085

「ナオミ! 大魔王が新たな技能スキルを獲得したのじゃ!」

「えっ、また大魔王が強くなったというの!?」


 うぬぅ、亜空間でも天の声さんの情報網からは逃れられなかったか。おそるべし、天の声ネットワーク。そして賢者のストーカー技能。

 まったく、俺のプライベートがのじゃロリに筒抜けだ。プライバシーが侵害されている。個人情報保護法の制定を切に希望する。


「うむ、最早一刻の猶予もないのじゃ! 彼の者が獲得した『変態』は『擬態』の上位互換、全く別の生き物に化ける技能なのじゃ! もしヒトに化けられたら儂でも見分けが付かんのじゃ!」


 へ? 化ける?

 ……あー、そういうこと? 芋虫から蝶に変わる的な意味の変態だったのか。ロリチッパイをフニフニするような奴っていう意味の変態じゃなかったのね。

 まぁ、自分の胸だったんだけどな。他人のロリ胸だったら、変態じゃなくて犯罪者だからな。セーフ。


 ん? ということは、これってもう人化できたってこと?


 ひゃっほーっ! やったぜ父ちゃん、明日はホームランだ! 自前のバットでアレやコレや、えっ、そんなことまで!? できちゃうじゃないですか! うひょーっ! ぐふふふ。

 おっと、妄想が暴走してしまったぜ。紳士らしくなかったな、反省。


「そんな、もし騎士団員と入れ替わられたら……」

「うむ、見分けがつかんのじゃ。最悪、戦闘が始まる前に後ろから刺されるかもしれんのじゃ」

「なんてこと……いったいどうすれば……」


 ごめん、もう既にここまで入り込んでます。貴女の隣にいるのが大魔王です。刺さないけどね。っていうか、貴女に連れられてここまで来てるわけですが。


「これから加わる新参者には注意を払う必要があるじゃろう。最悪、儂らだけでなんとかするしかないのじゃ」

「ますます厳しい戦いになるわね……」


 おう、お通夜みたいになってきた。湿っぽいのはともかく、暗いのはいただけないな。明るいほうが光合成できていいです。豆なので。


「走竜の狩場の件はどうするんだ?」


 のじゃロリちゃんがお持ち帰りしてた案件だ。何か代案は出たのかな?


「うぬぅ……腹立たしい限りじゃが、ここは皇国の思惑に乗るのが最も効率的なのじゃ。腹立たしい限りじゃが!」


 大事な事だから二回言った? 余程悔しかったと見える。


 皇国の思惑というと、領域支配者との戦闘は俺らに任せて、支配権だけ皇国の皇子に引き継がせるってやつだな。

 皇国は大きな出費なしに領域をゲットできて丸儲け、労力と被害を負うだけの王国は丸損という、圧倒的に不公平な思惑。

 だったら、せめてお金だけでもせしめてやろうってことで、俺たち傭兵がとどめを刺して支配権を横取りするって話だったはず。後で買い戻させるために。


 けどそれって、いうなれば単なる嫌がらせなんだよな。『ムカつくから意趣返しだ!』ってだけの自己満足。無理にやる必要は、ないって言えばない。


「仕方がないわね。できるだけ被害を出さないような作戦を考えましょう」

「むぅ、腹立たしいのじゃ」


 まったく。



 まぁ、大魔王様には関係ない話だけどな!

 むしろ、さっさとこのサバンナを攻略して皇国の思惑も王国の作戦も全部台無しにしてやるのだ!

 ふっ、戦いというのは、相手の嫌がることをやった者が勝つのさ。小技で固めてからの投げは基本です。

 というわけで、王国と皇国に嫌がらせだ! このサバンナは俺が頂くぜ!


 なんて言ってるうちに領域支配者発見! 多分こいつで間違いない。やっと見つけたぜこの野郎! いや、野郎オスかどうかは分からないけども。爬虫類は見分けがつかん。

 ひとまず、ローラー作戦は大成功だな! やっぱり戦いは数だよ兄貴!


 けど、事前の予想じゃティラノサウルスだったんだけど、なんかちょっと違うんだよなぁ?

 身体は大きいし全体としてはティラノのフォルムなんだけど、背中に大小六枚の背びれみたいなのが生えてる。ステゴサウルスっぽいやつ。

 見ようによってはドラゴンに見えなくはない? 翼が退化しちゃったドラゴンかな。ダチョウも飛べないけど翼は残ってるし、あんな感じ?

 けど、群れの他の個体は普通にティラノだな。一体だけ特別っぽい。ということで、アレが領域支配者なんじゃないかなと。

 やっぱ、ボスだもんな。特別感が欲しい。赤くて角が生えてるとかさ。それで背びれが生えたのかもな。

 けど、色はタイガーストライプなんだよな。オレンジに黒縞で、群れの他の個体も同じ。そういう種類のティラノなんだろうな。

 ドラゴンズ(恐竜)なのにタイガースカラー……本拠地は甲子園と名古屋の間か? 甲賀あたり? 忍者なの?


