036

「なぁ、オレたち生きて帰れるのかなぁ」

「はっ、無理に決まってんだろ! ここを何処だと思ってんだ、『荒鷲のエサ場』だぞ? 魔王の領域だぞ! みんなあの鳥の腹に収まってお終いだよ!」

「そんなぁ……うぐぅ……帰りてぇよう。母ちゃん……」

「泣いて帰れるならいくらでも泣いてやるさ。けどな、オレらは兵隊だ。死ぬことも給料に含まれてるんだよ、あの安月給にな。悔しかったら、少しでも長生きして国から金を毟り取ることを考えやがれ」


 どうやらこれは雑兵の会話みたいだな。あそこに立ってる歩哨か。

 ネコ耳たちと言葉が違うな。言語理解があるから問題ないけど。

 便利だよな、言語理解。今ならTOEICで八百点台を取れそうだ。筆記がダメだからそれ以上は無理!

 というか、種族が違う? こいつら、普通のヒトだな。ヒト目ヒト科ヒトっぽい。ホモサピエンスかどうかは分からないけど。ホモサスペンスは新しすぎるので十年待ってください。

 これは種族的な違い? それとも国の違い? サンプルが少なすぎて判断出来ねぇな。まぁ、今はどっちでもいいか。聞き取れればよし。

 やっぱりこいつら、どこかの国の軍隊っぽいな。軍を組織できるくらいの国家があるっていうのはいい情報だ。勇者が居なくても王様とか大統領に押し付ければいいって事だもんな。

 けど、随分湿っぽい会話してるな。ガンモは随分恐れられてるっぽい。まぁ、空じゃ敵なしだもんな。素早く飛び回られたら弓だって当たらないだろうし。

 あれ? 本当に強そうだな。俺、そんな魔王を移動の足にしてていいんだろうか? まぁいいか、ガンモだし。


「今からでも逃げれば……」

「バカか! こんな魔境の真ん中で隊とはぐれてみろ、明日の朝には皮も残らねぇぞ! 見ただろう、あのバカでかい鎧熊アーマーベアを! あいつ一匹だけで隊の四分の一が戦死、三分の一が重傷だ。アレがこのあたりの雑魚魔物なんだぞ! ……オレらがちょっとでも長生きするには、隊の中に紛れるしかねぇんだ。誰かが自分の代わりに喰われるのを祈るしかねぇんだよ」


 イワシ的思考だな。群れの仲間が喰われてる間に逃げ延びるってか。随分追い込まれてるなぁ。

 鎧熊って、あの毛がカチカチのクマか。確かにあの毛は厄介そうだ。俺も戦いたくない。亜空間に収納して光魔法で焼く。

 けど、ガンモたちはアレをエサにしてたんだよな。やっぱ結構強いんだな、ガンモ。俺がペットにしてていいんだろうか? まぁいいか、ガンモだし。


「君たち、気持ちは分かるが、そういう話はもっと小声でしたほうがいいよ」

「っ! こ、これは『槍聖』様! 申し訳ありません!」

「いいんだ、言っただろう? 気持ちは分かるって。これから軍議だ。将軍閣下に撤退を具申しに行くところだよ」

「あ、ありがとうございます! ご武運を!!」

「ははは、ありがとう」


 槍聖ね。なかなかの身のこなしだな。自然体っていうか、動きに無駄や無理が全然なかった。ただ歩いてるだけでそれが分かるなんて、やっぱ達人なんだろうな。

 そういえば、あいつだけ鎧が違ってたな。ちょっと上等な感じだった。軍属じゃないのか? それとも上級将校とかで、カスタマイズが許されてるとか。赤い彗星仮面かよ。

 名前を聞いてみたかったな。とりあえず仮にカサバル=ネリマ=ダイコンさんと呼ぼう。仮面してなかったからな。まだカサバル兄さんだ。

 そのカサバル兄さんは……っと、いたいた。あのデカいテントか。聞き耳スキル、頼むよ?


