089

「いやぁ、疲れが溜まっておったようじゃ。世話をかけたのう」

「びっくりしたぜ爺さん。急にパッタリ倒れちまうんだもんよ。ポックリ逝っちまったのかと思ったぜ。もう平気なのかい?」

「なに、まだまだお迎えはいらんよ。一晩寝てスッキリじゃ。ピンピンしとるわい」

「ならいいけどよ、もう歳なんだから無理すんじゃねぇぞ?」

「何を言う、ワシはまだまだ現役じゃ! 今日も大漁旗を上げるぞい!」

「ハハハッ、頼もしいねぇ! なら早く船に乗りな、もう出すぞ!」


 お爺ちゃんアーサーのところはこれでよしと。

 竹水筒にお茶、ワッパに酢飯を詰めた弁当を持って出漁だ。おかずは獲った魚をその場で捌いて、新鮮海鮮丼にしていただく。たまらん!

 もうすっかり海の男だな。ちょっと日焼けさせたほうがいいかも?

 いやぁ、平和だなぁ。世界が全部こうならいいのに。


 ……本当に、こうならいいのに。よかったのに。



 混沌カオスだ。


「ボンチキチキチキ、ボンチキチキチキ、我は求め訴えたり、ボンチキチキチキ……」


 いや、魔宴サバトか?

 祀られている。ロキシーが祭壇に祀られている。

 手を胸の前に組んだ状態でシングルベッドくらいの大きさの石舞台の上に寝かされて、その周囲には色とりどりの花が敷き詰められている。

 石舞台の下では、両膝を地につけた豚領主と息子が土下座している。

 ってか、そのネイティブアメリカンの酋長みたいな頭の飾りは何? 腰蓑一丁で素肌に唐草のボディペイントなのは? お前らいったいどこの部族だよ?

 ナニコレ? どういう状況?


 ――弁柄夾竹桃を眷属にしました。白狼茄子を眷属にしました。刈安鈴蘭を眷属にしました。三筋伶人草を眷属にしました。


 ん? ああ、敷き詰められた花が献上品扱いになって眷属になったのか。芋や麦の時と同じパターンだな。

 ちょっと待て、鈴蘭って毒草じゃなかったか? 夾竹桃もだよな?

 綺麗だけどさ、綺麗な花には棘があるって言うけどさ、これ毒草じゃん! 棘よりひどいよ、殺意マシマシだよ! 毒草を献上するなよ、毒は間に合ってるんだよ!


 部屋は……いつもの豚コレクションルームだな。どうやってここまで運んで来たんだ、この石舞台? 魔法か?


「ううむ、まだお目覚めになられないのか」

「父上、斯くなる上は……」

「うむ、仕方あるまい。連れて参れ」

「はい!」


 む? 連れてくるって、まさか医者か? いや、ヒトの医者を連れてきても役には立たないぞ。俺、植物だから。

 いや、それは豚領主も知ってるはずだな。苗木のままペチペチしてやったし。させられたし! やりたくてやったんじゃねぇ!

 じゃ、木のお医者さんか? 伐られて薬塗られちゃう?

 いやいや、それはダメだろう! いかん、早くこの魔宴を終わらせなければ!


 ……って、あら? ちっちゃい女の子? 十歳くらいかね。この身体ロキシーと同じくらいか。

 黒髪黒目でなかなかのかわい子ちゃんだ。ちょっとおどおどした感じが庇護欲と嗜虐心をそそる。黒柴の仔犬っぽい。俺も大概困った性癖だな。


 いや、ちゃうねん。

 ほら、ワンコが散歩中に街路樹や電柱の周りをウロウロして、絡んだリードで身動き取れなくなることがあるだろう? その時の困って見上げてくる顔が、なんとも言えず可愛いんだよ。あんな感じ。分かるだろう? 分かんねぇか。


 少なくともお医者さんじゃなさそうだな。白衣じゃなくて白い貫頭衣を着てる。着ているものはそれだけだな。足は裸足で、手には木の枷と鎖……枷!? 鎖!?


「ロキシー様がお目覚めになられないのは、我らの恭順の心が足りないからに違いない。より一層の忠誠をお見せしなければ!」

「その通りです、父上! ロキシー様のおられない世界になど、もはや一片の希望もありません!」


 いや、お前らのその傾倒っぷりが理解できないんだが?

 そんなに尻を叩かれるのが好きか? 俺はとても嫌なんだが。そんな世界、終わってよくね? 終わらせたほうがよくね? 滅んでしまえ!


「うむ、故に供物を捧げねばならん。大魔王様へ、この祈りを届けるために!」

「急なことでしたので、若い処女の奴隷はこの娘しか手に入りませんでした。些か若すぎたやもしれません」

「致し方あるまい。いにしえより、生贄は若い処女と決まっているからな。背に腹は代えられん」


 なっ、生贄!? マジ魔宴!?


「なっ!? やだっ! やめてくんろ! おら、まだ死にたくねぇだっ!」

「諦めろ。お前は偉大なる大魔王様、そしてその使徒であるロキシー様への供物となるのだ。お目覚めのためのお役に立てるのだ。光栄に思いなさい。くっ、この身が少女であれば、自らこの身を捧げたものを!」

「やんだぁーっ、勘弁してけれぇーっ!」


 もう、女の子の顔が酷いことになってる。涙と鼻水でグチャグチャだ。

 そして息子、お前は要らない。供物にされても突き返す。


「おお、偉大なる大魔王様! そしてその使徒ロキシー様! 今こそお目覚めの時! この供物をもって、我らが祈りをお聞き届けくださいませ!」

「いぃやぁあぁ〜っ!」


 って、


「よさんカ!」


 ペチィン!


「アフン♡」


 流石に見てられん。ワンコが困ってるのは可愛いけど、悲鳴を上げるのは耐えられん。ワンコは愛でるものだ。いや、この娘はワンコじゃないけど。

 くそっ、叩かれて喜んでる息子に腹が立つ!


「おお、ロキシー様! お目覚めになられたのですね! 我らの祈りが届いたのですね!」

「違ぇヨ!」


 ビシッ!


「アハン♡」


 くそ、豚領主こいつもだ! 罰が罰にならねぇ、ご褒美になってやがる! 顔を赤くして目を潤ませてるんじゃねぇよ! サブイボ出るわ!


「アタシも大魔王様も生贄なぞ求めていなイ! 眠っていたのは新しい力を身体に馴染ませていたからダ! 余計なことをするナ!」

「おおっ! それではまたお強くなられたのですか! お慶び申し上げます!」

「うむ、くるしゅうなイ。これからも一層の忠誠を誓うが良イ」

「「「ははぁ〜」」」


 豚領主と息子、それに何故か奴隷少女までが平伏している。ノリがいいな、この子。やっぱりワンコっぽい。

 石舞台の上に立ってビシッと言い渡す。右手は豚領主を指さして、左手は腰。美少女だけに許されたポーズだ。アニメ化されたら、きっとこのシーンのフィギュアがコト◯キヤから発売されるはず。脱衣ギミックあり。

 ちなみにパンツは女児パンツ。大魔王としてのアイデンティティだからな。ここは譲れない。

 むっ、フィギュア化されたら、こいつらもオプションで付いて来そうだな。まさか、脱衣ギミックも!? そんな需要は無いよな? 無いはずだ! 腰蓑はセーラー◯ーン並にめくれない仕様でお願いします!


 ――ヒューム(メス・九歳)を眷属にしました。


 おっと、なんか増えた?

 普通のヒトか。ワンコじゃなかったな。残念。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る