隊だからこその問題もある。


「その補給にしても、現地で水が確保できない以上、大量の水を常に送り続けねばなりませんので、長い補給線が必要になります。補給線が伸びるということは行軍速度が落ちることになりますし、その間にも大魔王は力をつけ続けることになります。これ以上力をつけられては、如何に勇者と言えど……」

「では、もう囁きの森を進むしかありませんな」

「囁きの森を、ですか……」


 会議に出席している面々がシンと静まりかえる。

 なんだ? 囁きの森に何があるっていうんだ? 俺の分身もあそこを探索してるけど、今のところ特に変わったことは起きてないぞ?

 まぁ、森だけあって、鹿やら兎やらカモシカやら、草食動物がやたらいるけどな! これだから森は!

 狼もいたから、それを気にしているのかもしれないな。頭いいんだ、あいつら。

 狩りのときなんて、追い込み班と待ち伏せ班に群れを分けて、結構な確率で鹿を仕留めてる。いいぞ、もっとやれ!

 俺は獲物判定じゃないらしくて、近寄っても全然警戒されない。

 むしろ、俺が狩った獲物の内蔵をおすそ分けしてるから、向こうからすり寄ってくるくらいだ。内臓はレバー以外食わないからな。

 かなり懐いてくれた子もいて、最近はお腹を撫でさせてくれるようにもなった。ワンコかわええ。


 俺にとってあの森は全く脅威じゃな……草食動物以外の脅威はないんだけど、ヒトにとってはそうじゃないのかね?



「狂うのよ」

「へ?」


 会議は踊る、されど決まらず。

 会議がそのまま終了して、リズ、ナオミと一緒に屋敷へ帰ってきた。いいぞ、そのまま踊り続けろ! なんなら人数分の赤いダンスシューズを送ってやるから!


「名前のとおり、あの森に入ると何者かに囁かれるのじゃ。耳元でな。『あいつはお前の手柄を横取りした』『あいつがいなければ彼女はお前のもの』といった具合にの。耳を塞いでも昼夜を問わず聞こえてくるそれ・・に耐えられる者など、そうはおらぬ。一日二日なら耐えられても、ひと月以上になるであろう行軍では、のぅ」


 そうなの? 俺には何も聞こえなかったぞ? 今も聞こえてない。

 まぁ、苗木状態だから耳ないんだけどね。脳みそもないよ。そりゃ囁やけないよな。

 ワンコや鹿も変な行動はしてなかったから、ヒトだけに囁いてくるのかね?


「昔、あの森を切り拓いて農地にしようって計画があったの。それで護衛の兵と開拓民を送ったんだけど……二十日ほど経過したあたりで開拓民同士の殺し合いが発生して計画は中止、撤退せざるを得なかったそうよ」

「なるほど、寝てる間も囁かれちゃ、寝不足にもなるだろうしな。そうなりゃ精神的に病んで狂いやすくもなるか」

「そういうことじゃな。そもそも、そういう森じゃから調査を行うことすら碌にできん。過去に何度も調査隊が送り込まれたそうじゃが、皆、十日保たずに逃げ帰ってきたそうじゃ」


 毒電波の森か。調査もできないんじゃ、行軍の進路としては選べないよな。水場の有無すら分からないんじゃ、補給もままならない。


「大砂漠と森の境界を進むことはできねぇのか? 確か断崖絶壁で分かれてるんだよな?」

「囁きは森から少し離れたところまで聞こえるのよ。聞こえない距離まで離れるとなると、結局は大砂漠の中を移動することになるでしょうね」


 なるほど。毒電波の出力は結構高いということだな。

 迷惑なやつほど声がデカくて遠くまで聞こえる。そして人を惑わせる。異世界でもこの法則は有効なのか。やだやだ。


 危険を承知で大魔王の支配領域を進むか、それとも別の魔王の支配領域や未知の領域を進むか。


 これはいい感じで会議が停滞しそうだ。このままグダグダと長引いてくれたらありがたい。戦争なんて、起きないならその方がいいに決まってる。


「八方塞がりだな。そう言えば、『体内時計』についてはどうなった?」


 俺がリズに話を伝えてから十日以上経ってる。もうそろそろ情報が集まっててもいいはずだ。


「それなんじゃがな、去年あたりから妙なカウントダウンが始まったそうじゃ。なんでも『ほんわくせい』とやらが消え失せるらしい。複数の体内時計持ちに聞いたんじゃが、全員同じ内容じゃった」

「ほう」


 よし! もしかしたら俺だけかもと思ってたけど、他の体内時計持ちも同じ内容だった!

 つまり、俺だけに課せられたミッションじゃなかったってことだな。俺が全責任を負わなくていいわけだ。ふう、背中が軽くなったぜ。


「ただのう、『ほんわくせい』が何なのかが分からんのじゃ。なんのことなのかのう?」


 そこからかよ!

 この国は天文学が発展してないのか?

 ああ、海が荒れてるから航海できないんだったな。航海術と天文学は並行して発展していったはずだから、海に出れないなら天文学も発展しないか。


 今から天文学を普及させるのは先が長過ぎるしなぁ。

 そもそもこの国が天動説か地動説かもわからないしな。この国の常識と違う説を唱えて、ガリレオみたいに処刑されるのは勘弁。あれ? されなかったんだっけ


 やっぱ俺がやるしかないのか? もう、頼りにならねぇなぁ!

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