059

 おっと、ゼブを見たらビックリするかもしれないな。尻尾がぶわっと大きくなったりしてな?

 悪食オークは嫌われ者だからなぁ。『ボク悪いオークじゃないよ』と言っても信じてくれないだろうし。とりあえず台所に隠れておこう。

 ヤギママは……


 くっちゃくっちゃ。


 うん、そのままでいいか。風呂に入ってるけど只のデカいヤギだ。悪いヤギじゃないよ。偶に俺は齧られるけどな! 悪いヤギじゃねぇか!



「こ、これはっ!?」

「まさか『命の樹』様か? なんてデカい……」

「それにこの畑、あの扉。誰かが住んでいるのか?」

「命の樹様にか? そんなことがあるのか?」


 ネコ耳たちが家の外で騒いでる。顎鬚口髭ボウボウのオッサンネコ二匹だ。

 女三人寄れば姦しいって言うけど、ネコ耳は男が二匹集まるだけで五月蠅くなるらしい。新発見だな。ああ、春先はよく唸り合ってるか。よくある事だった。

 でも近所迷惑だから、できるだけ静かにしてほしい。近所って距離にヒトは住んでないんだけどさ。

  敢えて言うなら、このネコ耳たちがお隣さんか? お隣さん五月蠅いよ、何時だと思ってんの!


 只今の時刻は三月十日、午後〇時四十五分、本惑星消滅まで、あと――


 あー、はいはい。お昼過ぎね。ならいいか。キキもまだ起きてるしな。いつもは一時半くらいにお昼寝するから、今はまだ騒がれても問題ない。

 いや? 騒がれると興奮して寝付けないかもしれないな。さっさと対応を済ませてお昼寝タイムに移行しよう。子供の健康第一だ。


「よく来たな、ワーキャットたちよ。歓迎しよう」


 家の扉を開けて、意味アリ気に俺様登場! 左腕にキキを抱っこしているのは演出だ。悪いネコ耳じゃないよアピール。そもそもネコ耳じゃなくて豆だけどな。


「むっ!? 貴様……見ない顔だな、何処の氏族だ!」

「私はハリー、この娘はキキ。氏族とやらには属していない」

「氏族に属していない? 流れ者か」


 氏族ってなんじゃらほい? 多分一族とか血族とか、そういうことだろうとは思うんだけど。

 まぁ、見た目がネコ耳なだけで中身は木製だからな。血が通ってるわけじゃないから血族なんていうカテゴリーじゃ分類できないよ。樹液だ樹液。


「こちらが名乗ったのだ。そちらも名乗るのが礼儀ではないかな?」

「む、それはそうだな。オレはマヤン氏族のタタズ」

「同じくマヤン氏族のトトンだ。この大きな木が我らの集落から見えたので調べに来た」


 うん、知ってる。いつも農作業やら野草採取やらの様子を見てたから。ここから東の集落の人だよね。二世帯十三人のうちの、働き盛りふたり。

 このふたりは兄弟のはずだから、あそこの集落全員がマヤン氏族ってことなんだろうな。

 じゃあ南の方の集落は別氏族なんだろうか? だから別れたとか。有り得そうだな。


「氏族が一族を表す言葉であるならば、私は大魔王ボン=チキング様に連なる者だ」

「なっ、大魔王だと!?」

「嘘を吐くな! 大魔王様は千年前にお亡くなりになられたはずだ!」


 ほーん。様付けってことは、今でも慕われている、あるいは尊敬されてるってことかな? 愛されてるねぇ、猛獣大魔王。さすが俺の心の友。


「かつての覇者である猛獣大魔王殿ではない。新たに誕生したのだ。世界中に神言が発せられたはずだが、お前たちの中に名持ちはいないのか?」

「ぐっ、それは……」

「むう……」


 ゴメンね、実は知ってる。居ないよね、名持ち。東の集落にも南の集落にも名持ちはいないんだよね。


「ふむ、では詳しい話をしなければいけないな。わが家へ招待しよう。入りたまえ」


 入口の扉を開けたまま居間のテーブルに向かう俺。

 ネコ耳たちは顔を見合わせて、何やら小声で話し合ってる。この家っていうか木も俺だから丸見えなんだよな。声も当然聞こえてる。盗み聞きじゃないよ? 堂々とそこにいるし。

 相談内容は『おい、どうする?』『どうするって、どうするよ?』『アニキが決めてくれよ』『オレがか? うーん。よし、行くぞ! 行かなきゃ何も分からん』『わ、分かった。けどまさか、獲って喰われるってことは無いよな?』『ばっ、何言ってるんだ! オークでもあるまいし、同じ種族を喰う奴なんかいねぇよ!』『だよな! じゃ、アニキからお先にどうぞ』『なっ、お前、こういうのは好奇心の強い弟が先に行くもんだろ!』『いやいや、年長者に先を譲るのが礼儀ってもんだよ』『こんな時ばっかり正論言いやがって! ちっ、分かったよ、オレが先に行く。ちゃんと付いてこいよ?』『お、おう!』って感じだ。なんかコントっぽい。やっぱネコ耳は面白いな。


