092

「ちょっと待ってくれ、団長からの通信だ……ええ、ええ、そうです……えぇっ!? それって……はい、はい、分かりました、伝えます!」


 ザ・小芝居! このままじゃ話が進まないし、ちょっと演技してでもヒントをあげようという思惑だ。無論、俺が楽をするためだ! 文句は言わせねぇ!

 実際の団長ハリーは、キキのお昼寝に付き合って横になってる。隣に寝て、お腹を軽くポンポンしている最中だ。途中でやめると寝付けなくて暴れ出すから、とても他のことに手を出す余裕はない。お昼寝してくれないと、他の家事を進められない。お昼寝大事。


「ほう! それで、ハリー様はなんとおおせなのじゃ!? こちらには来られないのか!?」

「リズ、落ち着いて。それで、ハリーさんはなんて?」


 のじゃロリ賢者リズが顔を赤くさせながら身を乗り出して尋ねてくる。こいつ、ハリーが絡むとポンコツ乙女モードになっちゃうんだよな。紳士耐性が低すぎる。そんなことでは、英国では生きていけないぞ?

 勇者ナオミが止めてくれたから、今回は落ち着いたっぽい。それじゃ話を進めるか。


「ああ、団長が言うには『ホンワクセイ』というのはこの大地そのものだそうだ。昔、色々な物の名前を知ることができる技能スキル持ちから聞いたことがあるらしい」


 そういう設定にした。うん、設定。厨二っぽいなぁ。そのうち右手や右目が疼く設定も必要になるかも?

 くっ、沈まれ俺の右眼! 手足を生やして歩き回るんじゃない! お椀のお風呂は経済的でいいですね!

 本惑星も、わかりやすく大地に意訳だ。この世界の人にとったら、大地も惑星も大差ないだろうからな。


「なっ!? この大地じゃと!? それが消滅する? あと四年あまりで? 一大事ではないか!」

「本当なの、エグジー!? 何かの間違いじゃないの!?」

「団長は嘘や冗談を言わない人だからな。間違いないと思うぜ」

「そうじゃ、ハリー様がそんなつまらぬことをするわけがなかろう! つまり、この大地があと四年で滅びるのは間違いないのじゃ!」


 リズの根拠不明なハリーへの信頼感が怖い。妄信的で、ちょっと狂信的ですらある。変に拗らせたらストーカーになりそうだ。住所は教えられないな。教えたところで盆地までは辿り着けないだろうけど。

 いや、乙女パワーでなんとかしちゃうかも? あり得る! 怖いな恋する乙女!


 少しの間、場に沈黙が訪れた。俺はリズの乙女パワーに恐怖してたんだけど、リズとナオミは事の重大さにおののいていたんだろう。……なんかスマン。俺だけスケール小さくてスマン。小者なんだよ、大魔王おれ


「それは、大魔王が大地を壊そうとしているってことなのかしら?」

「いや、例のカウントダウンは大魔王が現れる前から始まっているのじゃ。直接の関係はなかろう」


 再起動したリズとナオミが議論を始めた。いいぞ、ようやく現状認識が俺に追いついてきた。あとは原因究明と回避方法が判明すればミッションコンプリートだ!


「大地を消滅させるほどの何かが起きるって事よね? ……もしかして、あの大地震はその予兆?」

「……あり得るのじゃ。あれはひとつところだけでなく、全世界的に起きた地震だったのじゃ。普通なら、そんなことはあり得ないのじゃ」

「あの大地震か……なるほどな」


 知らんけど! 俺、その地震が起きた後に生まれたからね。けど、それっぽい相槌を打っておかないと不審がられるからな。演技演技。そのうちそういう技能が生えてきそうだな。


「……これまでの大魔王の行動、大顎魔王を倒した巨人、そして謎の伝言……おそらく、大魔王は早くからこの重大事に気付いていたのじゃろう。……ナオミ、儂らは大きな勘違いをしておったのかもしれん」

「勘違い? 何を勘違いしていたというの、リズ?」

「大魔王は、ただの強い魔物ではないということじゃ。極めて高い知性と統率力を持った、かつての猛獣大魔王以上に手強い相手の可能性があるのじゃ」

「っ! まさかっ!?」


 ふっ、とうとう気付かれてしまったか。溢れるこの知性は隠しきれなかったようだな。

 そう、生ける大技林とは俺のことだ!

