088
「う……むぅ……」
「エグジー!? 気がついたのね!」
『今起きましたよー』という演技と共に身体を起こす
場所は……王都の勇者屋敷で俺があてがわれている部屋だな。見慣れた天井に見慣れたベッドだ。
いつもと違うとすれば、ベッドの横に
これが朝チュン……じゃないんだよなぁ。その機会はいつ来るのやら。
「ナオミ……俺はどのくらい気を失ってた?」
「半日くらいよ。身体は大丈夫? どこか痛くない?」
半日くらいだっていうことは知ってるけど、怪しまれないように演技をしておく。我ながら小物ムーブの小細工が冴えてるぜ。
本気で心配してくれているナオミ。心が痛い。いい子なんだよなぁ。これで勇者でさえなければなぁ。
「そうか……ナオミ、大事な話がある。賢者殿にも話したい。都合を付けられるか?」
「エグジー? ……っ、大顎魔王の件ね! 分かったわ、すぐに
言うやいなや、ナオミが部屋から駆け出していく。何かを察してくれたらしい。
勇者っていうと脳筋か頭も腕も中途半端ってイメージがあるけど、ナオミはどっちも切れる感じだな。政治関連と恋愛面がちょっと弱いくらい。
『勇者としてそれはどうなの?』と思わないではないけど、弱点があったほうがヒーローっぽいとも思える。ウ◯トラマンは時間制限付きだから緊迫感が出る。
ナオミもちょっとチョロインなくらいがヒロインっぽくていい。いずれエロインになってくれるならなおよし。むふふ。
「お昼にここの応接で会うよう手配したわ。とりあえず朝食にしましょう。昨日から食べてないし、お腹空いたでしょう?」
すぐにナオミが戻ってきて、そう伝えてきた。やっぱデキる女だよな。
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦が出来ぬ。賢者相手に頭脳でひと勝負することになるだろうから、腹ごしらえは必要だ。
まぁ、俺は水だけで十分なんだけどな。その後、外で日向ぼっこさせてもらえれば。植物なので。
◇
「前置き無しで始めさせてもらうぜ? まず、大顎魔王が討伐されたことはもう知っているよな? 名持ちには神言で知らされるって聞いてるんだけど?」
応接のテーブルを挟んでのじゃロリ賢者と向かい合う。
ナオミは何故か俺の隣に座っている。いや、君も向こう側じゃないかと思うんだけど? こっちがいい? ああ、そうですか。照れるね。
「ええ、私とリズには知らせが来たわ」
「そうじゃな。その直後にお主が倒れたわけじゃが、それと関連があるのじゃろう?」
のじゃロリ賢者が訝しげな目で俺を見る。よせよ、気持ちよくなりそうじゃないか。
いや、そんな場合じゃない。ここからが大事。
「ああ。実は例の作戦の話が出た直後から、うちの傭兵団の団員に大顎魔王を見張らせていたんだよ。いざ実行となったら即動けるようにっていう団長の指示でね」
「おお、さすがはハリー様! 仕事が早いのう!」
のじゃロリ賢者の中でハリーの株が瀑上がりしてるっぽい。こいつも恋愛面ではポンコツっぽいんだよな。勇者と賢者が同じ弱点持ってるって不味くね?
まぁ、そこに付け込んでる俺が言えた義理じゃないけどさ。いいんだよ、俺は大魔王なんだから!
「見張りからの情報は常時団長や俺たち団員に伝えられてたんだけど……率直に言うぜ? 大顎魔王を倒したのは、おそらく……大魔王だ」
「なっ!?」
「っ! ……やはりか」
のじゃロリ賢者は何か気付いてたっぽいな。っていうか、俺の言うこと信じちゃうの? それでいいの? 俺、どこぞの馬の骨だよ?
いや、あくまで情報のひとつとして考えてるのかもな。嘘であることも視野に入れて、判断材料のひとつとして考えているのかもしれない。
まぁ、嘘じゃないんだけどね。大顎魔王を倒したのは俺だし。嘘なのは見張らせていたってところだけ。見つけたら即対処しちゃったから。
「さっきも言ったけど、俺たちが情報を共有できるっていうのは知ってるよな? それは団員の
「本当!? 討伐したのはどんな奴だったの!? 大きさは!? 種族は!?」
近い近い! ナオミ、そんなに顔を寄せなくても、俺は隣にいるんだから! そんなに近いとドキドキしちゃうから! 心臓ないけど!
