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 見なかったことにしよう。

 俺は何も見ていない。何も知らない。

 ……逃避……いや、知らないことにしただけだ。逃げても逃げ切れないだろうからな。


 世の中、大抵の理不尽からは逃げ切れない。どこまでも追いかけてくる。そういう風にできている。

 そして逃げている間に、どんどん問題が大きくなっていくのだ。なんという理不尽。


 だから見なかったことにする。俺は何も知らない。分からない。無関係です。

 蓮の花をかたどった台座の上に座らされてるけど無関係です。

 ロキシーが見下ろす先には亀甲縛りの豚領主ボーア豚息子マートン、網タイツボンデージの焼豚婦人ラム小娘ピュアが円卓を囲んでいるけど、俺は無関係です。


 くっ、駄目か!

 ビジュアルが濃すぎて無視しきれない! 逃げ切れる気がしない! 麻縄と革がどこまでも追いかけてくる!

 ってか、なんで俺だけ円卓の上なんだよ! 俺も椅子に座らせろ! 尻が痛ぇんだよ!


 やはり立ち向かうしかないのか?

 某シンジ君も言っていた。呪文みたいに繰り返してた。逃げちゃ駄目だって。俺もそうするべきか?


 逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……。


「ということで、大聖堂を建てようかと思うのです!」


 ……逃げちゃ駄目ですか?


「荘厳にして絢爛! 精緻な彫刻と綺羅びやかなステンドグラス! そして最奥には美麗なロキシー様の彫像! 想像するだけで興奮してしまいますな!」

「素晴らしいです、父上! その足元には是非踏みつけられる我らの彫刻を!」

「ああ、もちろんだとも!」

「やめイ!」


 スパーンッ!


「あふんっ! ありがとうございます!」


 ああ、クソ! またやってしまった! 喜ぶのが分かっているのに、なぜか手を出してしまう。

 やはり、俺も知らず知らずのうちに調教されているんだろうか? なんてこった!

 いや、まだ戻れる! 社会復帰できるはず! 俺ならできる! やればできる!

 ってか、この台座、ターンテーブルだったのかよ、クルクル回ってるじゃねぇか! 中華料理になった気分だよ!


「そうですな。我々の彫刻は台座の裏側、正面からは見えないところに施しましょう」

「なるほど! 敬虔な信徒が祈りを捧げている裏では、人知れず我らが調教されているというわけですね!? 流石です父上! 想像しただけで興奮してきました!」

「やかましイ!」


 スパパーンッ!


『ブヒィッ! 至福です!』


 ああもう! あーっ、もぉーっ!


「あのぉ、旦那様?」

「何かね、ピュア?」

「そもそも、オラたちは何をすればええですだ?」


 そうだそうだ! 言ってやれピュア!

 変な教団を作りやがって、何がしたいんだお前らは⁉ 

 変なことをしたいなら夫婦だけでやってろ! 俺を巻き込むな!


「愚問だな。崇高なるロキシー様の教えを広める。それ以外に何がある?」


 いや、俺は何も教えてねぇよ! お前らのケツやら頬やらを叩いてただけだ!


「おのれの本質を知り、向き合い、昇華させることで幸せへと至る。なんと素晴らしき教えか! これぞ福音!」


 ものは言い様だな! 変態が自己肯定してるだけじゃねぇか! これだから宗教家は!


「なるほど! ……だども、オラはまだ自分の本質が分からねぇだ……オラ、ここに居ていいんだべか?」

「案ずることはない。我らは大魔王様の眷属。大魔王様の、ひいてはロキシー様のお役に立つことが存在意義。無心でお仕えしていれば、自ずと自身の本質へと至るであろう!」

「おおっ、なるほど! オラ、誠心誠意お仕えするだよ!」


 なんという詭弁! そしてそれに説得される心のセキュリティ皆無な小娘!


 もしかして、これが【説法】の効果なのか? 宗教関連限定の【話術】って感じだな。

 それなら【話術】のほうが応用範囲が広くて上位互換っぽいけど、多分効果が違うんだろう。

 【話術】で上がるのは信頼度や親密度、【説法】で上がるのは信仰心なんじゃないかな。似ているようで、ちょっと違う。


 親密度や信頼度は、一度の裏切りで大きく下がり、その後はなかなか上がらなくなる。

 一方の信仰度は、一定以上に上がると、以降は何があってもほとんど下がらない。

 それどころか、何か裏切りがあっても『信心が足りないから』とか『これも試練』とか言って、更に信仰にのめり込んでいったりする。


 ヤバい。

 変態に与えてはいけない技能スキルな気がしてきた。

 コイツの能力と技能があれば、マジでこの新しい宗教が普及するかもしれない。俺が御本尊の謎宗教が。


「では、皇都での布教はワタクシとマートンが行いますわ。貴男とピュアは、ゴッツでの布教と大聖堂の建築に尽力してくださいな」

「うむ、任せたぞ」


 待てぇーい!

 いや待て、待て待て待て待て!


 断言する! この宗教、皇国の貴族にはブッ刺さる! 普及する!

 なんてったって、自分の嗜好を全肯定する宗教だからな。変態のためにあるような宗教だ。

 今はまだ変態たちは地下で活動しているけど、この宗教が普及したら表に出てくるかもしれない。


「まずはとにかく布教だ! ひとりでも多くの信徒を獲得して、いずれは他国にも進出するのだ!」


 ……ヤバい。皇国に、世界に変態が溢れるかもしれない。


 いや、考え方によっては悪くないのか?

 惑星崩壊を回避した後の統治手段として宗教はアリだよな。

 厳格なシキタリのない甘い宗教は普及しやすいらしいし。鎌倉仏教とかな。


 なるほど、だから豚領主の称号に【丞相】があったのか。

 政治家にして宗教家。統治者としては申し分ない。

 政教分離? なにそれ食べたことないですね。


「当面の方針はこれでよろしいですかロキシー様?」

「う厶、良きに計らエ」


 よし、どうせ止まらないし止められない。このまま突っ走らせよう!

 やるからにはとことんまで! 行けるところまで!

 もし世界に変態が溢れたら、その時はその時さ!

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