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「あぐっ!? ぐうぅ、か、体が、熱っ!」

「むっ、大丈夫か!?」


 おっと、息子さんに異変が!? 疑問は後回しだ!

 息子さんが胸元を押さえて苦しんでる。顔も手足もすごい汗だ。何が起きてる? これは初めてのパターンだ!

 あっ、そうだ!


「ほれ、コレを飲むんじゃ! 少しは良くなるはずじゃ!」


 信頼の自家製スポドリだ。病気にも怪我にも有効な心身調整機能ドリンク。……これ、本当にスポドリか? 変な薬になってない?

 まぁ、健康にいいってことだけは証明済みだ。飲ませりゃなんとかなるはず! なんとかなって!


「ぐっ、んくっ……ゲホゲホッ」

「慌てんでもええ、ゆっくり飲むんじゃ」


 今まで何人も何匹も眷属にしてきたけど、こんな状態になった奴はいなかったぞ? 何か特殊な条件が重なったか?


「んぐ……っ! うぅ……うああぁあぁぁっ!」


 んなっ!?  あかーん! ヤバいじゃないのよ、状況悪化してるじゃないのよ!?

 息子さんの身体、薄っすら光ってるし! これ、浴びても大丈夫なやつか? 放射線じゃなかろうな!? このまま緑色のマッチョマンになっちゃったりしないよね!?


 むっ、足音が聞こえる。叫び声を聞きつけて使用人が来たらしい。

 今はまだ見つかるわけにはいかん。ここは逃げの一手だ、いや転進だ!


「すまんな、明日の夜にまた来る。何かあれば、この種に話しかけるのじゃ」


 種を一個、亜空間経由で取り出して床に転がす。代わりにお爺ちゃんアーサーは亜空間へ。

 それと入れ替わるように、ドアを跳ね飛ばす勢いでメイドさんたちが部屋へ乱入! 間一髪だったな! メイドさんたちは苦しむ息子さんのところへ……あとはお任せするしかない。



 うあぁ〜っ、苦しむ息子さんを放置して逃げ出しちゃったよ! 自己嫌悪!

 うーん、仕方がなかったとはいえ……いや、言い訳は駄目。世の中は結果が全て。

 そう、結果だよ! まだ終わってない! 諦めたらそこでゲームリセット! やり直すのだ! 先生、ギャルゲーがしたいです!


 種情報だと、大事には至ってないっぽい。あの後すぐに落ち着いて、そのまま寝ちゃったらしい。

 朝になっても起きてこなかったからちょっとドキドキしたけど、昼には起きて飯を食ってた。うむ、大丈夫そう。


 お爺ちゃんはいつも通り、朝の漁に出て船上で獲れたて海鮮丼食って、おかに帰ってからは水を飲みながら日向ぼっこして栄養補給した。木なので。

 他の海賊……漁師たちは、獲った魚を捌いて干物にしたり生の魚を街へ売りに行ったりと、これもいつも通りだ。スローライフだなぁ。


 そしてまた夜ですよ。


「こんばんは。ジジイが戻ってきたぞい」

「こんばんは。お待ちしておりました」


 亜空間経由で病弱息子さんの部屋に行くと、息子さんはベッドの上に身体を起こして待ってた。種で見てたから知ってた。


昨夜ゆうべはすまんかったな。最後まで付き合えんで」

「いえ、こちらこそ」


 謝罪は大事。こういう事はすぐに謝っておかないと。一度タイミングを逃すと、ずっと謝れなくてギクシャクしちゃうからな。


「それで、体はどうじゃ? おかしなところはないかの?」

「ええ、お陰様で。生まれてから今までで、一番調子がいいですよ。胸は苦しくないし、頭も重くありません。手足にも力が入ってます。これも貴方の、大魔王様のおかげです。ありがとうございます」

「そうか、それはなによりじゃ」


 よかったぁ〜っ! 病気は治ったかぁ!

 これで何も変わらないとか悪化したとかだったら……もう自己嫌悪で穴があったら入りたいって気持ちになってたね。その後、埋めて水をかけたら芽が出ます。そんな気持ち。どんな気持ち?

 あれ? なんか雰囲気が昨日と違うような……あっ?


