065
「マーリン様、私にも何か仕事をいただけないでしょうか?」
おっと、暇を持て余しちゃったかな? 暫くは街の散策をしてたみたいだけど、もう行くところが無くなったか、
「良いのですか? 仕事をするということは大魔王様のお手伝いをするということ、ひいては人類と敵対するということになるのですよ?」
このまま養われているだけなら、大魔王の食料や物資を浪費して経済的に攻撃しているっていう言い訳ができるんだよ? それを世間ではニートっていうんだけどな。
いいな! 俺も経済的攻撃してぇな! ニートで大魔王。何の害も無くて平和じゃん!
「それは……でも、助けていただいた恩もありますし、何もお返ししないで養われているだけというのも……」
真面目か! 俺なんて、働かないでいいならずっとゴロゴロウダウダしていたいのに!
そういう意味では、草に転生したのは正解だったんだけどな。日向ぼっこするだけの人生。
なのに、今や大魔王になって人類と戦争って……どこで間違えたんだろう?
「マーリン様?」
「おっと、失礼。ラナは裁縫が得意でしたね? では、ここに住む者の衣類を縫っていただけますか? 男性はともかく、女性用の衣類は少ないですからね。道具と素材は用意しましょう。必要な物があれば言ってください」
男物はいいんだよ。あいつらは着飾らなくても全然問題ない。でも、女の子たちはなぁ。
ちょっとずつ増やしてはいるんだけどな。デニムっぽいホットパンツとかチューブトップとか。でもクリス以外着てくれない。今もラナは膝丈のナース服だし。スリットが入ってるのが救いか? もうちょっと上まで切っとけば良かったな。
いきなりチューブトップとホットパンツは露出が多すぎたかなぁ。もう少し段階を踏んで、少しずつ抵抗を失くす必要があったかもな。ロングワンピースだけど日に透けるとシースルーとか。むふっ。
道具と素材はなんとでもなる。布と糸は俺が作ればいいし、鋏と針はギーに任せればいい。
……鉄も切れる鋏とか、無駄に高性能なものを作りそうだな。まぁ、裁縫に使うだけならいいか。切れないよりマシだ。
「はいっ、ありがとうございます! 頑張ります!」
自分で服を縫うのもいいだろう。個人的な好みもあるし。
そしてそこからアレンジを加えて、だんだん露出を上げさせていけば……ぐふふ、いずれ紐ビキニも夢じゃなくなるかもな! 街中で紐パン紐ビキニ!
「それはそうと、マナの様子はどうですか?」
「マナちゃんは……まだ引き籠り気味です。話しかけてもあまり返してくれません。まだ状況を受け入れられてないんだと思います」
うーん、憂い顔のお姉さんもいいな。じゃなくて。
お嬢さんはまだ切り替えができてないか。多感な時期に身内が全員死んで、自分は大魔王の手下にされたんだもんな。いくら若くて柔軟性があるっていっても、受け入れるキャパが足りなくなってもおかしくない。
むしろギーやクリス、ラナがすぐ受け入れた事の方が不思議なくらいだ。なんでだろう? 訊いてみるか。
「こういう事を聞くのは無神経かもしれませんが、貴女は悲しくはないのですか? 身内も知り合いも、ほとんどが亡くなられたでしょう?」
「悲しいですよ。それは今でも悲しいです。でも……ご飯が美味しかったんですよね」
「ご飯?」
「はい。パパイヤさんが食べさせてくれたお粥も、今ここで食べさせてもらっているお芋やお魚、お肉も、どれも美味しくて、今まで食べたことが無いくらい美味しくて幸せで……自分は生きているんだなぁって……」
ふーん、ご飯ねぇ。
えっ? あっ、ヤバい。泣きだしそう!?
