064

「どうですか、ギー殿。順調ですか?」


 マーリンは穏やかなスキンヘッド紳士キャラ。紳士だから、もちろん眼鏡。オーバルフレームがよく似合う。


「マーリン殿! 見てくれ、この剣を! 教えてもらった折り返し鍛造と芯金、焼き入れと焼き戻しで、こんなにも硬く、鋭く、粘り強く、そして美しい剣が打てた! 間違いなく、オレの鍛冶師人生の最高傑作だ!」

「お、おう、そうですか。それはなにより」


 近い近い! 汗だくでそんなに顔を寄せるな、俺にそんな趣味はねぇ!

 ってか、ギーってこんなキャラだったか? 無口で寡黙な不愛想キャラじゃなかったか? 名持ちになってから妙にテンションが高いぞ。

 まぁ、こっちの要望には応えてくれるし、反抗的でもないから俺としては文句はないんだけど、ちょっと暑苦しい。

 打ったという剣は……すげぇな、もうこれ美術品じゃね?

 波打つ波紋が妖しく鈍色に光を反射して、なんだか吸い込まれそうな感じがする。けど、拵えは質素で武骨で、実用品として作られているのは間違いない。


「しかし、まだ上を目指せそうなんだ! まだ何か工夫の余地があると鍛冶聖術が言っているんだ! 何処を変えればいいか、何かアイデアはないか!?」


 だから近いってよ! 汗臭いんだよ!


「ふーむ。焼き入れの時の水の温度で出来が変わると聞いたことはありますね。具体的にどれくらいの温度なのかは分かりませんが」

「水の温度か! なるほど、それはありそうだ! 他には!?」

「そうですね……複合素材というのはどうでしょう? 鋼だけではなくもう一種類、ニッケル合金等を重ねて折り返し鍛造するという技法ですね。ウーツ鋼、またはダマスカス鋼などと呼ばれる素材になります」

「複合素材! なるほど、なるほど! それなら粘りと硬さが更に上がりそうだ! 感謝する、マーリン殿!」


 まぁ、ヲタクの持っている知識ではこれが限界だ。ぶっちゃけ、ゲームとネットで得た刀鍛冶の知識だからな。実際には打ったことがないから、細かいアドバイスなんかは無理! あとは自分で頑張ってくれ。


「では、それに使えそうな素材をお渡ししておきましょう。いつもの炭素鋼に、これがニッケル合金でこれがチタン合金、それとこれはクロム合金。あと、これは使えるかどうか分かりませんが、とても硬くて重いタングステン合金です」


 こういう合金までは錬金術で作り出せるんだよな。金属の含有率とかは分からないけど、技能スキルに任せるといい感じの物が出来る。

 でも、剣や槍にするのは無理。細かい成型ができない。立方体の塊までが限界。

 しかし、ステンレスってクロムと鉄の合金だったんだな。作ってみるまで知らなかった。クロム原石が赤いって事も、錬金術で抽出するまで知らなかった。身近にあるものでも、知らない事は多いんだな。


「おお、助かる! これなら色々試せそうだ! おい、アローズ、ライアン! 寝てる場合じゃねぇぞ! 大槌の用意をしろ!」


 あれ、訓練場に居ないと思ったら鍛冶場ここにいたのか。かなり疲れてるな。ギーにこき使われてたっぽい。


「ええ~っ、ちょっとは休ませてくれよ、おやっさん」

「何言ってやがる、てめぇの剣を打つためだろうが! 手伝いくらいしやがれ!」

「いや、その剣で十分だぜ。軍の佐官だって持ってねぇよ、そんな上物の剣」

「うるせぇ、あんなクズどもは関係ねぇ! 俺は大魔王様のために世界一の剣を打ち続けると決めたんだ! てめぇも大魔王様の手下なら手伝いやがれ!」

「やれやれ、それを言われては仕方がありません。剣を打った後は、私の槍もお願いしますよ?」

「おう、任せとけ! 鋼鉄の盾だって貫ける槍を打ってやらぁ!」


 こっちはしばらく放っておいても大丈夫そうだな。ギーがまとめてくれそうだ。アローズとライアンは鍛冶師の弟子になりそうだけどな。

 あー、そんなにインゴットを抱えて、腰ヤッちゃわないようにね。


「ところでギー殿、頼んでおいたものは出来てますか?」

「おう、裏に積んである。持って行ってくれ」

「ありがとうございます。では頂いてまいります」


 あったあった、鉈に鍬に鋤に鋸。農具はこれで十分だな。鉈の刃先もよく研がれて……って、うわっ! 撫でただけで皮が削げた、危な!

 鍛冶聖、すげぇな。只の鋼がここまでの刃物になるのか。

 ……あれだけの知識と素材を渡して良かったんだろうか? また何かヤバいものを生み出してしまったり?


 まぁいいか! 所詮鍛冶だからな。出来ても魔剣か聖剣くらいだろう。ゲームならよくある物だ。大した問題にはならないさ!

 さぁ、俺は楽しい農業に行ってこよう! 不安なんて土に埋めて忘れてしまえばいいのさ!



「喰うな」


 ベシッ!


「プギッ!?」


 というわけで、農具を持ってやってきましたオークの集落。

 先ずは食料の自給、つまり農業だろうと思って早速オークたちに畑を作らせてるんだけど、こいつら、すぐに種イモを喰おうとするんだよな。

 今まで採取生活だったから食い物が有ったら喰っちゃうのはしょうがないんだけど、それじゃ未来さきがない。人口も頭打ちになるし、自然に左右され過ぎてしまう。

 穏やかに生きていくには、農業は必須だ。ネコ耳たちもそうやって生きてるわけだし。

 問題は動物性たんぱく質か。今は俺が獲ってきたエビやカニ、アノマロカリスを喰わせてるけど、いずれは自分たちで確保できるようにしないとな。酪農か……ヤギくらいしかいないんだよなぁ。

 よし、種イモは植え終わった。次は水やりだ。ほら、柄杓と桶。水はあの苗木に出してもらえ。

 ん? 何していいか分からない? こうするんだよ、ほら。こう、水を全体に行き渡るように、ブワッとな。

 んあ? なんだ? ああ、なんでこんなことするのか分からないのか。そこからか。

 と言ってもなぁ。言葉も通じないんじゃ説明しようがないよ。農業を教える前に、先ずは言葉を教えた方がいいかもしれん。

 はぁ、先は長そうだ。

 だから、種イモを掘り返して喰うなってば!


 ベシッ!


「プギッ!?」

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