「ナオミ、落ち着くのじゃ。エグジー殿、それで、何がどうなったのじゃ?」
お、のじゃロリ賢者は冷静だな。ハリーが絡まなければ優秀なんだよな。
「ああ、討伐は一瞬だった。大顎魔王の前にデカい人型の……あれは噂に聞くジャイアントなんじゃないかと思うんだけど、そいつが何の前触れもなく現れたと思ったら、大顎魔王が干からびて死んじまったんだ」
「干からびて? どういうこと?」
「分からねぇ。デカい竜の大顎魔王が、見る間に干からびて骨と皮だけになっちまったんだ」
「ふむぅ。何かの技能じゃろうか? 見当もつかんのじゃ」
さりげなく大魔王の設定をジャイアントにしてみた。デカいのは間違いないからな。本体の樹高は三十メートル超えたし。
まだまだ成長期だから、これからもどんどん大きくなるよ! まさに巨木、ジャックが登りにくるのも間近かも。登らせねぇけどな!
連合軍側のミスリードを誘うという目的もある。人型の巨人が目撃されていれば、まさか本体が樹木だとは思うまい。
気づかれなければ、ただの木のふりをしてやり過ごすこともできる。討伐なんてされてたまるか! 伊達に学芸会で木の役はしてないぜ!
「その直後だった。見張っていた仲間がそいつに見つかったんだ。いや、最初から気付いていたのかもしれない。音もなくそいつは仲間の目の前に現れた。あの巨体で、全く気配もなく」
ここで一息つく。テーブルの上の紅茶を一口舐める。
これも演出だ。【話術】技能さんがそうしろって言ってる……ような気がする。
のじゃロリ賢者とナオミが俺に注目してるから、多分これであってる。
「そしてこう言ったんだ。『賢者と勇者に伝えろ。貴様らと遊んでいる暇はない。世界の終わりが近づいている。【体内時計】技能を持つ者を探せ』ってな」
「世界の……」
「……終わり」
シーンと静まる空気。うん、【話術】先生、いい仕事してくれてるね。いい感じに場が引き締まったよ。
そしてここでエグジー本来の目的をブッ込む! 抱えてる案件を賢者に丸投げ! ようやくここに来た目的を果たせたぜ!
……果たせたよな? うん、多分大丈夫。
「それから、仲間が何かをされて気を失って、その何かの影響で、繋がってた俺たちまで気を失ったってわけさ。これが昨日、俺や団長たちに起きた事の真相だよ」
真相じゃないけどな、九割以上捏造だけどな!
でもいいのだ! 知る者がいなければその出来事は起きなかったも同然。観測されなければ状態は確定しないのだ! シュレディンガーの猫は生きているし死んでいるのだ!
まぁ、箱に密閉された時点で窒息死すると思うけどな。
それはともかく、嘘でも知れ渡ってしまえば真実になるのだ!
「どういうこと? 大魔王は世界を破壊しようとしているんじゃないの?」
「分からない。けど、俺たちのことはよく知っている感じだった。俺たち傭兵団の事だけじゃなくて、賢者殿とナオミの事もな」
「それって、もう大魔王の手先が王国に潜り込んでいるってこと!?」
「かもな。あるいは、遠くからでも情報を集められる技能を持っているか、だな。ヒトの言葉を喋ってたし、ちゃんとヒトの事を調べてるってことは間違いないと思う」
はい、
色々と調べさせてもらったよ。石に擬態させた種をあちこちにばら撒かせてもらったからな。
多分、王国の内情については勇者よりも賢者よりも把握してるんじゃないかな。貴族の裏事情とか。
いずれ、この情報はさりげなくのじゃロリ賢者に渡してあげよう。いい感じに利用してくれるはず。
「……思っていたより後手に回っているのじゃ」
「ああ。あっちは情報を集め、順調に支配領域を広げているのに、こっちは大魔王の正体すら確信できてないんだからな。多分あのジャイアントが大魔王で間違いないとは思うんだけど……どうにも、こいつはキツイね」
「警告……いや、忠告かしらね? 【体内時計】技能に何があるのかしら? そんなに珍しい技能じゃなかったわよね? 市井にも持ってる人はいたはずよ。一体何があるのかしら?」
「……分からん。しかし、何かがあるのじゃろうな。それはワシが当たってみるのじゃ」
「分かったわ。お願いね」
よぉしっ! イエス、イエス、イエッス!!
これで惑星崩壊の危機が賢者ちゃんに伝わる! 俺の努力は報われた!
進化して気を失ったときはどうしようかと思ったけど、なんだかんだで結果オーライだったな。やっぱ俺って
それじゃ賢者ちゃん、あとは頼んだよ。俺ののんびり日向ぼっこライフのために奔走してくれたまえ。
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