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 抜き足差し足忍び足……素足生脚ハイソックス……ハッ!? そう言えばストッキングはまだ作ってなかったな! 網タイツも、ガーターベルトもだ! 大魔王たる者が、なんたる不覚! 早く作ってお姉さんラナお嬢さんマナに履いてもらわないと!

 クリスは……うん、普通に似合いそうだな。黒ストッキングとグレー系チェック柄のイングランド風ブレザー……うむ、いいとこのお嬢様風美少女が普通に想像できた。クリスは男だけど。


 まぁ、いまはお爺ちゃんアーサーに集中だ。お爺ちゃんのストッキング姿に需要は無い。多分。


 夜の洋館って雰囲気あるよな。何か出てきそうだ。

 クリーチャーは、もう山の中(本当に中)で遭遇済みだから、次に出てくるとしたら幽霊か吸血鬼? 夜に遭遇すると厄介そうだな。

 いや、そうでもないか?

 俺には光魔法という幽霊や吸血鬼に特効な攻撃手段があるし、魅了の耐性もあるから操られることもない。

 そもそも吸われる血が流れてないしな。俺の身体に流れてるのは樹液だ。木なので。

 つまり、俺の敵は吸血鬼じゃなくてセミってことか。必要なのは白木の杭じゃなくて虫取り網と小学生男子だな。野球帽と短パンも作っておく必要がありそうだ。


 おっと、いかんいかん。余計なことを考えていては見つかってしまう。お爺ちゃんが深夜に徘徊していたらご家族は大捜索だ。

 ましてや、他所様の御宅に侵入したとなれば大問題になってしまう。そのまま特別養護老人ホームに預けられてしまうかもしれん。……やさしいお姉さんスタッフに甲斐甲斐しく世話をしてもらえるならそれもアリだな。アーンしてもらおう。『あぁんっ♥』なことでも可。むふふ。


 ここか。気配は中にひとつだけ。うむ、間違いなさそうだ。

 ドアに鍵は……無いな。ってか、鍵穴がねぇ。かんぬき式か?


 キィ


 開いちゃったよ。鍵、かかってなかった。

 アレか? やんごとなき方々は下々の者を動物と同じくらいにしか考えてないから、別に部屋に入られても問題ないってことか? やんごとないっていうか、羞恥心ねぇな。

 まぁいいか。潜入が楽なのはいいことだ。

 このまま領主を拉致って……いや、確かモンスターと違って、人間の場合は亜空間に拉致っても支配権は奪えないんだったか。予め指名されている次期領主に移るとか、豚領主が言ってた気がする。拉致るならその次期領主ごとだな。


「どなたですか?」


 うえっ!? 声かけられた!?

 なんで? 隠密は切ってないぞ? もしかして、看破系の技能スキル持ちか!

 まずいな。確かに、隠れる系の技能があるなら、見つける系の技能があって然るべきだ。つまり、脱ぐ系の技能があれば脱がされる系の技能もあるはず! 脱いで脱がされて、全てを脱ぎ捨ててストリッパー! 俺の全てを見せてやる!


「泥棒ですか? この館の警備は厳重だったと思いますけど、よく入ってこられましたね。でも、ここに高価な物はありませんよ? 外の蔵を探したほうがいいと思います」


 おっと、また意識が暴走しかかってた。並列思考の弊害かな。

 うん? ちょっとしゃがれてるけど、なんか声が若いな。


「それとも、死神かあの世からの使いでしょうか? だとしたら、もう少しだけ待ってくれませんか? 僕にはまだやらなければならないことがありますので」


 ああ、やっぱり息子のほうか。病弱で寝たきりっていう噂の。次期領主の方を先に見つけてしまった。この思考のネガティブさは、病気によるものだろうな。痛ましい。

 開け放たれた窓から月光が床に長方形を作り出している。その反射光に照らされたベッドの上には、頬のこけた十代と思しき少年が上半身を起こしている。

 月の白い光のせいだけとは思えないほどの白い髪、白い肌。夜着から覗く首も腕も、握っただけで折れそうなくらい細い。

 病弱というのも納得の不健康さだけど、そんな中で大きな赤い眼だけは穏やかな光を放っている。

 吸血鬼、じゃないよな。特に犬歯が長いって感じはしないし。

 これはきっとアレだな、白子アルビノってやつだ。実物は初めて見た。


 けど、アルビノは日光に弱いだけで、それ以外は健常者と変わらないって聞いたことがあるぞ? 病弱なのはアルビノのせいじゃないはず。

 いや、表出してるのがアルビノってだけなのかも。

 お貴族様だからな。近親婚を繰り返して、それが良くない遺伝子を蓄積しちゃったんだろう。

 たまたま分かりやすくアルビノになっただけで、他の遺伝病も併発してるのかも。

 親の因果が子に報い、とは言うけど、不憫なことだ。本人には何の瑕疵もないのにな。

 まぁ、話しかけられたら返事をしなければ。礼儀は大事。


「ようワシを見つけたのう。まぁ、残念ながらどの予想もハズレじゃ。ワシはただのボケ老人じゃよ。深夜徘徊でこの館に迷い込んだだけじゃ。おこんばんは?」


 とぼけてみた。呆けてはいない。ボケてはいる。ツッコミ待ち。


「え? ……ふふっ、ふふふ……」


 ツッコミじゃなくて笑いが返ってきた。まぁいいか。笑いを取るためにボケるんだからな。掴みはOKってことで。


「驚かせてすまんな。ワシは夜の散歩が趣味でな。ジジイがひとりで歩いていると物騒じゃから忍び足が習いになったのじゃよ。ところでヨシ子さんや、飯はまだかいのう?」


 さらにボケをたたみ掛ける。笑いの波は重ねることで大きくなるのだ! ビッグウェーブを起こすのだ! そしてヨシ子さんが誰なのかは誰も知らない。


「くっ、くふふ、くふっ!? ゴホッ! ゴホッゴホッ!」


 おっと、いかん! ツボに嵌ったか!? せさせてしまった!

