067

 ほう、これが王国の王都か。あの高台にあるのはお城か? まだ結構な距離があると思うんだけど、デカいな。

 お城は白いって勝手に思ってたけど、ここのは白くないんだな。赤茶のレンガ色だ。これはこれで悪くない。三倍速そう。速いお城ってなんだ?

 城壁は無いんだな。ここまでずっと農地だったけど、まばらだった民家が徐々に増えて農地が無くなって、ここはもうすっかり街って感じだ。境目がなかった。

 けど、農地に入ったところで支配領域が変わったのは感じた。この支配領域は結構な広さがありそう。その支配権を持つのはあそこにいる王様か。ふむ。


「ここまで来ると帰って来たなって感じがするわ」

「城壁は無いんだな。魔物の襲撃は大丈夫なのか?」

「うふふ、王都に来た人はみんなそう言うわね。大丈夫よ、王都の周辺には一匹の魔物もいないから。私や騎士団で狩り尽くしたのよ」

「そりゃ凄い。さすがは勇者様だな」

「ふふっ、ありがとう、頑張った甲斐があったわ!」


 女勇者ナオミの腰に手を回して後ろから話しかける。隣を並走する地味眼鏡君からの殺気が凄い。

 いや、しょうがねぇじゃん! 俺、馬になんて乗れねぇし!

 道中の街で馬を調達したはいいけど、俺が馬に乗ったことがないって言ったら『じゃあ、私の後ろに乗ればいいわ』ってナオミが言うからさぁ。そう言われたら乗るしかないじゃん。

 多分、乗ろうと思ったら乗れるとは思うんだよ。体術も調教もあるから。けど、誰かの後ろに乗せてもらった方が確実じゃん? ナオミたちは大分消耗してたから、早く王都に帰りたかっただろうし。

 うん、しょうがないしょうがない。ぐふふ。


 しかし、そうか、魔物は駆逐されたのか。仕方がない、これも淘汰だ。生存競争は厳しいのだ。負けたものは消えるしかない。

 大魔王おれも生き残るためには手段を選んではいられない。できることはなんでもやってやる! 何をやるかは行き当たりばったりだけど。


「王都にいる間は私の屋敷に泊まるといいわ。ほら、あれが私の屋敷よ」

「ほう、大きいな。大したもんだ」


 マジでデカいな。高さは俺の本体の方が大きいけど、広さはこっちの方が遥かに広そうだ。見た目もなんか観光地のリゾートホテルっぽい高級感がある。一泊おいくら万円ですか?

 で、でも敷地面積はこっちの方が広いもんね! 盆地も山も森も砂漠も、全部うちの庭だし! 畑もあるし、ブタやネコやヤギやワシもいるもんね!


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「「「おかえりなさいませ」」」


 ぐはっ! うちに執事はいない、それも『ザ・執事』って感じのお爺ちゃん! 負けたーっ!

 で、でもメイドさんならうちにもいるもんね! この間作ったメイド服はクリスもお嬢さんもお姉さんも着てくれてるし!

 というわけで、メイド勝負は引き分け……いや、スカートの丈の短さでうちの勝ちだ! 膝上ミニスカに勝てるのはヘソ上しかあるまい! それ、履いてないって? それともめくれてる? めくっていい?


「ああ、皆ご苦労。こちらは旅の中で世話になった傭兵のエグジー殿だ。しばらく我が家に逗留いただくことになった」

「エグジーです。よろしく」

「私は身支度を終えたら城へ上がる。あとはよろしく頼むぞ、爺」

「かしこまりました。ではエグジー様、こちらへ」


 爺、本物の爺か! 駄目だ、これは敵わん、完敗だ!