 『いや、大技林だったらゲームオンリーじゃん』とは突っ込まないように。ガバスあげるから黙ってて。


「そもそも、やつは何の前触れもなく現れ、悪食蛙魔王を倒して激甚災害個体に指定されたのじゃ。魔王でも、その眷属でもない魔物が、いきなりじゃ」

「そうね。魔王を倒せるほどの強力な魔物がいきなり現れるなんて、普通じゃあり得ないわ」

「じゃが、儂らは知っておる。例え非力でも、知恵と勇気をもって当たれば魔王を倒せるということを」


 リズがナオミをじっと見つめる。そういや、ナオミも魔王の一体を退治して勇者になったんだったな。

 この世界じゃ勇者になったから魔王を退治しに行くわけじゃないんだよな。魔王を倒したから勇者になる。順序が逆。

 俺も勇者がよかったなぁ。際どい水着を仲間に着せたかった。


「そうね。それは私が一番よく知っているわ」

「それはつまり、非力な魔物であっても知恵と勇気があれば魔王を倒せるということじゃ」

「そして、魔物であるが故に勇者ではなく激甚災害指定個体、大魔王になった……大魔王は、少なくとも私達並の知性を持っている、と?」

「そういうことじゃな」

「マジかよ……」


 うん、相槌大事。話に加わってる感を出しておかないと、積極的じゃないって評価されちゃうからね。誰にだよ?


「このまま進軍するとなると、大魔王は防衛線を整えて待ち構える可能性が高いのじゃ。我らと同等程度の知能があるなら、それは間違いないのじゃ。そうなればおそらく、討伐軍は壊滅するじゃろう」

「それ、は……」


 場がまた沈黙に包まれちゃったな。空気が重い。

 空気を変えるために発言するか。ムードメーカーは辛いね。


「けどよ、それなら話し合いって手もあり得るんじゃないか?」

「「っ!」」


 うおっ、びっくりした! ふたりとも『グリン!』って効果音が出そうな勢いで振り向くんだもんよ!


「あの巨人が大魔王なのかその配下なのかは知らないけどよ、あいつは話が通じる感じがしたぜ? その親玉なら、もっと頭がいい可能性は高いだろ?」

「確かにそうなのじゃ。着々と支配領域を広げているのも、来たるべき災害に備えて力を蓄えているのだとしたら……幸いにも、まだ我らと大魔王は完全には敵対しておらん。戦端は開かれておらんのじゃ。和を結ぶことができるやもしれん」

「魔王は倒すべき。そういうものだと、ずっと思っていたわ。ううん、そう思い込んでいた。けど、まだあの大魔王は私達に何も危害を加えていない。敵対してはいない。それが知性によるものだとしたら……」

「確かに、まだ話し合う余地はあるのじゃ」


 王国とはしてないけど、もう皇国とは敵対しちゃってると言えば敵対しちゃってるんだよな。豚領主の街ゴッツを奪っちゃってるから。

 まぁ、バレなきゃ問題ない。表向きは順調に発展してるから、問題視されることもないだろう。静かに、確実に侵略の手は伸びているがな。ふふふ。

 内海と走竜の狩場は魔物の領域だったからノーカン。弱肉強食、自然の摂理ですよ。


「となれば、まず派遣すべきは討伐軍ではなく使節団じゃな。それならば少数精鋭で済むのじゃ。比較的早く行動できるじゃろう」

「ええ、私とエグジーを中心に護衛を含めて十名前後。それで大魔王と面会し、あちらの思惑と内情を探る……可能であれば和平を結んで、共に大地の崩壊を防ぐ方策を探る……文官にも同行してほしいわね。私だけでは渡り合えないと思うわ」

「儂も行くのじゃ。それで問題なかろう」

「リズ……ありがとう。エグジー、護衛に貴方の傭兵団の方々をお借りしたいわ。万全の態勢で向かいたいの。お願いできるかしら?」

「ちょっと待ってくれよ……いいぜ、団長から受諾の返事がきた。俺と団長、他二名が参加だ。腕は保証するぜ?」


 なんか、トントン拍子に今後の方針が決まっていくな。どうやらリズとナオミがお泊りに来るらしい。おもてなしの準備をしなきゃな。

 いや、それよりもどこで出迎えるかが問題だな。やっぱあの地下都市か? それっぽいもんな。実に大魔王っぽい。

 いい機会だから、ライアンたちには盆地へ移住してもらうか。そろそろお日様を浴びる生活に戻ってもいい頃合いだ。

 となれば、それ用の家を建てなきゃな。材料は俺が錬金術で作れるからいいとして、大工は……豚領主の街から連れて行くか。地下都市の修繕もしなきゃいけないしな。


 忙しくなってきた! けど、これは問題解決に繋がる忙しさだ! 前向きに忙しいのは歓迎ですよ! 働く大魔王様の真骨頂を見るが良い!


「問題は……教国じゃな」

「……聖者ね。今から気が重いわ」


 え? まだ問題があるの? マジで?

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