 ササッと駆け寄って背中をサスサス。病気だからな。あまり興奮させるのは良くなかったか。お笑いも控えめにしないとな。残念。


「すまんかった。ジジイが調子に乗りすぎてしもうた」

「ゴホッ、いえ、僕のほうこそすみません。こんな体じゃなかったら……」


 こんな怪しげな不法侵入者に気を使うなんて、なんて心根の優しい少年だ。それどころか、自分に責任を感じているなんて。

 きっと病気のせいだな。病弱な自分が周りを苦労させているって考えて、その申し訳無さがこんなネガティブな性格を作ってしまったんだろう。なんて無情な。


「……これでも最近は、少しだけ調子が良くなったんです。以前は会話するのも大変でしたから」

「ふむぅ、それは大変じゃのう。医者はなんと言っておるのじゃ? 治るのか?」

「……生まれつきだそうで、治る見込みは無いそうです。二十歳まで生きられるかどうか……父上とそう話しているのが聞こえました」

「そうか……」


 うぐぅっ! 重い、重いよ! こんなの、十代の若者が背負う荷物じゃないよ! 若者なら、もっと青春を謳歌しろよ! させてやれよ! させてやりたいよ!!


 あっ、そうだ、俺ならなんとかできるんじゃないか?

 ぶっちゃけ、俺の眷属にしてしまえばいい。そうすれば病気耐性の効果で健康になるんじゃないか?

 いや、病気耐性が遺伝病に効くかどうかは分からんな。もしかしたら、遺伝病は体質って判断されて効果がない可能性もある。けど、何もしないよりはマシじゃね?

 もしかしたら、ソレを対価に領主へ支配権移譲を迫れるかもしれないし。健康にしたあとで、こちらの要求を飲まなければ取り上げるって脅すとかな。よし、それでいこう!


「お前さん、もっと生きたいか?」

「え?」

「もし、その病弱な体を治すすべがあるとしたら、どうする?」

「そ、それはもちろん、治せるなら治したいですけど……けど、そんなこと……」


 おっとぉ、目に見えて落ち込んじゃったよ。眼からハイライトが消えた。

 きっと、これまでも似たような話があって、その度に裏切られてきたんだろう。期待を持てなくなっちゃったんだな。

 うぬぅ、切り出し方を間違ったか。仕方がない、ここからは専門家である話術先生にお任せしよう。先生、お願いします!


「もちろん確実な話ではない。その上、ひょっとしたら今までの人生を全て捨て去らねばならなくなるかもしれん」


 おいおい、話術先生!? なんで更にリスクの話しちゃってるの!? いや、喋ってるのは俺だけどさ!

 ほら、少年も怪訝な顔してるじゃないのよ!


「お主、先程ワシのことを死神かあの世からの使いかと訊いたな? ワシは違うと答えたが、当たらずとも遠からずじゃ。ワシは人の世のことわりからハズレた者。人ならざる、偉大なるお方の下僕しもべじゃ」

「人、ならざる……」


 おっ、少年の眼に光が戻った?

 なるほど、落としてから上げる作戦か。

 その上で、今までにない方向からのアプローチを仕掛けたと。

 今までは人の手による治療ばかりだっただろうからな。新しい切り口ならあるいは、と思わせようってことだな? やるね、流石は話術先生。

 そういうことであれば俺も協力するにやぶさかではない。やぶさかってなんだろう?

 軽い風魔法でそよ風を起こしてアーサーの服をはためかせる! 光魔法で怪しい青い光を眼に灯す! 亜空間から超スダチの汁を絞って、匂いまで演出だ! 焼き魚を食べたくなってきた!

 どうよ、なんかそれっぽいだろう? 新進気鋭の演出家ボンちゃんとは俺のことだ! 恐れおののけブロードウェイ! 僕はキメ顔でそう言った!


「人ならざる身であれば、人の病なぞ恐るるに足らず。しかし、代償として日の射さぬ道を歩かねばならぬことになるやもしれん。それでも生きたいか!?」


 いや、俺は存分に日の光を浴びるけどな。当たらないと光合成できない。眷属の皆にも地下都市から出てもらったしな。日当たりは大事。


「……もとより、この体では太陽の下に出ることは叶いません。であれば、今更日陰者となることに支障などありません。なにより、僕にはやらなければならないことがある。まだ死ぬわけにはいかないんです!」


 ほほう、強いな。心が強い。何度も折られて、それでも立ち直って、強く太くなったのかもな。


「よかろう! ならば願え、己が健康を! 誓え、揺るがぬ忠誠を! 偉大なる大魔王様に!」

「っ、大っ!? ……誓います! 僕の忠誠を大魔王様に! だから、だからどうかっ!」


 ――ヒューム(オス・十五歳)を眷属にしました。

 ――領域支配権を獲得しました。


 よっし、眷属になった! あとは病気をどうにかするだけだ! 頼む、頑張ってくれよ病気耐性君!


 ……うん? あれ? 領域支配権? どゆこと?

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