 こいつ、やっぱり俺から逃げてたっぽい。俺の分身から離れるように離れるように動いてる。

 もしかして、何か察知系の技能を持ってる? 危険感知とか気配察知とか、そういう系。じゃなきゃ、草の間に隠れて見えない苗木から逃げ出すはずがない。

 嗅覚系ってことも考えられるか。野生動物だもんな。

 俺臭う? 臭いって言われるの、地味にダメージでかいんだよなぁ。体臭には気を付けているつもりなんだけど……くんくん……うーん、自分じゃ分からんなぁ。

 念の為、ハーブ系のコロンでも作ってみるか。紳士たるもの、身だしなみには気を付けないと。変態紳士なら特にな。


 まぁ、どんな察知系技能を持っていたとしても、もはやこれまでだけどな。完全に俺の包囲網の中に入っちゃってるから、もう逃げ場はない。あとはこの包囲網を時空間魔法の射程距離まで狭めるだけで詰みだ。チェックメイトでゲームオーバーでファイナルアンサー?

 おお、焦ってる焦ってる。まだ一キロ近く離れてるけど、狼狽えて右往左往してるのが千里眼で丸見えだ。どっちに行くか迷って、群れごとグルグルしてる。

 うーん、ガンモの技能は優秀だな。さすが魔王。伊達にモフモフしてないな。

 最近は俺の支配領域内を気ままに飛び回ってるけど、腹が減ると各地にいる分身を見つけて餌を強請りにくるんだよな。森と同化してたりするのに、よく見つけられるもんだ。


 あっ、最初からガンモを呼んで空から探せば良かったのか! 高いところから千里眼を使えば一発だったよな。

 くそ、もっと早く気付いていればこんな苦労は……まぁいいか。過ぎたことにはこだわらない。大魔王様は人生に前向きです。


 さて、それじゃ前向きにステゴティラノサウルスを狩りますかね。

 つっても、亜空間に取り込んで終わりなんですが。


 ――領域支配権を獲得しました。


 うん、だよね。

 問題はここからだ。こいつを生かして調教するか、倒して技能スキルだけ貰うか。

 調教したほうが、こいつが持ってる技能全部もらえるから、お得ではあるんだよな。ちょっと試してみるか。

 ほーら餌だよー、鹿肉だよー。


 あら? あらら? なんかグッタリして……ああぁ〜、これは駄目だな。なんか虫の息になってる。亜空間の空気が合わなかったのかな?

 ああ〜、あっという間に干からびちゃった。どうしてこんなことに……領域支配者じゃないと生きられない体質だったのかな? ごめんよ、知らなかったんだよ。

 あ……ご愁傷様です。南無。


 ん? あれ? 討伐のアナウンスが流れないな?

 こいつ、魔王だったよな? 魔王を討伐したら、討伐と技能奪取のアナウンスがあるんじゃなかったっけ?

 勝手に死んだから討伐扱いにならなかったのかな? うーん、なんか勿体ないような……まぁ、しょうがない。そういうこともあるよな。ドンマイ俺! 前向き前向き!

 それじゃ、この死体は溶かして土に埋めて、せめて俺の栄養にしてやろう。俺の血肉となって生きるがいい。


 あ、背びれが取れちゃっ……うわぁあぁっ!? なんか動いてる!? 背びれの付け根から脚が、脚が!

 頭! 目! 口!?

 これ、背びれじゃねぇ! 寄生虫だ、ダニっぽい虫だ! 全部で六匹!?

 うわっ、ワキワキ動いてる! 脚が、脚が! キモチワルッ!


 っ! こいつか! こいつが吸い取ったからシナシナになって死んじゃったのか!

 やばい、こいつはやばい生物だ! 解き放つわけにはいかん、亜空間ここで焼却だ! 喰らえ、火魔法プラス光魔法の超熱線砲!


 ジュッ!


 ふう。一時はどうなることかと。ティラノの死体も焼かないとな。卵が残ってる可能性もあるし。ジュッと。念の為、アルコール消毒もしておくか。まったく、やれやれだぜ。


 ――指定災害個体の討伐を確認しました。ジャイアントジョー=ティックの災害個体指定は解除されました。

 ――ジャイアントジョー=ティックから『直感』を獲得しました。


 はい?

 あっ、もしかして、あのダニのほうが魔王だったの? ティラノは寄生されてただけ?

 いや、確かに大顎魔王らしく顎はデカかったけどさ。ガッチリ喰い付くぜって感じで。

 けど、まさか寄生虫のほうが本体だったなんて……そんな変化球は要らないんだよファンタジーさん。もっと直球で勝負しようよ? ね?


 ――進化条件を満たしました。ボン=チキングは種族『魔王樹(若木)』から種族『魔王樹(成木)』へと進化します。


 おおっと、久しぶりの進化だ。そろそろだろうなとは思ってた。やっぱ魔王を退治したからかな? 進化条件がよく分からんのは困るな。


 ん?

 あれ、これは……やばい、いつもと違う……。

 エネルギーが溢れるのはいつもどおりだけど……頭痛じゃなくて……眠い……。

 いかん、分身も……全……部……寝……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る