037

 おっと、またひとり力尽きたか。やっぱりヒトはもろいな。こんな砂漠に放り出されたくらいで死んじゃうんだから。まだたった四日だぞ?

 スキルなんてものがある世界だから向こうの人間よりも頑丈かと思ってたら、全然変わらないのな。極少数だけど、砂漠には虫やトカゲだって生きてるのに。虫けら以下の貧弱さかよ。貧弱貧弱ぅーっ!

 とはいえ、俺もヒトに転生してたら、こんな風に野垂れ死にしてたかもな。まったく、無駄死ににもほどがある。

 しかし安心したまえ、君たちの死体は、溶かして砂漠の緑化に有効利用させてもらうから。具体的に言うと俺の栄養になるんだけどな。君たちの犠牲は無駄にしないよ。

 あいつもそろそろ……あれ? あいつは野営地で歩哨してた片割れじゃないか? 泣き言を言う若いのをどやしつけてた方。髭面のオッサン。まだ生きてたのか。『ちょっとでも長生きして国から金を毟り取れ』みたいなこと言ってたもんな。なかなか生き汚そうな印象だった。


 ふむ。

 試してみる価値はあるか。

 今回はマーリンにしてみよう。ネコ耳をヒト耳にしてと。うむ、普通のメガネスキンヘッドのマーリンだ。うーん、普通だなぁ。まぁいいか。普通も大事。普通が大事。

 場所は……そうだな、あの地下都市にしよう。大魔王の本拠っぽいし。おっと、埃っぽいのは何とかしないとな。

 分身召喚! 街の全域に散って風魔法と水生成でお掃除だ! 濡らした新聞紙を千切って蒔くと、畳の埃が綺麗に取れますよ! 畳も新聞もねぇよ!

 風魔法のエアブロワーでも時間が掛かりそうだな。まぁ、オッサンが死ぬ前に完了すればいいか。別に死んでもいいしな。代わりは他にも居るし。


 よし、お掃除終わり! 料理といいお掃除といい育児といい、リアル家事スキルばかり上達していく気がするな、大魔王なのに。家庭的ドメスティックな大魔王ボンちゃんです。

 それではオッサンを攫うとするか。そしてあの地下都市へポイだ!

 あれ? これって俺がこの世界に拉致られた時と似てるな。オッサンが拉致られる案件って、実はよくあることなのか? ちょっとオッサンに親近感。


「……ここは……暗い、オレは死んだのか?」

「いいえ、アナタはまだ生きていますよ。ようこそ、忘れられた地下都市メトロシティへ」

「……アンタは? ……その恰好、大魔王の仲間か。そうか、オレは喰われるのか……」

「ヒトなんて不味そうなもの食べませんよ、先ずはこれを飲みなさい」

「っ! み、水!」


 うわっ、まだこんなに動けたのか! 脱力して気だるげだったのに! まぁ、それくらい喉が渇いてたってことだな。

 うんうん、一気に飲み干したね。温めた超すだち入りの薄味食塩水だ。美味しかっただろう? キキも偶に飲むお気に入りだ。

 そしてそのコップは俺のスネ毛毟りの賜物だ。あんまりチュパチュパ吸い付くなよ、変な趣味に目覚めちゃうだろう?


「飲んだようですね。では次はこれです」

「く、食い物!?」

「空腹で身体が弱っているでしょうから、今回はこのお粥だけです。ゆっくり味わって食べなさい」


 おうおう、そんなに震えながらだと落としちゃうぞ? そのお粥、キキ用の離乳食を薄めて塩を足したやつなんだからな。無駄にしたら許さん!


「……なんでオレを助ける?」

「まずはそれを食べなさい。話はそれからです」


 焦らずゆっくりな。その木皿とスプーンも俺のスネ毛毟りだ。安心して口に運ぶといい。くっくっくっ。


「ふうっ。……美味かった。けど、礼は言わねぇぞ?」

「ええ、結構ですよ。こちらもそのようなものは求めていませんので」

「ちっ! で、オレを助けた理由は?」

「偶々です。偶々、アナタが国に忠誠を誓っているわけではないと知った、それだけです」

「……森の中か。あの時から、もうオレたちはお前らの手の中だったってわけか」


 偶然だけどね! 本当に偶々、偶然。だからそんなに落ち込まなくてもいいんだよ? 髭面のオッサンが落ち込んでも慰めの言葉なんて掛けないよ? 掛けるのは追い打ちだけ。そしてダウンさせて起き攻め。ずっと俺のターン!


「それで、オレに国を裏切れと?」

「話が早くて助かります。理解力のある方は好ましいですね」

「……断る」

「理由を聞いても?」

「……」

「ご家族ですか? こちらへお連れしても構いませんよ?」

「家族なんざいねぇよ。親類とも縁は切れてる」

「では何が理由なんでしょう?」

「簡単だ。一度裏切った奴は信用できねぇ。信用できねぇ奴は、いずれ切り捨てられる。それなら今捨てられても同じだ」


 おー。

 いいね! 実にいい、面白い! こういうひねくれたオッサンは嫌いじゃない。

 きっと一筋縄ではいかない、山あり谷ありの人生を送って来たんだろう。酒を飲ませて聞き出したいな! 是非ともこちら側へ引き込みたい!


「なるほど。ではお聞きしますが、アナタは誰かを裏切ったのですか?」

「なに? いや、大魔王の配下になるってことは、国を裏切るって事だろう?」

「しかし、アナタは国に忠誠など誓ってはいない。でしょう?」

「そ、それは……けど、オレは国軍の兵士だ!」

「それは仕事です。仕事をして、働いて給料を貰う。当然ではありませんか」

「け、けど、オレは国の命で大魔王討伐に……」

「そういう仕事だった。しかし仕事は失敗して軍は壊滅、アナタは現在失職中です。なら、新しい仕事を探すべきでは?」

「オ、オレは……」

「アナタは誰も裏切ってなどいません。そして、これからも裏切らなければいい。それだけなのです」

「……」


 純朴だなぁ。この世界のオッサン、素直すぎる。俺の口先三寸で言いくるめられてるよ。そのうち技能スキルに話術が生えそうだ。いや、詐術かも。

 きっと、そういう免疫が無いんだな。現代日本みたいに情報が溢れてないんだろう。マスメディアが無いのかも。文明的には近代以前かもな。

 そうだな、オッサンを引き込めたらその辺の情報を聞き出すのもアリだな。酒を飲ませて聞き出すことが増えた。オッサンがアル中にならないように気を付けよう。


「……分かった。これからよろしく頼む」

「こちらこそよろしく」


 ――ヒューム(オス・二十六歳)を眷属にしました。


 よっしゃ! やっぱりヒトも眷属に出来るんだな! これで今後の方針に幅が持たせ……うん? 二十六歳?


 オッサンじゃねぇ、ニイチャンだった!

 騙された、裏切りだ! ヒネたオッサンだと思ってたのに!

 くそ、やっぱヒトは信用できねぇな!!

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