「閣下、お呼びにより参上致しました」

「うむ、揃ったな。それでは早速軍議を始める。先ずは参謀、現状の報告だ」


 おっ、なんて都合のいい。この兵隊さんたちの目的とか国の情報とかが分かるかもな。分かるといいな! さぁ、吐け、吐くんだ!


「はっ。王都より進発してより、本日で十二日となります。現在地はここ、王国北部辺境の森林地帯、通称荒鷲のエサ場の、中央よりやや南部と思われます」

「思われるとはどういう事かね、正確な位置は分からんのか?」

「はっ、なにぶん辺境なもので、詳細な地図は作成されておりません。また、先の大震災によって地形が変わっている可能性もあり、旧地図の信頼性も確かではございません」


 ネコ耳たちも言ってたけど、地震はかなりの広範囲であったみたいだな。もしかして惑星崩壊の前兆だったり? あり得るな。早く何とかしないと。押し付けないと!


「頼りないのう。よい、続けよ」

「ははっ。昨日の野営地より進発し、ナリブ川沿いに北上して半日ほどで、先頭集団が上級魔物鎧熊一体と遭遇、これを撃退しましたが、この戦闘により兵二十七人が死亡、四十一人が重軽傷を負っております。現在の兵力は健常な者が三十二名、戦闘可能な軽傷が十二名、戦闘に耐えられない重傷者が十九名、動かす事の出来ない重体が十名となります。これには本会議に参加しておられる四名と小官は含まれておりません。以上が現状の報告です」


 えっと、二十七プラス四十一プラス三十二プラス五は……百五人か。軍事行動としては少ないか? 目的によるか。相手が少数なら百人でも十分、かも。演習ならこのくらいでもおかしくないな。

 けど、鎧熊にやられて半分がもう戦力外か。これって壊滅じゃね? 熊怖いな。熊くまベアベア言ってる場合じゃない。


「ご苦労、さて、それでは今後の方策であるが、何か意見はあるかね?」

「撤退すべきでしょう」

「槍聖殿!?」

「現状を客観的に見て、この遠征が成功する見込みはありません。この森ではありふれた魔物である鎧熊一匹でこの惨状です。このまま奥へ進めるとはとても思えません」

「しかし、それでは国の威信が!」

「私と少数の精鋭だけなら、この森の魔物を避けて中央大山塊まで辿り着けるでしょう。ですが、そこまでです。膨大な山越えの装備を持って行くことはできませんし、大魔王を倒す・・・・・・には戦力が少なすぎます。ここは一旦引くべきです」


 なにぃーっ!? カサバル兄さん、今なんて言った!? 大魔王おれを倒すって言ったか!?

 なんで、なんで、なんで!? どうして、どうして、どうして!?

 何故俺が討伐されなきゃいけないの!? ホワイ!? 俺、何かした!?


「ふむ、槍聖殿でも無理か」

「残念ながら。少数では、山を越えられても魔王の元まで辿り着けますまい。一度戻り、他国と協調して連合討伐軍を組織すべきです」

「ふむう」


 おいおい、やめてくれよ! 普通、魔王討伐には勇者とその仲間だけで向かうものだろう? なんで連合軍なんて話が出てくるのよ! 王様にヒノキの棒と革の服貰ってひとりで旅立てよ!

 俺が大魔王だからか!? 魔王以上だからか!? 女児パンツ作成はそんなに罪深かったのか!?

 やばい、これは危機だ。まさか問答無用で襲い掛かってくるのがモンスターだけじゃないとは思わなかった。しかも国ぐるみだよ、国策だよ! 俺の味方はネコ耳だけなのか!

 考えろ、俺。どうにかして大魔王が脅威ではないことを伝えねば。

 ぼく、悪い大魔王じゃないよ。

 いやいや、大魔王が悪くなかったら誰が悪いんだよ! 諸悪の根源だよ! そりゃ討伐軍も組まれるわ!

