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そう思っていた時期が俺にもありました。
「父上の死が皇都に伝わるまで、可能な限り時間を引き伸ばして十日。皇都で僕の代理人が決まるまでに数日、その使者がこのヤマーンに到着するまでおよそ五日。全部合わせて最短で半月と少しの間に、僕が領主としてやっていけることを証明できる材料を用意しなければなりません」
「ふぅむ。健康になったから大丈夫、と口で言うだけでは不十分ということじゃな?」
「ええ、僕が病弱
だそうですよ?
健康になった、病気は治ったって言われても、そんなこと信じられない、すぐに病気で政務が滞るに違いないって、皇都の腐れ貴族共が難癖つけてくる可能性が高いんだって。強欲で勤勉な悪人って本当に困るよな。滅ぼしちゃおうか?
つっても、俺たちが採れる選択肢は多くない。ぶっちゃけ、息子さんが身体を鍛えて、ある程度武術を修めるくらいしかない。魔物と戦えるくらい健康だってアピールするしかないわけで。
「まぁ、どこまで仕上げられるかは分からんが、限界まで鍛えるしかあるまいよ」
「……ですね。死ぬ気でがんばりますので、よろしくお願いします!」
乗りかかった船ってことで、俺が指導することになっちゃった。船に乗るときは行き先をよく確認してから乗らないと、この世界の船は帆船だからバックできないんだよ? とんでもないところに連れて行かれちゃうかもしれないから気を付けて。
しょうがない、結果にコミットする方式でプランを組むか。三日でオミットする人続出と言われるアレ。生活全部を身体作りのために変えちゃうやつ。
ちなみに、この街での
いやぁ、館の使用人たちの視線が痛い痛い。
そりゃそうだよな。前領主の葬式の翌日にいきなり『今日からこの人が相談役に就任します』って、今まで館から出たこともなかった新領主がどこからか連れてきた胡散臭い老人だもん。怪しいことこの上ない。
まぁ、こんなこともあろうかと? 豚領主からの推薦状をバーン! と見せてやったけどな!
事前に書かせたんじゃなくて、直前に書かせたやつを! まだインクが乾ききってない、できたてホヤホヤなのを!
ああ見えて、豚領主は近隣でも優秀な領主として知られているらしいからな。信用度は高い。
……本当か? この国の人たち、見る目ないんじゃない?
まぁ、実態よりも評判のほうを人は信じるものだからな。あの実態(変態)を知らなければ優秀に見えるかもしれん。ア◯ゾンの偽レビューに騙される人はいなくならないのだ。
けど、こんなことになるとは思ってなかったなぁ。
俺的には、支配領域を広げることしか考えてなかったわけで、統治する気なんて皆無だったんだもんよ。君臨すれども統治せずって感じ?
それが領主の相談役って、マジわけわからん。しかも、最初の仕事が肉体改造のトレーナーって、マジでマジでわけわからん。
まぁ、やるけどさ。乗りかかった船だし。三途の川の渡し船じゃないなら、最後まで付き合うよ。
◇
「この際、スタミナは諦めて筋力のみに絞る! 限界まで負荷を与えて、ひたすら筋肉をいじめぬくのじゃ! 頭の天辺から足の爪先まで、全身の筋肉をバランス良く! 脳みそまで筋肉に変える勢いで鍛えるのじゃ!」
「はい、先生!」
◇
「トレーニングの直後はゴールデンタイムじゃ! 摂ったタンパク質が筋肉へと変わりやすい! このホエイドリンクと鹿ジャーキーを食え! そして寝るのじゃ! 寝る子は育つ! 筋肉を育てるのじゃ!」
「はい、先生!」
◇
「時間がない、武技は槍の突きのみに絞る! 極めた一芸は、ときに万能を凌駕する! 足の踏み込み、蹴り出し、重心の移動、腰のひねり、腕の突き出し! 全てを合力してただ一点を貫く! それのみを繰り返すのじゃ! 突くべし! 突くべし!」
「はい、先生!」
◇
「食うことも鍛錬のうちじゃ! 身体作りのため、敢えて栄養バランスは無視する! 食うものは肉、魚、野菜中心じゃ! パン? 米? そんなものは庶民にでも食わせておけ! 今のお主に必要なのはタンパク質じゃ!」
「はい、先生!」
◇
何か揉めたのか、皇都からの使者が来たのは一ヶ月後だった。こっちとしては、少しでも時間的余裕ができてありがたかったけどな。たった半月では、目に見えるほどの変化はなかったかもしれないし。
まぁ、一ヶ月でコレなら上出来じゃない?
オークたちの前例があるから、もしかしたらゴリマッチョになっちゃうかもなーと心配したけど、アレはやっぱりオークだからだったらしい。息子さんはそこまでのゴリゴリにはならなかった。細マッチョって感じ?
けど、元が骨と皮だけのガリガリ君だったことを思えば、たった一ヶ月でこれは十分褒められていい仕上がりだと思う。自画自賛。画伯と呼んでやっぱり呼ばないで。
「ありがとうございます、先生! 先生のお陰でここまでの身体が作れました!」
「脱がんでええ。身体作りに終わりはないからの。これからも日々鍛錬を続けることじゃ」
「はい、先生!」
シャツを脱ぐな。嬉しいのは分かったから。
「それで使者とやらじゃが、納得しそうかの?」
「少々ゴネていますね。向こうも子供の使いではありませんから『はいそうですか』とは言えないのでしょう」
シャツのボタンをプチプチと留めながら息子さんが答える。
いや待て、お前さっき一瞬で脱がなかったか? 脱ぐのは一瞬なのに着るのは普通に時間がかかるの、おかしくね? お前、変な
「とは言え、こうして健康な僕が目の前にいるのですから、代わりの領主をという話は無理筋というものです。そう、こんなに健康な身体になった僕がいるのですから!」
「だから脱がんでええ」
また一瞬で脱ぎやがった! ボタンが飛んでるってこともないし、やっぱり変な技能持ってるんじゃねぇかコイツ? ついでに変な性癖も!
まぁ、こいつが健康体になったおかげで、館の使用人たちが俺を見る目はちょっとマシになったけどな。
相談役としてはまだ分からないけど、トレーナーとしては優秀らしいって感じ。それはそれでどうなの?
執事長なんかは、健康になった息子さんを見て笑顔で涙ぐんでるし。そこまで喜んでもらえたなら、不本意ではあるけども、トレーナーでもいいかなと思えなくもない。
「坊ちゃま……よくぞここまで……ご立派な脱ぎっぷり。先代様も草葉の陰でお喜びでしょう」
おい!?
褒めるところはそこか!? 健康な身体に対してじゃないの!?
「ああ、先代様がまだ細かった頃を思い出します」
「ええ……あの肩のラインなんて先代様にそっくり」
「血は争えませんね」
ちょっと、そこのメイドたち!? なんなの、あの脱ぐのは遺伝なの!? 家風なの!? そこんとこkwsk!
ヤバい血が流れているのは豚領主一家だけかと思っていたけど、思っていた以上に皇国の貴族の血は汚れていたようだ。まさかこの街の領主一家まで……。
いや、俺がそう思いたかっただけか……幻想は現実の前に無力だったってわけだ。
人の夢と書いて儚い、か。俺は人じゃないけど。木偏に夢って漢字あったっけ?
比較的まともって言われている地方領主でこれなら、皇都の貴族はどれだけなんだ? もう想像もできないんだが?
……もうこんな国、滅ぼしちゃって良くね? 駄目? マジ悩むわ。
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