 うちにも爺ちゃんはいるけど、俺と同い年だからな。っていうか俺だし。


「じゃあ、またね、エグジー」

「ああ、またな、ナオミ」


 笑顔で手を振る様子は普通の女の子なんだよな。とても勇者とは思えない。

 俺も大魔王には見えないだろうから、一緒だな。


 ほほう、中もリゾートホテルっぽい。っていうか、リゾートホテルが貴族の屋敷を真似してるのか。似てて当たり前だな。

 でも、窓ガラスは微妙。丸いガラスを組み合わせたような作りで、波打ってて外が見えづらい。光は入ってくるけど、せっかくの庭がよく見えないじゃないか。

 もしかして普通の板ガラスって普及してないのか? 俺は錬金術で作れちゃったから地下の街とか本体とかにはめ込んだんだだけど、オーバーテクノロジーだったか?

 でも、ライアンたちは何も言ってなかったな。王国には無いってだけかも。


「……お嬢様は若くして勇者となり、このコナーズ家を御継ぎになられました」


 おうっ!? いきなり話し出すなよ爺ちゃん。しかも前を向いたまま。男は背中で語るってか?


「旦那様と若様がお亡くなりでしたのでそうせざるを得なかったのですが、それからというもの、勇者として全国を飛び回る日々……その重責が如何程のものか、卑小なるこの身には察することもできません」


 俺らの世界の勇者は民家のタンス漁ったりきわどい水着に喜ぶだけの下種だったけど、この世界の勇者は大変かもな。魔物倒しても金貨落とさないし、肉を取るにも解体しないといけないし。

 俺も最初は苦労したよ、解体。皮が剝げなくてさぁ、すぐボロボロになっちゃうの。まぁ、すぐに並列思考で最適化して、綺麗に剥けるようになったけどな。天才かな!


「そこにこの度の大魔王出現でございます。日に日に深くなるお嬢様の眉間の皺に、使用人一同、心を痛める毎日でございました」


 あー、ごめん。なんかごめん。

 けど、俺もなりたくて大魔王になったわけじゃないんだよ? 文句は天の声さん……っていうか、この世界のシステムに言って。神様……ではない気がする。知らんけど。


「しかし今日、久しぶりにお嬢様の笑顔を見ることができました! 御幼少の頃のままの、屈託のない笑顔でございます!」


 うおっ!? 急に振り向くなよ、びっくりするだろ!

 っていうか、旅の間はよく笑ってたぞ? 俺の紳士ジョークに大爆笑だった。その分、地味眼鏡君の眉間の皺は深くなってたけどな。


「貴方様に向けるお嬢様の笑顔は信頼の証にございます。勇者となられて以来、頼られるだけであったお嬢様が貴方様を頼っておられるのです。どうかその信頼を裏切らないでいただきたい! 老い先短いこの爺の、最後のお願いにございます!」


 近い近い! なんなの? この世界では歳を取ると近くに寄って熱弁をふるう文化でもあるの?


「あー、私は傭兵ですので、報酬分以上の仕事に関してはお約束致しかねます」

「……左様でございますか」


 おいおい爺ちゃん、そんなあからさまに肩を落とすなよ。俺が悪いみたいだろう? まぁ、俺が大魔王になったのが原因だけどさぁ。


「しかし、我らが傭兵団には『常に紳士たれ』という不文律があります。紳士たるもの、女性や子供を守らずして如何しましょう?」

「そ、それではっ!?」

「微力ですが、私の手の届く範囲でナオミさんをお助けしましょう。私も、女性の顔には眉間の皺より笑顔が似合うと思いますから」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いいたします! さぁ、こちらのお部屋をお使いください、当家で最上級の客室にございます!」


 おー、すげぇ! 一階の角部屋スイートか! うはっ、絨毯の模様が細かい! 踏んでいいの? 汚したらいけなくない?

 ベッドもフカフカだ、身体が沈む! シーツも白くて清潔だ、染みひとつない! 途中で泊まった宿のベッドは、酸っぱい臭いがして染みだらけだったからな。


 ……はぁ、軽はずみな約束しちゃったかなぁ。

 けど、勇者も執事の爺さんもいい奴なんだよなぁ。こんなどこの馬の骨とも知れない大魔王を信頼してくれてるんだもんな。あんなお願い、断れるわけがない。

 でも、俺は大魔王であっちは勇者。敵対する運命だ。

 うーん、どうすればいいのやら。

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