069
おお、広い! 野球場が四面くらい取れそう。ここでこの国の騎士団が訓練してるのか。
あっ、馬に乗ってる。そうか、馬を走らせて訓練するなら、これくらいの広さは必要だよな。
角は生えてないな。いつぞや見た、あの角の生えた馬は見間違いだったんだろうか? まだ盆地内に居ると思うんだけど、発見できてないんだよな。もし見つけたら捕獲して移動の足にしたいな。調教があるからなんとかなると思うし。……豚以外も調教したい。
「あそこよ、エグジー」
ああ、人が集まってるな。二十人くらいが整列してる。その前にひとりだけ立ってるけど、『覚悟のあるやつは一歩前へ出ろ!』ってネタじゃなければ、アレが騎士団長だろう。
「来たか。そいつがそうなのか、ナオミ?」
「ええ、彼がエグジー、傭兵よ」
「エグジーだ」
ふむ、結構いい体格をしている。百九十くらい、ゴリマッチョ一歩手前ってところか。百キロは超えてるんじゃないかな? 多分アラフィフくらいだと思うんだけど、その歳でその体型を維持してるのはすげぇな。
それにおヒゲがワイルドだ。えーと、あれだ、板垣退助ヒゲ。顎の先から左右にシュピーンって伸びてるやつ。なんでよりにもよってソレにしたの?
でも退助みたいに真っ白じゃなくて、黒の中に白いのが混じってるな。よく見ると髪もだ。まだ襲撃されて死ぬことはなさそう。
「ふんっ、ナオミが推すからどんなヤツかと思ったが、そこらに居る若造と変わらんではないか。とても勇者の副官が務まるとは思えんな!」
「そんな事ないわ! 彼はカクタスマンの群れをひとりで蹴散らすほどの
「ナオミを疑うわけではないが、この身で確かめんと納得できんな。おいっ!」
「はっ!」
俺のことで揉めてるんだけど、俺は話に入っていけないこの状況。なんだろう、冷める。
騎士団長に声を掛けられた騎士? 従者? がでっかい剣を持ってきたけど……あれって、実剣じゃね? 刃引きされてなくない? 模擬戦じゃなかったっけ?
「ナオミ、この国じゃ模擬戦でも実剣を使うのか? 俺には、アレは刃引きされてないように見えるんだけど?」
「え? っ! ザルバ、これはどういう事!? 訓練場での実剣使用は陛下の許可が必要なはずよ!」
ああ、やっぱり普段は刃引きなり木剣なりを使うんだな。騎士たちも木剣を提げてるし。
それと、騎士団長の名前はザルバって言うのか。なんか魔戒騎士の指に絡みついてそうな名前だな。
そういえば、最後がア行で終わる名前は女性名だって聞いたことがあるけど、この国では違うんだろうか?
まさか! こんな厳ついヒゲ親父が実は女!? ……うん、ないな。単なる文化の違いか。
「陛下の許可なら取ってある。ナオミが言う通りの手練なら実剣でも問題なかろう。ワシの剣などかすりもしまいよ」
うわ〜、にちゃあっとした嫌な笑い。サブイボ出るわ。まぁ、出ないんだけど。
なんか、相当な恨みを買ってるっぽいな。俺、このおっさんに何かしたっけ? 身に覚えがないんだけど?
あわよくば亡き者にしてやろうって意図が全く隠されていない。丸出しのモロダシだ。お巡りさん、ここに変質者が居ます! 俺です。
「そんな! なんで!?」
「いいさナオミ。実剣だって分かってればいい。確かに危険だろうけど、騎士団長殿の言う通り、当たらなければどうということはないさ」
「でも、エグジー……」
バイ赤い彗星の人。通常より三倍速く動けばなんとかなるだろう。
「ほう、言いおる。だがワシの剣はそれほど甘くないぞ?」
「それは手合わせすれば分かることだ。それじゃ、俺も刃付きの槍を使っても?」
「おっと、許可を取ったのはワシの剣だけだ。キサマはその木の槍を使うがいい。ガハハハハッ!」
うわっ、セコッ! 自分だけ実剣使って、俺には木槍を使えってか! どんな手を使ってでも俺を葬ろうってわけだな? そこまで開き直られると、いっそ清々しいわ!
まぁ、別にいいんだけどね。この木の槍も俺の身体の一部から切り出した逸品だし。サボテンの爆発にも耐えられる業物。いやぁ、スネ毛毟りの痛みに耐えるだけの価値はあったよ。見た目はただの先が尖った棒だけどな。
「なっ!? 卑怯よザルバ! 貴方には騎士の誇りは無いの!?」
「何を甘い事を! これから戦う相手は大魔王なのだぞ! 綺麗事を言って手を選んでいられる余裕があると思っているのか!?」
「そ、それは……でもっ!」
「ナオミ、いいんだ。ありがとう。俺は大丈夫だから」
「エグジー……」
どっかで割り込まないと、二人だけで話が進んでいっちゃいそうだからな。俺、当事者だよな? 俺が中心だよな?
「ぬぐぐぐ……良し、それでは処刑、模擬戦を始める! 各員配置につけ!」
「「「はっ!」」」
今処刑って言ったか!? 言ったよな! こいつ、マジで俺を殺しに来てるぞ! もう殺意モロダシどころか全裸だよ! お巡りさん、色んな意味でコイツです!
