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「神は言いました。右の頬を叩かれたら左の頬を差し出しなさいと」

「ふむふむ」

「そして右の尻を差し出し、左の尻を差し出しなさいと! 叩かれる限り尻を出し続けよと! 痛みが快楽へと変わるそのときまで! 神の慈悲を受け続けなさいと!」

「おおっ、さすがですだ!」

「何の話をしていル」


 ばちぃーんっ!


「あはぁんっ!」


 森から戻ったら、豚領主が奴隷子ちゃんに妙なことを吹き込んでいたから、右頬を一発叩いた。

 いかん、喜ばせるだけなのが分かっているのに、つい手を出してしまった。このふんどしと赤い金太郎前掛はらかけを見ていたら、つい。

 はっ!? まさか、俺も既に調教されている!?


「おお、我が神、お戻りですか! お帰りなさいまし!」


 まったく、少し目を離すとすぐこれだ。もうやだこの変態。

 いつの間にかロキシーが神になってるし。いや、祭壇に祀られてた時点で怪しかったけど。

 やめてね? また変な称号が付いちゃうからね? 不本意な称号はもう要らないからね?

 って、嬉しそうな顔をするな右尻を出すな。左頬の次じゃなかったのかよ。


 パチーンッ!


「あふんっ! ありがとうございます!」


 うぬぅっ! つい条件反射で叩いてしまった! いかん、これは本気で調教されている!? 非常に遺憾です! マジでヤバいかもしれん、正気に戻れ俺!


「おお、ロキシー様! その衣装、すごくいいですだよ! とてもお似合いですだ!」

「ン? そうカ?」


 ああ、着替えるのを忘れていたな。まだメイド服のままだった。本職っぽい長い裾のやつ。

 ロキシーは金髪美少女だからこういう地味な服はどうかな? って思ってたんだけど、ホワイトブリムを着けたらそれなりに似合うことが分かった。やっぱフリルは最強だな。

 そもそも、いつも地味なスーツを着てるわけで、地味な服が似合わないわけがない。美少女は何を着ても似合うのだ。裸も似合うのだ(事案)。


「ふむ、主従の逆転シチュエーションというわけですか。なるほど、アリですな! 屈辱感が尻の痛みの良いアクセントになっておりますぞ! 流石です、我が神よ!」

「やかましイ!」


 スパァーンッ!


「あへぇっ! ブヒブヒィーッ!」


 くっ、また無意識に手が! この手が、この手がっ!

 くそっ、豚領主め! ひとりだけいい思い(?)しやがって!


「おおっ! いつ見ても見事なお手並み! 感動ものですだ!」


 駄目だ奴隷子ちゃん、これは駄目なお手並みだ! 人として越えてはいけない一線だ! 子供が見るものじゃありません!


「父上、今の音はもしかして! おお、やはりロキシー様でしたか! お帰りなさいまし!」


 なんだよ、やはりって!? まさか、尻を叩く音を聞きつけてきたっていうのか豚息子!?

 ちょっと見ない間に妙な才能を開花させたな! そんな才能は育てるな、芽のうちに摘んでしまえ!



「というわけデ、王国の賢者と勇者に面通しをしてきタ。今後は協調路線をとる予定ダ」


 応接室でお茶を飲みながら豚領主一家に説明する。上司から部下にって形だから、報告じゃないんだよな。通達とか連絡とか、そういう一方通行なやつ。

 上座には俺が座って、テーブルを挟んだ下座には豚領主と豚息子、焼豚婦人が座っている。三人掛けのソファが窮屈そうだ。

 奴隷子ちゃんは壁際に立っている。一応使用人という立場だからな。このお茶も奴隷子ちゃんが淹れてくれた。なかなか美味しい。

 今の奴隷子ちゃんは、使用人らしくメイド服を着ている。俺がさっきまで着てたやつだ。ちょっと丈が余ってる。

 それでいいの? 新しいのを出すよ? って言ったんだけど、俺が着ていたやつがいいって言うからさ。

 ……なんか、渡したらクンカクンカしてたんだよな。『ああ、これがロキシー様の香り……』とか言って。

 この子はもう駄目かもしれん。


「なるほど。では、我々は今後どのように?」


 豚領主がキリッとした顔で問いかけてくる。有能な為政者の顔だ。

 仕事はできるんだよなぁ。まだふんどしに金太郎前掛けなのが、全てを台無しにしてるけど。


「基本的には変わらン。産業の振興と街の改修拡張を進めル。まだ表立って皇国に反抗する時ではないからナ。変更点ハ、麦と芋の生産を抑えて嗜好品を増産するぐらいダ」

「ほほう? 承知致しました。お任せください」


 豚領主の眉がピクリと動いた。気付いたみたいだな。

 俺が勇者や賢者と接触したという情報、そして麦と芋の生産を抑えるという情報から、俺が王国に芋と麦を送ったと理解したわけだ。

 王国で食料が増産されれば、それはいずれ皇国にも波及して食品の価格低下を誘発させることになるだろう。

 そうすると農家は食料を作っても儲からなくなるわけで、それは貧困層の拡大へと至り、治安の悪化、国力の低下へと繋がる。

 だから嗜好品だ。

 果物や砂糖、お茶なんかの嗜好品は比較的高値で取り引きされている。それをこのゴッツの街で作れるようになれば、農家の受けるダメージは軽減されるってわけだ。

 豚領主は、あの短い会話からそれを正確に読み取ったんだろう。ほんと、優秀だよ。


 最近、皇国人は変態度と有能さが比例するんじゃないかという、イヤな仮説が頭に貼り付いていて離れない。

 この豚領主もシャリムも、変態度がやたら高いくせに統治能力もやたら高いんだよな。

 槍聖アローズも男色家だし。

 いや、性的嗜好は変態って言ったら駄目なんだっけ? 同性愛は医学的には病気なのであって、性癖じゃないんだよな、確か。変態とはちょっと違う。

 そうか、変態じゃないからアローズはイマイチ輝けないんだな。影が薄い。

 それに輪をかけてライアンは影が薄い。アイツ、普通に女好きのオッサンだからな。せっかく名持ちにしてやったのに(事故)。


 ということで。


「ところで豚ヨ」

「はい、何でしょう?」

「これまでのお前の働きに褒美をやろうと思ウ」

「おおっ、まことですか! それは望外の喜び!」


 ご褒美はいつもやってるけどな。無意識のうちに。この手がっ!

 今回はそれとは別の褒美だ。


「おまヱ、人間を辞める気はあるカ?」

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