073

 イカは鮮度が命!

 苗木ちゃんズ、こいつを北の雪山へ運ぶぞ! あそこなら鮮度を保てる!


 まずはゲソとワタ、頭を分離だ。調理スキルが捌き方を教えてくれる。便利だな!

 大穴の開く目の辺りから頭の方に手を、じゃない、枝を入れて……枝を入れて……苗木ちゃんの枝じゃ足りねぇ! このイカ、デカすぎるよ!

 ええい、カモン第二世代! 森林探索は苗木ちゃんと一時交代だ!

 よし、第二世代の大きさなら枝でなんとかなるな。頭とゲソを分けつつワタも引き抜いてと。

 そしたら、次はこのゲソとワタを切り分ける。

 ギー、すまんな。お前の現時点での最高傑作が最初に斬るのはイカゲソだ。まぁ、領域支配者だったみたいだし? 相手にとって不足はない的な?

 おっ、いい切れ味じゃん! スパッと切り裂けたよ。さすが鍛冶聖、いい腕してるね!

 ゲソの方は、そのままぶつ切りに……って、デカすぎて丸太にしか見えねぇな。丸太を適当な長さにするの、玉切りって言うんだっけ? アレしてる気分。

 これ、かなり薄切りにしないと中まで火が通らなそう。ゲソ焼きにはできねぇかもな。

 それに、全部食い切るまで一体どれだけかかるのやら。

 まぁいい、雪に突っ込んで冷凍しておこう。凍らせておけばしばらく保つだろう。

 ふむ。このワタ、塩辛にしたら……いや、やめておこう。さっきまでこいつが喰ってたものを考えると、とても塩辛にする気にはなれん。


「……うう……」


 あらやだ、喰われてたものがまだ生きてるじゃないのよ!

 これはいかん、生きてるならリリースしないと。キャッチ・アンド・イート・オア・リリース。自然に優しく、自然とともに。

 ワタごと亜空間経由で湖にリリース! あとはお爺ちゃんアーサーに任せる! って、お爺ちゃんも俺なんだけどさ。

 こっちはイカを捌くのに忙しいから仕方がない。

 さぁ、それじゃいよいよ大仕事、皮を剥いでいくぞ! 野郎ども、準備はいいか!?



 亜空間から取り出したワタをほぐしてっと。

 あー、生きてるのはひとりだけだな。あとはバラバラだ。手足なら喰い千切られても生きてられたんだろうけど、胴体や頭はなぁ。ナンマイダーナンマイダーイマナンジダー? ヘイ、ココノツで。なんて時そばごっこをしている場合じゃないよな。


――只今の時刻は三月二十八日、十四時十二分です。本惑星消滅まで、あと……


 あー、はいはい。頑張る頑張る。


 この生きてるおっさんは運が良かったんだろうな。太ももが抉られてるけど、これなら命の危険はない。いや、出血多量と窒息で死ぬか。さっさと海面に持っていってやろう。


「っ! いたぞ、あそこだ!」

「お頭だ! まだ生きてる!」


 海面に顔を出した途端、海賊が声を上げる。できるだけ船の近くに浮かんできたとはいえ、やはり海の男は眼が良いらしい。

 このおっさん、海賊のお頭だったのか。本当に運が良いな、俺が。これで海賊に恩を売れる。


「おい、爺さん無事か?」

「ああ、ワシは怪我ひとつないぞ。それよりコイツを早く手当てしてやらんと、血が流れて死んでしまうぞい。太ももを抉られとる」

「ああ、すまん! おい、急げ!」


 縄が船べりから垂らされてきた。これでおっさんを結べってことだろう。けどこれ、どうやって結んだらいいんだ? ロープの結び方なんて知らんぞ? 蝶結びでいい?


 うぬぅっ!? なんだ、結び方が分かる!? 頭に浮かぶ! けどこれ……亀甲縛りじゃん!


 なんでこんな結び方が……調教か! 調教技能スキルが働いてるのか! こんなところで働くなよ! 俺におっさんを縛る趣味はねぇ!

 けど、これしか縛り方が分からん……畜生、畜生! 結ぶしかないのかよ! 誰が得するんだよ、おっさんの亀甲縛りなんて! 畜生ーっ!


「……結べたぞい」

「おっ、すまんな! ……うおっ! なんだこの結び方? まぁ、しっかり結べてるからいいか」

「……仕方なかったんじゃ」

「? まぁいい、早く爺さんも上がれよ」


 ぐうっ、せめてこれがお姉ちゃんなら喜んで結んだのに。世界は俺に厳しい。

 船の横板の僅かなでっぱりを手がかり足がかりにして、海賊船の甲板にまで上がる。これ以上浸かってたら豆の塩漬けになってしまう。


「おおっ、すげぇ身のこなしだな。もしかして、爺さんは名持ちかい?」

「いや、ただの傭兵崩れじゃよ」

「ほう、さぞかし名のある傭兵だったんだろうな。ところで、他に生きてる奴はいなかったか?」

「いや、ワシが助けられたのはあの男だけじゃ。他はあの大イカと一緒に沈んでしもうたよ。……もう生きてはおらんじゃろう」


 イカは一緒じゃないけど、生きてないのも沈んじゃったのも本当。残念だけど、海底でダイオウグソクムシの餌になる運命だ。この世界にダイオウグソクムシがいるかどうかは知らないけど。


 さっきから俺と話してるこの男、この船の船長かね? 見た感じは、さっきまで乗ってた船の乗組員と大して違わない。海賊っていうより漁師だな。


「そうか……いや、ひとりだけでも助かったのはありがたい。すまねぇな、爺さん。恩に着るぜ」

「いやいや、いいんじゃよ。あんな大物と戦えただけで傭兵冥利に尽きるというものじゃ」

「そう言ってくれると助かる。……それで、すまないついでと言っちゃなんだが、爺さんを縛らせてもらうぜ?」


 あん? やっぱり海賊か。

 それで、今度は俺が調教されるの? そっちの趣味はないんだけど?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る