066

 アタシは騙されないわ。大魔王なんかに懐柔されたりしない。

 ギーさんとゴーのところのナナはすぐに大魔王の配下になったみたいだけど、アタシはそうはならない。人類の敵になんかならないんだから。

 確かにご飯は美味しくて服は可愛いけど……特に下着は肌触りも良くてあったかいけど、アタシはそんなことで懐柔されたりはしない! 着るけど。


 きっと、みんな騙されているんだわ。だって、大魔王がアタシたちを仲間にする理由なんてないもの。

 いえ、ギーさんは皇都でも有名な鍛冶師だったそうだから、ギーさんだけは有り得るかもしれないわね。

 でも、こんな田舎の名持ちでもない村人を仲間にする理由なんて、アタシには何も思いつかない。

 そりゃ、アタシは村のみんなから可愛いって言われてたし、ラナさんも美人でオッパイは大きいけど……アタシはこれから大きくなるから大丈夫。大丈夫のはずよ。

 ゴーのところのナナも、まぁ、見た目だけは可愛いかもね。男だけど。男のくせに。

 もしかして、アタシたちが可愛いから助けた? ギーさんは鍛冶師だから? それなら分からないでもないわね。可愛いから仕方が無いわ。

 でも、あのモジャモジャ頭もツルツル頭も、アタシたちに手を出そうとはしないのよね。親切ではあるけど……いや、駄目よ、アタシは騙されないんだから!


 もしかしたら、村で流行った病気は大魔王が広めたのかも……偶然助けに来たなんて、都合が良すぎるわ。

 そうよ、アタシたちは人類絶滅の実験台にされたんだわ! 毒や病気をばら撒いて人類を殲滅する実験! きっとそう!

 アタシたちが生き残ったのは只の偶然。だから、なんで生き残ったのかを調べるためにアタシたちを引き取ったのね。それを調べて、より強力な毒や病気を作ってばら撒くつもりなんだわ! なんて恐ろしい!


 こうしちゃいられないわ、なんとかここを脱出して、国の偉い人に伝えないと……。

 でもどうしよう、ここが何処なのか分からないわ。地面の中ってことは分かるんだけど、出口が何処なのかも分からない。


「ここの出口なら北と南、二か所にあるわよ」

「……え?」

「この街は中央大山塊と荒鷲のエサ場の中間の山の中にあるんですって。北に行くと中央大山塊の中の盆地で、南に行くと荒鷲のエサ場だそうよ」

「え? な、なんで?」

「? ああ、マーリン様に聞いたのよ。実際に連れて行ってもらったけど、北の方は寒かったわね。でも久しぶりのお日様は気持ち良かったわ。南の方もちょっと寒かったけど、その先は凄かったわ。ずっと見渡す限りの森と山なのよ。その森の南端辺りに私たちの村があったんですって。でも、歩いて帰るのはお勧めしないって言ってたわ。なんでも、物凄く凶暴で大きな熊やお猿さんがいるんですって。怖いわねぇ」

「そ、それって?」

「? 別に止められなかったわよ? 偶に熊がトンネルに入って来て危ないからって、護衛として付いてきてくださったの。お優しいのよ、マーリン様。そうそう、私も最近、服作りのお手伝いをするようになったのよ。ほら、これも可愛いでしょう? マーリン様が考えてくださったのよ!」


 いつの間にかラナさんまで大魔王の手下になってる!? 確かに可愛いけど!


 どうしよう、もうここにはアタシしかまともな人間はいない。みんな大魔王に取り込まれてしまったわ。ひとりでなんとかしないと……でも、そんな辺境じゃ何処にも行けないし、どうすれば……。


 くぅ~っ


 駄目だわ、お腹が空いて考えがまとまらない。でもここには大魔王の出す食事しかないわ。大魔王の施しなんて受けたくないのに! 美味しいけど、施しは駄目なのよ!


「うふふ。今日もちゃんとご飯を貰って来たわよ。今日の晩御飯は『モチモチ焼き芋餅』と『鹿モモ肉の山賊焼き』、『焼き蟹出汁の具沢山山菜汁』ですって。どれも美味しそうよね!」


 くっ、大魔王の施しは……でも美味しそう……そうよ、これは抵抗なのよ! 大魔王の食料を消費して損害を与えているの! そうよ、そうなのよ! 施しを受けているわけじゃないわ!


「あら、やっとちゃんと食べる気になったのね。最近食が細かったから心配してたのよ?」

「心配させてごめんなさい。でも、もう大丈夫だから」


 そうよ、これからはもっと積極的に大魔王に攻撃してやるわ! アタシだけは絶対に屈したりしないんだから!

 あっ、このお肉美味しい。おかわり貰えないかしら?



 最近、お嬢さんの食欲が増してきたらしい。外に出て街の散策をするようにもなったみたいだし、どうやら吹っ切れたみたいだな。良かった良かった。

 まぁ、相変わらずマーリンおれは避けられてるけどな。よく遠くの物陰から監視? 観察? されてる。なんか動物園の動物になった気分だ。


 『山の珍獣、大魔王』


 うん、間違ってはいないような気がする。世界に俺しか大魔王はいないみたいだし。

 動物園って、希少動物の生態や繁殖の研究機関でもあるんだよな。動物を隔離監禁して虐待している施設では、決してない。むしろ愛護しまくってる施設だ。

 俺も愛護されたいなぁ。タイヤ抱えてゴロゴロしていたい。

 無理かな? 無理だろうなぁ。だって白と黒のツートンカラーじゃないもんな。

 むしろ大魔王って、白と黒のツートンカラーの車に乗せられる方の立場だよな。上に赤い回転灯が付いてるやつ。なんて世知辛い世の中だ。

 違う、俺じゃない! 俺は大魔王だけど只の変質者だ! いや違ってないじゃん!? お巡りさん、私です!


 はぁ、早く大魔王でも安心して暮らせる平和な世界を作らないとな。

 頑張れ俺、負けるな大魔王! 変質者に優しい世界を作る、その時まで! なんて嫌な世界だ!?

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