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「ではシャリムよ、打ち込んでくるがよい」
「はい、先生!」
すでに
ほほう、またスピードを上げたな。鍛錬は裏切らないってか。
両手は腰の後ろで組んだままだ。両足も揃えた棒立ち状態でシャリムの攻撃を待つ。
前触れもなく左から頭に向けて放たれた左正拳をスウェーで躱す。続けて右、左と繰り出された拳も、ダッキングとスウェーで躱す。
おっと、左膝裏を狙った右ローキックがきた。その場でひょいと足を上げて避ける。
続けて、残った右足を狙った左ローキックが奔ってくる。息も吐かせぬ高速連携だ。格ゲーなら反撃の隙がない連続ガード状態だな。俺様、防戦一方。
避けるために上げていた左足の裏で、シャリムのローキックを止める。
が、これは予想通りの対応だったらしい。
その端正な顔にニヤリと笑みを浮かべたシャリムは、ローキックを止めることなく上へと振り抜いた。
ほほう、動作の途中でローキックからハイキックへ軌道へ変えるとは、なかなかの高等テクニックだ。これも【体術】の恩恵かね?
シャリムの足に乗る形になった俺は宙へと放り出される。
「貰いました!」
空中で身動きの取れない俺に向かってシャリムの右正拳が突き出される。狙いは胴か。捻って避けることはできないな。では使うか。
シャリムの正拳が俺の胴に突き刺さる……かに見えた。
「それはどうかの?」
「えっ!?」
シャリムの拳は確かに俺の胴を捉えた。しかしその拳には、あるはずの衝撃が伝わってこなかったことだろう。肉と骨を打つ衝撃は無く、あまりにも軽い感触があるだけだったはずだ。
なぜなら、そこに俺の身体はなく、あったのはスーツのジャケットのみだからな。
「ここじゃよ」
「ふわっ!?」
シャリムの真後ろに現れ、膝カックンするベスト姿の俺。お茶目。
体勢を崩し、たたらを踏むシャリム。でも転ぶまではいかない。やっぱ【体術】の恩恵だな。
「せ、先生、今のは一体!?」
「うむ。これぞ、かの忍者が使ったと言われる忍術のひとつ、空蝉の術よ」
「忍術! 空蝉の術!」
忍者であってNINJA(笑)ではない。ダンジョンには潜らない。でも脱ぐのは同じ。
いや、なんか、試したらできちゃったんだよね。
『そういや最初は忍者の話してたよなー、ソレっぽい技のひとつくらい使えたほうがいいよなー』とか思って、いくつか試してみたのよ、忍術。
結果、色々できたよ。
まずは春花の術。眠り薬を風に乗せてばら撒く術ね。『ふふふふ、針は避けられても粉は避けられなかったようね』ってやつ。これは簡単にできた。単に【毒生成】と【風魔法】の合せ技だけどな。
ちなみに、猛毒を風に乗せて撒く凶悪な術もできたけど、効果がヤバすぎたので封印した。アレはあかん。夢に見る。
ムササビの術は微妙。一応飛べるんだけど、【風魔法】がないとコントロールできない。それなら鳥に【変態】して飛んだほうが楽ってことで、お蔵入り。
……あれ? もしかして、もう移動や潜入って楽勝なんじゃね? 【変態】最強?
飯綱落としもできたよ。単なる力まかせのジャンピングジャーマンスープレックスだけど。ステータスバンザイ。
変移抜刀霞斬りもできた。これも【体術】とステータスでのゴリ押しだけど。カッコ良ければそれでいいのだ!
分身の術は元々できるからパス。でも、分身だけど全部本物。それって本当に分身?
水蜘蛛の術は……豆は水に沈むものなんだよ、浮かなくていいんだよ!
そもそも、水蜘蛛って水の中に潜ってるじゃん! 水に浮くのはアメンボ! 間違えてやんの、ヤーイヤーイ!
で、空蝉の術。なんとなくやってみたらできてしまった。
仕組みはよく分からないんだけど、たぶん【真・脱衣】が悪さしてる。
【並列思考】を駆使して観測してみたら、どうやら脱衣したときに衣服じゃなくて自分が飛んでるってことらしい。
元々、脱衣で脱いだ衣服が飛ぶ方向はある程度コントロールできていたから、その応用なんだと思う。作用反作用ってやつ?
けど、どう見ても物体をすり抜けていることがあるんだよな。さっきもシャリムをすり抜けてたし。魔法か? それとも
まぁ、できちゃったものは仕方がない。
魔法が必要な技はともかく、それ以外はシャリムにも使えそうだから教えてみようってことで、今の状況になったわけだ。
「なるほど……上着だけを脱衣し、その効果で自身は移動。さらに、脱いだことで【脱衣真拳】も発動する……素晴らしい、素晴らしいです! まさに我々のためにあるような術ですね! 流石です、先生!」
不本意ながらな。変態に脱ぐ理由を与えてしまう術だからな。
けど、いざというときに使えるのと使えないのとでは雲泥の差がある。手札は多いほうがいい。
変態だけど、シャリムは真面目でいい子なんだよ。
領主として真面目に働いているし、日々の鍛錬や勉強も欠かさない。まだ十代、遊びたい盛りだろうに。
変態でさえなければ、どこへ出しても恥ずかしくない優等生だ。
アレもコレも丸出しにしちゃうから、恥ずかしくてどこへも出せないだけ。これだから変態は。
「先生、【脱衣真拳】とこの忍術は素晴らしいです! 是非領民にも広めましょう! そしていずれ、世界中にこの素晴らしさを知らしめるのです!」
いや、やめてね? これ以上変態を増やさないでね? 面倒みきれないからね?
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