072

 船内がバタバタと慌ただしくなったけど、気のせいか、そんなに緊迫した雰囲気じゃない。なんか苦笑いしてる船員もいる。

 船が速度を落として湖上に停止すると、それに横付けするように海賊……まぁ、海賊でいいだろう。本職の船乗りがそう言ってるんだから、湖に出没しても海賊なんだよ、多分。

 その海賊船の一隻が、この船に横付けしてくる。

 抵抗しないんだな。乗り込まれて虐殺されちゃわない? 爺ちゃんアーサー拐われない?


「抵抗はせんのじゃな。なんならワシが片付けてもいいんじゃぞ?」

「おいおい、爺さん、余計な真似はしねぇでくれよな。あれはミサゴ一家だ。無法な海賊じゃねぇ。みかじめ料を払えば大人しく帰ってくれるんだからよ」


 あー、アレか。ヤクザ的な連中なのか。上納金を収める代わりに、外部から来る侵略者や無軌道な若者を締め上げる的な。

 そういや、戦国時代までの海賊もそんな連中だったって聞いたことがあるな。ちゃんとお金を払えば、他の海賊から守ってくれたり、安全な航路を先導してくれたりもしたらしい。海外の海賊とはちょっと違うんだよな。

 この辺りの海賊もそんな感じなのか。


 あ、船長が革袋を紐に吊るして海賊船に降ろしてる。あれがみかじめ料ってことか。

 中身を確認した海賊が手旗で他の船に連絡してる。海兵っぽい。ちょっとカッコいい。

 十分な額があったらしい。三隻の海賊船が引き上げていく。平和的に解決したっぽいな。


「ふむ、通行料を払ったってことじゃな。これがこの辺りの習慣なのじゃな」

「ああ、この辺りじゃ昔からこうだ。最近、ちょっと回数が増えたけどな」

「領主は何も言わんのかの? 領内にもうひとり領主がおるようなものじゃろうに」

「……あのみかじめ料の一部は領主の懐に入るんだよ。領主にしてみれば、海賊も収入のひとつってだけさ」


 あ~、そういうことか。上手くやってるな。

 討伐すれば領軍にも被害が出るだろうし、その後の海上警備にも手を割かなければいけなくなる。

 海賊と手を結んでいれば、余計な兵の損耗はないし、勝手に治安を維持してくれる上、何もしてないのに収入まであると。不労収入か、いいね!

 一種の民間委託ってわけだな。いや、アウトソーシングか?

 この街の領主、結構腹黒のやり手かもな。取り込めるかね? 無理なら闇魔法で傀儡化するしかないかも?


 ん? なんだアレ? 去っていく海賊船の後ろにでっかい影が……


 にゅるん


 っ! 触手!? みんな大好きヌルヌルアーム!?


 いや、あれは……イカゲソだな。吸盤と、イカ特有の槍型の先端が見える。メッチャでかいけど。

 色は白じゃなくて、ちょっと赤みがかった? 紫っぽい? 茶色? 要は生のスルメイカ色だな。他に形容する言葉が見つからん!

 あっ、海賊船に絡みついた。


 メキィ、バキボキッ!

 ワーッ、ギャーッ。


 あー、喰われてるな。海賊船を折り曲げて、中の船員を海にばら撒いてる。ソレを器用に足で掴んで、水中にある口に運んでるっぽい。


「き、キングクラーケンだ! 退避ぃっ! 全速でここから離れろぉっ!」


 ほほう、アレがクラーケンか。なるほど、でかいな。海賊船より大きいから、全長二十メートル以上あるだろう。ダイオウイカ以上の大イカだ。

 あれだけ大きいと、ゲソ焼きだけで百人分くらいは軽く作れそうだ。イカ刺しもイカ燻も食い放題……じゅる。


「すまんな船長。ワシはここで降ろさせてもらうぞい」

「えっ? おい、ちょ、爺さん!?」


 初の海の幸、イカを見逃す手はない! イカソーメン! ペスカトーレ!

 船べりからジャンプ! からの、風魔法でブースト! ワシは飛び立った!

 船から呼び止める声が聞こえてくるけど、その程度では俺の食欲は止められないぜ! ゼブを仲間にしてから、俺の食欲は大暴走中なんだぜ! そう、俺は◯イトライダー! 誰も俺を止められねぇ!


 生き残ってる海賊船から、クラーケンに向かって銛が投げられてる。仲間を助けようってことなんだろうけど、刺さっても全然堪えてないな。『蟷螂とうろうの斧』ってこういうのを言うんだろうな。

 いや、蟷螂かまきりなら斧じゃなくて鎌だろうってツッコミはしないであげてね? 昔の人も間違えることはあるんだよ。


 うーん、上から見るとクラーケンのデカさが分かるな。二十メートルどころじゃない、百メートルくらいあるんじゃなかろうか。これは食いでがありそうだ。ぐふふ。


「助太刀するぞい!」


 一応、海賊たちに一声かけておく。聞こえたかな? まぁ、聞こえてなくてもいいけどね。


「なっ!?」

「アレは……人が飛んでる!?」


 聞こえてたみたいだ。流石海(?)の男、目と耳がいい。


 いつものスネ毛槍を亜空間から出してと。風魔法で調整して、ほぼ真上からイカめがけて落下! 狙うはイカの弱点、両目の間!


「喰らえいっ! 槍聖術秘奥義『蛇蛟飛丹ジャコビニ流星突きアタック』!!」


 奥義でも何でもない、勢い任せの突撃! でも、ちゃんと槍先は光ってる。適当だな、槍聖術。

 風魔法で更に加速しつつ、高速でイカの目の間へ突入!

 技名的には秒間十六回突かないといけないんだろうけど、今回は大サービス、なんと五割増しの二十四回突き! 本日限りのご奉仕特価です、今すぐお電話を!


 ドッパァーンッ!!


 命中! そして貫通!? イカのでかい胴体を突き抜けて水中に突入してしまった! ん? 水がちょっと塩っぱい? ここ、汽水湖なのか?

 おっと、イカはどうなった!?

 おおー、突き抜けた穴から水面が見える。明らかにアーサーよりもでかい穴が開いてるな。結構な威力だったんじゃない?

 おおっ、イカの色がスルメイカ色から透き通った白に変わっていく! 料理番組で見たやつだ! 湖面のきらめきも合わさって、なかなかに綺麗だな! そして美味そう!

 動きも止まったか。足が力なく崩れ落ちていく。

 うん、どうやら倒せたみたいだな。

 掴まれていた海賊が海に投げ出されている。生きてるかな? まぁ、救助は海賊に任せておけばいいだろう。

 それよりもイカだ! 早く処理しなければ鮮度が落ちてしまう! ていっ、亜空間収納! あとは頼んだぞ、苗木ちゃんたち!


 ゴボッ!

 うわ―っ、ひぃーっ!


 おっと、イカの大質量が亜空間に消えたから、その空いた空間に水が流れ込んだ。海面で海賊船が大波に翻弄されている。海面に落ちたやつもいるな。ごめんごめん。


――領域支配者エリアボスを討伐しました。領域支配権を獲得しました。


 およ? なんかゲットした。食材もゲットできたし、儲け儲け。

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