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 オバサンの風魔法が闘技場に小さな竜巻をいくつも作り出した。こっちにまで巻き上がった砂が飛んでくる。髪が汚れるからやめてほしい。


「フヒハハァッ! これが姉上だ! 皇国貴族でも有数の剣の使い手にして風魔法の権威! 名持ちに最も近い【皇国の黒薔薇】! その武威に恐れ慄け田舎領主!」


 子爵ファッションモンスターが何か喚いてるけど、風の唸りでよく聞こえない。まぁ、何か自慢してるんだろう。『僕のお姉ちゃんは凄いんだぞ!』って感じか? 姉弟の関係性が透けて見えるな。透けても見たくないけど。透かして見るのは美女美少女に限る。


 シャリムは……闘技場の中央で棒立ちだ。けど、特に困ってるとか焦ってるとか、マズいって感じじゃない。口元には軽い笑みが浮かんでるから、この状況を楽しんでいるのかもな。まだ余裕がある。

 まぁ、シャリムには奥の手がある。確かに、まだピンチじゃない。


「はははっ! アンタは確かに速いよ! アタシじゃ目で追うことすらできやしない! けど、この荒れ狂う砂塵の中じゃその速さが命取りだよ!」


 老眼か? 歳を取ると目にくるって言うしな。そういうことじゃない?

 オバサンが左手で闘技場に落ちていた小石を拾って、手近な竜巻に放り込む。小石は竜巻の中で加速され、はじき出されてシャリムに向かって飛ぶ。

 顔に向かってきた小石を、わずかに首を傾けて避けるシャリム。しかし、ほんの少しだけかすったようで、頬に僅かな赤い筋ができる。


「ああっ、シャリム様のお顔に傷が!?」

「酷い!」

「ババァ56す」


 メイド三人衆がそれぞれ悲鳴をあげる。ってか、三人目の黒髪ポニテ眼鏡メイドの目が怖い。子どもならチビるぞ? こいつ絶対本職はメイドじゃないな。スカートの中からマシンガンを出してきても驚かねぇぞ俺は! スカートの中覗き込むぞ!


「この竜巻の中には無数の小石が舞っている! その中を高速で動けば、飛んでる小石に自分からぶつかっていくことになる! 鎧を着ているアタシならともかく、裸のアンタは怪我じゃ済まないだろうねぇ!」


 闘技場の竜巻が一回り大きくなる。このまま自分ごとシャリムを飲み込んで、ダメージ勝ちに持ち込もうって腹だな。なるほど。

 一方的にやられて激昂してるかと思ったけど、意外に冷静じゃないか。伊達に歳は食ってないってわけだ。


 竜巻が徐々に大きくなっていく。もう逃げ場はない。このままではシャリムのダメージ負けだ。いや、竜巻に巻き上げられたら命の危険すらある。普通であればギブアップする場面だ。

 そう、普通であれば。シャリムは普通じゃない。普通ノーマルじゃなくて変態アブノーマルだ。


「素晴らしい! 自分もダメージを負う覚悟での、奥の手の行使! その闘いへのストイックさ、称賛に値します!」


 再び竜巻から猛スピードで飛び出してきた小石を、シャリムがヒョイと左手の指先で摘まむ。その口元には、はっきりと笑みが浮かんでいる。


「では、その覚悟を評価して、こちらも奥の手を出させていただきましょう」


 摘んだ小石を、シャリムはその指先の力だけで粉々に砕く。

 やる気か。ついに奥の手を見せるのか。見せてしまうのか。


「なにっ、まさか!? いや、ハッタリだね! この状況から抜け出せるはずがない! アタシの勝ちは揺るがないよ!」

「ふふふ。それはその目で確かめてください。もっとも、見えれば、ですがね」


 シャリムが綿パンのボタンをプチンと外す。そして左足が前の半身になり、左手でオバサンを指差す。


真・脱衣ハイパーキャストオフ


 その穏やかな一言が発せられた瞬間、闘技場が眩い閃光に包まれる! 光源はもちろんシャリムだ!


「な、なにっ!?」

「くあっ、目が、目がぁ!」


 何が起きるか知っていた俺、そしてシャリム以外は、軒並み視界を奪われたみたいだ。

 ……ハッ!? この隙にコッソリ乱入して勝負を決めてしまえば……いや、立会人もグルだしな。見てなかったから無効とか反則負けとか言われたら困る。しょうがない、大人しく見るだけにしておいてやるか。

 それに、当の本人シャリムがそれを望んでないしな。今も闘技場の中央でオバサンの視力が回復するのを待っている。


「クッ、まさか光魔法による目眩ましとはね。けど、この隙に攻撃しないなんてアンタ、アタシを舐めてるのかい?」

「いえいえ、光魔法なんてタダの前座ですよ。本当の本気をお見せするのはこれからです」

「言うじゃないか。じゃあ、その本気とやらをじっくりと……」

「ええ、御覧ください」


 オバサンが目元を押さえていた手を離し、シャリムを見る。見ちゃう。見ちゃった。

 そして絶句。うむ、さもありなん。


 シャリムは全裸だった。


 いや違った、靴下だけは履いている。白いふくらはぎまでの丈のソックス。それ以外は何ひとつ身に纏っていない。

 しかし、全てを曝け出しているわけではない。局部、そして胸の先は白い光で隠されている。深夜のセンシティブなアニメで使われているアレだ。これで地上波でも安心。


「これが僕の全力全開! シャイニングフォームです!」


 局部が光ってるからシャイニングフォーム。もちろん名付けは俺。自重なし!


『なぜ靴下を脱がないのじゃ?』

『脱衣技能スキル保持者としては、最後まで脱げるものを残して置かなければいけないと思いまして。脱ぐものが何もなくなったら、もう脱げなくなってしまいますから』


 という理由で、靴下だけは残しているらしい。靴下を脱ぐのは、本当に最後の最後だそうだ。けど、他に何か身に着けていれば、靴下は脱いでもいいらしい。変態の理屈はよくわからん。

 というか、それってどういう状況? 風呂では流石に全裸だよな? シャンプーハットは衣装に含まれる? 腰にタオルを巻いて入るのはマナー違反ですよ!


「な、ななななぁっ!?」

「こうなった僕は、もう無敵です」


 ああ、無敵だろうともさ。最後の一線を越えちゃった変態さんだもんな。誰も敵に回したいとは思わないだろう。関わり合いになりたくない。変態の相手はおまわりさんにお願いしたい。おまわりさん、あいつです!

 けど、この世界のおまわりさん、官憲の役目は領主に一任されている。つまり、この街ではシャリムがおまわりさんだ。その筆頭だ。


 ほぼ全裸の変態がおまわりさん。


 もうおしまいかな、この世界。

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