 いっそ逃げるか? いや、逃げるって、何処へ? 何処へ逃げても、俺が大魔王である限り追いかけられ続けるだろう。安住の地なんてない。


 相手は問答無用で襲い掛かってくる。

 逃げても追いかけて来る。

 ならば戦うしかない。

 そう、これは戦争だ。俺とヒトとの戦争なのだ。

 負ければ死ぬ、滅ぼされる。

 生き残るには、戦って、勝って、従えるしかない。


 そうか、これは生存競争か。俺がこれまでやってきた、ウサギやバッタ、モンスター共との闘いと同じか。

 やらなきゃやられる。喰わなきゃ喰われる。

 なら、やるしかない、生き残るために。俺はまだ死にたくない。

 そうだよ、俺は死ねない! キキが大人になるまで死ねない! まだキキと流れ星を見ていない!


 カサバル兄さんは撤退を主張してるけど、俺の討伐を否定してるわけじゃない。つまり、あいつも潜在的には敵だ。あのデカいテントにいる奴らは全員敵。いや、あの野営地にいる奴ら全員が敵だ。生かして帰すわけにはいかない。やはりカサバル兄さんとは敵対する宿命だったか。兄さん、どうして!?

 そうと決まれば、サクッとやってしまおう大魔王。うりゃっ! 野営地ごと亜空間! 大魔王空間に引きずり込め! ガオーッ!


「っ! これは!?」

「なんだこれは!? 何が起きた!?」

「くっ、身体は動くのに何も出来ん!」

「なんだあの巨大な魔物は!? あれはまさか、砂塵魔王!?」

「馬鹿な、なぜノイン大砂漠の領域支配者がこんなところに!?」


 おお、混乱してる混乱してる。

 そういや、ジャンボサボテンも亜空間に入れっぱなしだったな。あいつも魔王だったのか。いきなり戦闘はないだろうけど、手を出されて爆発されたら困る。さっさと処理するか。ぽいっと。


「こ、ここは何処だ! ……この荒れ地、まさかノイン大砂漠!?」

「まさか! 荒鷲のエサ場からノイン大砂漠までどれだけの距離があると思っているんだ!」

「し、しかし、この荒れ果てた大地は話に聞く大砂漠以外には……」

「ええい、それはいい! それよりもこの寒さは何とかならんのか! かがり火は、天幕はどうした!」

「あ、ありません! それどころか、水も食料も、武器も何もありません!」


 団体様、夜の砂漠にゴアンナーイ。お荷物はお預かりしておりまーす。

 ふふん。この劣悪な環境下でどれほど耐えられるかな? 着の身着のままで。

 まぁ、生きてこの砂漠から出られるとは思えないけど、一応大魔王おれからのメッセージを伝えておくか。

 アーサー、頼むよ。


「っ! 貴様、何者だ! いつの間にここへ現れた!?」

「初めましてじゃの、槍聖殿。ワシはアーサー、大魔王様配下のひとりじゃ」

「大魔王だと!?」

「老骨にこの寒さはきつくての、用件だけ手短に伝えるぞい。大魔王様は、無礼にも御身を狙おうという其方そなたらに酷くご立腹じゃ。よって、其方らの国を蹂躙することに決められた。もし祖国に帰り着くことが出来たなら、せいぜい守りを固めるよう進言するのじゃな」

「な、何!」

「そうそう、お主の持っておった槍じゃがな、ワシが預かっておいてやる故、返して欲しければ大魔王様の元まで来るがええ。ではの」

「ま、待て!」


 埋めておいた種の亜空間で瞬間離脱!

 これでよしっと。アーサー、ご苦労様。いいキャラしてたよー。俺だけど。


 やっちゃったな。でも後悔はしてない。反省もしてない。生存競争だからな。仕方ない。

 案外、ゲームの魔王もこんな理由で戦ってたのかもな。その立場になってみて、初めて分かることって本当にあるんだな。

 さて、これから忙しくなるぞ。これからが大魔王の本領発揮だ! 悪人プレイ開始だ! いや勝った者が正義なのだ、負けなければいいのだ! 正義の大魔王なのだ!

 大魔王の冒険はまだ始まったばかりなのだ!

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