「みんな、死んじゃって、悲しいはずなのにっ、あたしは生きててっ! あたしだけ生き残って! なのに美味しくて! 幸せでっ!」
あー、泣いちゃった。泣かせちゃった。女泣かせは男の勲章だけど、これじゃないんだよなぁ。こうじゃない。泣かせるのはベッドの上でだけ。それが男。
「こんなことが許されるのかなって……でもお腹は空いて、ご飯はやっぱり美味しくて……自分は生きてるんだなぁって。死んだらもう美味しいものは食べられないんだなぁって。ふふっ、単純でしょう? あたし、小さい女なんです」
いえいえ、貴女は随分と大きな女性ですよ。ええ、バインバインのバルンバルンです! 大きすぎて大変じゃないかと心配しちゃうくらいですとも! 新しいブラ、要る?
「ふむ、何もおかしくはないと思いますが?」
「えっ?」
「生きるという事は食べるという事です。食べるということは命を頂き、命を繋ぐということです。それが自然の摂理です。生き物が生きる、そして食べる。そこに理由は要りません。理屈も感情も必要ありません」
生きる理由だとか意味だとかで悩む奴って、時々居るよな。あんなの、俺に言わせりゃ時間の無駄だ。無意味この上ない。
生きることに理由とか意味なんて必要ないってぇの。よく小説やドラマで『ただ生きるために生きることに何の意味があるのか』なんて問いかけがあるけど、あんなの、質問自体が無意味だ。
生きてるから生きてる。それだけ。だって生きてるんだもんよ。
石が道端に転がってて、空に雲が浮かんでいるのと同じように、自分はここで生きている。
それは当然で当たり前で、誰も非難や否定することはできない。誰もその権利を侵害することはできない。
だから法律では自己防衛を認めてるんだし、理不尽に命が奪われる戦争を非難するんだし。
「そして美味しいご飯を食べるということは、より素晴らしい生を送るということに他なりません。貴女は、生きて素晴らしい人生を送りたいと願った。それは誰もが持つ願望です。何もおかしくはない。誰も貴女を非難することはできませんよ」
美味しいものを食べるために生きてるっていうのは、『生きる』ことの本質にかなり近いんじゃないかと思う。
贅沢? 強欲?
うっせぇわ! 他人の人生に口出ししてんじゃねぇ! アナタが思うより真実です!
と、俺は思うんだけど。
おうっ!? なぜ泣く!? しかもボロボロと、これが滂沱ってやつか!
おおうっ!? 抱き着かれた! 胸が、立派なお胸様が! イヤッホォッ! じゃなくて!
「ありがとう、ありがとう! あたし、ずっと自分がズルい女なんじゃないかって、卑怯なんじゃないかって、でも、でも!」
ああ、そういうことね。誰かに自分を肯定してもらいたかったと。ずっと不安だったんだろうなぁ。
あっ、それを紛らわすための仕事か。何かしていれば、それを生きる理由に出来ると思ったのか。
「いいんですよ。貴女は貴女の思うように生きていいんです。貴女の人生は貴女の物です。これからも美味しいものをたくさん食べて幸せになりなさい」
「はい! あ、ごめんなさい、服が!」
「お気になさらず。女性の涙を受け止められるなんて、この服は今までで一番幸せな使われ方をしてますね」
「もうっ、マーリン様ったら! うふふっ」
どうよ、英国紳士っぽい受け答えだろう?
うむ、泣き止んだな。これも話術の効果か? よく分からんな。まぁ、どうでもいいか。
「あの、マーリン様? それでお仕事の話なんですけど、やっぱり服を作りたいんですけど、その、あの貰ったホットパンツ? とかチューブトップ? みたいな、あまり露出の多いものはちょっと……」
もじもじする美女もいいなぁ。お胸様が腕に押されて変形しておられる。眼福眼福。
「お好きに作られて結構ですよ。それも生きるということでしょう」
「はい! ……でも、その、あの……ふたりだけの時ならアレを着てもいいかな、なんて……」
「は?」
「い、いえ、なんでもありません! それじゃ、道具と素材、よろしくお願いします!!」
顔を赤くして走っていってしまった……。
えっ?
もしかして今、マーリンに巨乳ルートのフラグが立った?
マジか?
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