「心配無用だ、獲って食べたりはしない。話をするだけだ。ああ、ここは土足厳禁だ。そこでサンダルを脱いで、そのスリッパに履き替えてくれたまえ」

「うっ、聞こえてたのかよ」

「へー、中はしっかりしてるなぁ。なんか暖かいし」


 ネコ耳たちがモコモコスリッパに履き替えて居間にやってくる。隣の台所に居るゼブに気付いた様子はないな。

 ふむ、食生活は改善してるはずだけど、まだ身体が細いな。やっぱタンパク質が足りてないんだろうな。虫しか食べてないもんな、こいつら。痩せたネコって、何か悲惨な感じがしてしまうのは俺だけ? よし、ちょっと餌付けしておくか。


「少々待ちたまえ。今茶とお茶請けを出そう」

「いや、そんな……」

「お茶請けは鹿の干し肉でいいかね?」

「「ごちそうになります!」」


 即答だよ(笑)。やっぱ面白いな、ネコ耳。

 台所にいるゼブでお茶の用意をして、ハリーでそれを受け取りに行く。実に良い連携だ。三ツ星ホテルのレストランでも、ここまで迅速な連携はできないだろう。情報を同時に共有できる俺ならではだ。

 キキは物珍しそうにオッサンネコ二匹を見ている。何が気になるのか、超ガン見だ。見てる先は……髭か? 髭が珍しいのか? ハリーには無いもんな。今度生やしてみるか。


「まずは食べるといい。毒など入れてはいないから安心したまえ」


 優雅な手つき、と俺が思っている動きで二匹の前にお茶と皿に乗った干し肉を置く。

 お茶はネコ麦を煎って煮出した暖かい麦茶、干し肉は塩と胡椒、唐辛子は控えめで、その代わりにハーブと超すだちの皮を効かせてある。クセが無くてメチャ美味い。最近の自信作だ。


「っ! 美味いっ!!」

「久しぶりの肉だけど、こんな肉今まで食った事ないよアニキ!」

「お気に召したようでなによりだ。後で土産に包もう。家族に持って帰ってやるといい」

「本当か!? すまん、助かる!」

「くっ、子供たちに肉を食わせてやれる……ありがとう、ありがとう!」


 いや、泣かんでもええやん。オッサンの泣き顔に需要はないぞ。多分。

 けど、子供を思うその気持ちは分かる。俺も一児の父だからな。子供にはいつも腹いっぱいの笑顔でいて欲しい。サカエお婆ちゃんも『お腹が減っていることとひとりでいることが一番いけない』って言ってたし。

 ぶっちゃけ、鹿肉の干し肉はマジで大量にある。あいつら、俺を見たら襲い掛かって来やがるからな。完全に俺をエサとして認識してやがる。これだから草食動物は、もう!

 仕方ないから返り討ちにするんだけど、図体もデカいし群れてるから、一回の駆除でメッチャ大量の肉が獲れてしまう。

 で、冷凍保存が出来ないから、その日に食う分以外は干すしかないわけで。マジで消費しきれない量がある。ネコ耳たちに分けてやるくらいなら余裕余裕。


 食い終わって一服したらお話の時間だ。

 さあ、いい仕事してくれよ、話術技能!



 大魔王が生まれた事、命の樹が大魔王の眷属(分身)であること、この盆地周辺のヒト族の国が徒党を組んで大魔王を討伐しようとしていること、故にヒト族と戦争になりそうであること、南の湿地跡にネコ耳の一団が集落をつくったこと、その集落も水は命の樹に頼っていること。

 話術技能のおかげで、分かりやすく説明できたと思う。

 惑星消滅の件については伏せておいた。知ったところで、名持ちすらいないネコ耳たちには何も出来ないだろうしな。


 二匹がどこまで理解できたかは分からないけど、ふらつく足取りで帰る様子を見る限り、わりと正確に理解しているようには見える。……革袋いっぱいの干し肉が重くてふらついてるわけじゃないよな?

 ネコ耳たちには『戦争への参加は強制しない、しかしヒト族に見つかれば皆殺しにされる恐れがあるから、戦いが始まる前に避難したほうがいい。避難場所はこちらで用意する』と言ってある。

 南と東の集落を合わせても、戦えるネコ耳の数は両手の指に足りない程度しかいない。ぶっちゃけ、居ても居なくても一緒。

 そもそも、俺にとってネコ耳たちはペット枠だからな。ペットを戦わせるなんてとんでもない! ペットは愛でるもので争わせるものじゃない。戦争なんてヒト同士で勝手にやってればいいのに。俺を巻き込むなと言いたいよ、まったく。


 さて、やるべきことはやったから、あとは向こうからの返答待ちだ。こっちからアクションを起こすつもりはない。いつも通りの日常と非日常を送るだけだ。

 差し当たっては、寝てしまったキキをベビーベッドに寝かせるのが最優先かな?

 おっ、またちょっと重くなったな。子供の成長を実感できるのは素直に嬉しい。幸せだ。

 この幸せを壊そうとするヒト族にはキツイお仕置きを喰らわせてやらないとな。

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