「ほう、お主、目の色が変わったのう?」

「そうですか? 自分では分からないんです。この部屋には鏡が無いので」

「うむ、血のように赤かったのが、濃い赤ワインのような色になっておる。どうやらアルビノも治ったようじゃな」


 ほほう。どうやら病気耐性は、病気や遺伝病だけじゃなくて体質も改善されるみたいだな。難病の多くが遺伝や体質由来ってことだから、そういう人には朗報だろう。良い症例が取れた。

 この病気耐性が元の世界にもあれば……いや、タラレバは不毛だ。その世界の問題はその世界で解決しないと。惑星崩壊もこの世界で解決するしかないんだし! つらし!


「……ということは、僕は太陽の下を歩けるように?」

「うむ。日陰者ではなく日向者になったわけじゃな。はははっ!」


 まぁ、木の眷属だし? 存分にお日様を浴びて光合成してくれ。無理か。


「まぁ、それはそれとして、お主には聞きたいことがあるんじゃが」

「はい、なんなりと。僕は既に大魔王様の下僕ですので」

「そこまで下手に出んでもええ。ワシらの指示に従ってくれれば十分じゃ。それで聞きたいことというのはじゃな、お主の父親のことじゃ」

「父上、ですか」

「うむ。どうやら、この街というか、この領内には居らぬようじゃな。どこへ行ったんじゃ?」


 領主が領地、つまり支配領域から居なくなると、領域支配権は跡取りへと移るらしい。

 けど、息子さんが眷属になったときにこの領域の支配権は俺のモノになった。つまり、そのとき既に支配権は息子さんへ移っていたわけだ。

 ということは、領主である父親はこの領内にいないってことになる。病気の子供を置いて何処へ行っちゃったの? ネグレクト?


「……」

「言えぬのか?」


 息子さんはシーツの目を数えているのか、うつむいて沈黙している。それ、どこまで数えたか途中でわからなくなるから、いつまで数えても終わらないよ? 経験者は語る。


「……いえ、御恩のある貴方に隠し事はできません。父上は……」


 何か決心したっぽい。息子さんが語る気になったみたいだ。


「……父上は死にました。十日前のことです」


 なんと!?

 いや、その可能性も考えてたけど、それよりは領地の外へ移動しちゃった確率のほうが高いかなと思ってた。だって、今はいろいろ非常時だからさ。主に俺関連で。なんかゴメン。

 けど、死んじゃってた方だったか。南無南無。


「母が地揺れで亡くなってから父上は食に執着するようになり、どんどん太っていきました。病弱な……病弱だった僕のこともありましたから、心痛からの逃避だったのだと思います。皮肉なことに、領内はそんな父上のおかげで様々な産物が集まるようになりましたが、それに比例するように父上の胴回りはどんどん大きくなっていきました。そして十日前の朝、朝食を終えた父上は、立ち上がった瞬間気を失い……いびきをかいて眠り続け、そのまま息を引き取りました」


 いびき……確か、脳卒中だか脳梗塞だかの症状でそういうのがあったはず。肥満や糖尿病で起きやすい、つまり太っている人がなりやすい病気らしいからな。過食症気味だったっていう領主なら、さもありなんだ。


「父上が死んで、自動的に僕が領主になりました。けど御存知の通り僕は病弱だったので、そのことが皇都に知れたら代わりの領主が送り込まれ、僕は追放されていたでしょう」


 ふむ、街で聞いた話だと病弱息子が死んだらってことだったけど、この国の貴族なら死ぬ前に送り込んでくることもあり得るか。アローズの話でも、かなり腐った連中らしいしな。

 まぁ、この国だけじゃなくて、王国もそうらしいけど。何処の国でも特権階級っていうのは腐りやすいものなんだろう。

 貴族の血が青いって言われる理由は腐っているからだな、きっと。青カビが生えてるに違いない。


「皇都の貴族は腐っています。全ての貴族がそうではないでしょうけど、もし愚物が領主になったら、この街はメチャクチャにされてしまうでしょう」


 シーツを強く握り込んだ息子さんの手がブルブル震えてる。


「それは、それだけはどうしても耐えられなかった! 父上が大事にしたこの街を、母上が眠るこの街を失うことだけは、どうしてもできなかった!」


 ちょっと興奮してきたっぽい。感情の起伏が小さいタイプだと思ってたけど、心の中には激しいものを秘めていたらしい。まぁ、まだ若いしね。いいんじゃないの?