騎士団員が配置……って、俺とおっさんを囲む円陣か。ランバージャックデスマッチってやつだな。ふーん。へー。
「勇者様はこちらへ」
「エグジー!」
ナオミが騎士団員のひとりに腕を取られて、円陣の外へと連れ出されていく。笑顔で手を振っておくか。大丈夫ですよー。僕は紳士ですよー。服着てますよー。
「それでは模擬戦を始めます。双方準備はいいですか? では……始めっ!」
どこかで見たような地味顔君……ああ、ナオミの偵察に同行してた彼か。騎士団員だったのね。いや、そりゃそうか。雑兵が勇者に同行するわけないよな。
「ふんっ!」
俺が槍を構えるより早く、ザルバが剣を袈裟懸けに振り下ろしてくる。大剣の重量を活かした見事な振り下ろしだ。
でも俺は半歩下がってそれを避ける。警戒したか? ザルバも下がったな。
「ほう、よく避けたじゃないか。腕の一本くらいは飛ばせると思ったんだがな」
「アレ? 模擬戦だよな? いいのかい、そんな大怪我させて?」
「訓練の中での怪我など珍しくもない。不幸な事故が起きることもな!」
今度は突き! からの切り上げ! このおっさん、言うだけある! 結構速い!
でも避ける俺! 秘技マトリッ○ス避け、再び!
フハハッ、遅い遅い! こちとら槍聖と日々訓練してるんだ! 名持ちでもないおっさんの剣なんてハエが停まって見えるぜ! そんな根性のあるハエは居ねぇけどな!
「ぬう、気色の悪い避け方をしおって!」
ぬふふふ。体術を手に入れてから更にキレが増してるからな。もうクネクネのブルンブルンですよ! ちょっとダンシングフラワーっぽい?
おっと、空振り続きで疲れたかな? ザルバが下がった。
「ふう……確かに、避ける技術は高いようだ。気色悪いが。しかし、なぜ攻撃してこない! 打ち込める隙はあっただろう!」
「ん? だって、俺に求められてるのはナオミの副官としての能力だろう? つまり、ナオミを守るための力だ。それを見たいんじゃないのか?」
「エグジー……(ぽっ)」
おっと、またナオミの好感度を上げてしまったな。この分だと、我慢しきれなくなったナオミが夜這いに来るのも時間の問題だ。やれやれ、俺のプレイボーイっぷりにも困ったものだ。落としたのはギャルゲーの女だけどな。
「ぐぬぬぅ、そうやってナオミを誑し込んだのか! 我が息子の嫁にと見込んだナオミを! キサマが!!」
おっと、さっきよりも剣が速くなった。まだなんとか見切れるけど、足を止めての○トリックス避けは難しくなった。普通に避けよう。
ってか、それが恨みの理由? いやいや、待ち給えよ? まさかの色恋沙汰?
「あー、息子さん?」
「そうだ! キサマが居なければ、我が息子サイモンが副官になる予定だったのだ! そうすれば仲の良くなったサイモンとナオミが結婚して、我がジュリオ家の将来も約束されていたものを! それを、キサマが!」
右、左、袈裟懸け、逆袈裟、速い速い、喋りながらよくこの速さで剣が振れるな。おっと、切り上げと見せかけて足元か。フェイントも上手い。ナオミより剣が巧いっていうのは本当かもな。
けど、それは俺が悪いのか? 恋は先着順じゃないですよ?
いや、怒りのぶつけどころが俺しかないのか。いやはや、プレイボーイは辛いね。
「息子もナオミに惚れている! キサマさえ居なければ、全てが丸く収まるのだ!」
「ちょ、父上!?」
うん? ああ、地味顔君がサイモン君だったのか。まぁ! 顔を赤くして、初々しいこと。
でもなぁ、こっちは命がかかってるのよ。生命の危機なわけ。
ぶっちゃけ、アンタの息子の恋愛なんて知ったこっちゃねぇんだよ。
「悪いな、こっちにも譲れない理由があるんだ。ナオミの隣は譲れねぇ」
「エグジー……(キュンキュン)」
おっと、また好感度を上げちまったか? なんて罪作りな男だ、俺って奴は。ふっ。
「なにを! おっ、おおっ!?」
木槍の石突きの方でザルバの
仮にも騎士団長だから、怪我をさせると面倒なことになるかもしれん。まぁ、今も十分面倒になってるんだけど、これ以上となると付き合ってられない。
「くうっ、舐めるな!」
俺の攻撃が致命的じゃないと割り切ったか。ザルバが打たれながら横薙ぎに剣を振る。
けど、そもそも間合いは槍のほうが広いんだよね。半歩下がれば当たらない。
そして剣を振り切ったね? 隙だらけだよ?
大きな踏み込みからの右掌底!
「ガッ!?」
からの背撃!
「グウッ!」
そして振り向き様に槍を手放して双虎掌!
「ガハッ!」
これぞかの有名な八極拳コンボ、崩撃雲身双虎掌だ! ゲームじゃトレーニングでも成功率二割だったけど、まさか実戦で完璧に決められるとはな! 俺は本番に強いタイプなのかも!
ザルバは吹き飛んで囲みの騎士の中に突っ込んだか。まぁ、鎧を着てるから大きなダメージはないだろう。
けど、まだ立つようなら容赦はしない。今度はスーパーワシントン条約コンボで完璧に沈めてやる。希少生物、大魔王を舐めるな!
「ぐう……なかなかやりおるわ。しかし、ワシもこのまま引けん! 奥の手を出させてもらうぞ! やれ!」
囲みの騎士たちが腰の木剣を抜く。まぁ、ランバージャックの時点でそうだろうとは思ってたよ。予測済み。
さて、それじゃ第二ラウンド開始……って、ああっ! さっきのコンボで槍を手放しちゃってた!
あっ、ちょっ、サイモン君、それ俺の槍! 持って行くなよ、返せ!
あわわ、どどど、どうしよう!?
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