 俺? 俺はほら、今はお爺ちゃんモードだし。若者の話を聞くのも老人の楽しみのひとつじゃよ。フォッフォッフォッ。ささ、続けて続けて?


「……だから、父上の死を隠したのです。館の皆にも協力してもらいました。今、父上はこの庭の離れの地下に安置されています。……葬儀も出さない親不孝者なんですよ、僕は」


 おっと、ひとしきり吐き出してスッキリしたかな? シーツのシワが少なくなった。

 自嘲気味の『フッ』っていう笑いが似合うのはイケメンの特権だよなぁ。いいなぁ。


「隠していても、いずれバレていたでしょう。だとしても、なんとか時間を稼ぎたかったんです。その間に、僕が死んでも大丈夫なように、何か手を打っておこうと思ったんです。でも、良い手がなかなか見つからなくて……その間にも、僕の身体はどんどん力を失って……もう、悪魔にでも縋りたい気持ちでした。ふふっ、現れたのは大魔王様の手先でしたけどね」


 笑顔で俺を見る息子さん。今度のは自嘲気味じゃない笑いだ。イケメンはどんな笑顔も似合うからいいよなぁ。いいよなぁ!


 けど、ふーむ、なるほどねぇ。

 こいつのことは不幸な善人だと思ってたけど、ちょっと違うっぽい。行動の根底にあるのは、自分の思い出を守るっていう利己的な欲望みたいだ。そういう小さな心の人は嫌いじゃない。

 いや、俺も小市民だからさぁ、世のため人のためっていうのは苦手なんだよね。

 惑星崩壊を阻止しようとしているのも、自分やキキたちを救うためだし。ぶっちゃけ、見ず知らずの他人のことなんか知らん。俺ファースト、他人セカンド。センターイチ◇ー。

 だから、頑張る理由が小さいやつには親近感を覚える。協力できるならしてやろう。


「なるほどのう。ふむ、そういうことなら大魔王様の目的にも適うじゃろう。眷属としては合格じゃ」

「どういうことですか?」

「大魔王様は、この国を獲るおつもりじゃ。そのための準備を粛々と進めておられる。ワシがこの街へ来たのもその一環じゃ。お主を眷属にしたのは成り行きじゃがな」

「……その場合、大魔王様がこの国を獲った場合、この街はどうなりますか?」


 息子さんの視線が厳しくなった。やめろよ、ゾクゾクしちゃうだろう? いかん、俺も豚領主に毒されつつある!?


「どうもせんよ? この国を獲るのは、大魔王様の御命を狙った報復じゃ。皇都の王族と貴族を一掃したら、その後は従えた眷属、つまりお主らじゃな。その眷属に後は任せるおつもりらしい。この街も、支配権は大魔王様のものになったが、お主から取り上げる気はないそうじゃ。今まで通りにするとええ」


 統治なんて面倒なことはやりたくないしな。俺は木なの。木は日向ぼっこするだけでいいの。


「そう、ですか」

「信用できんかの? まぁ、その辺は追々理解すればええじゃろう。今はその永らえた命を有効に使うのじゃな。今ならお父上の葬儀も出せるじゃろうて」

「そう、ですね。そうさせていただきます。これも大魔王様と貴方のおかげです。ありがとうございました。それで、失礼かもしれませんがお名前を伺ってもよろしいですか? 恩人の名前を知らないのは不義理かと思いますので」


 おっと、まだ名乗ってなかったか。紳士たるものがなんたる不覚。


「おっと、失礼した。ワシは大魔王ボン=チキング様直属配下のひとり、アーサーじゃ。気軽に爺さんと呼んで構わんぞ」

「アーサー様ですか。僕、いえ、私はこのヤマーン領主シャリム=ハシムと申します」


 そういや、相手の名前も聞いてなかったな。紳士たるものがなんたる! なんたる!

 おっと、息子さんシャリムがベッドから降りて床に片膝を突いた。まだ無理しちゃだめよ? 病み上がりなんだから。


「大魔王様とアーサー様より賜ったこの御恩、変わらぬ忠誠でお返しいたしますことをここに誓います。今後とも私とこの街を、何卒よろしくお願いいたします」


 息子さんが俺に向かって頭を下げる。とりあえず、配下に加わるってことは決めたっぽいな。

 うむ、ミッションコンプリート! これでまた、野望に一歩近付いた!

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