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「エグジー、大変よ!」

「大変なのじゃ!」


 二週間ぶりに拠点設営の護衛から帰ってきたら、女勇者ナオミのじゃロリ賢者エリザベスが大慌てで駆け寄ってきた。

 いや、まだ旅の汚れも落としてないから、あんまり俺に寄らないほうがいいよ? 汗臭くはないけど土臭いから。汗は掻かないので。木なので。


「おっと、まぁ落ち着けよ。いったい何があったんだ?」

「落ち着いてなんていられないわ! 大事件なのよ!」

「大事件なのじゃ!」


 結構な大事件みたいだな。興奮から冷めてくれない。

 ってかのじゃロリ賢者、お前、SF映画の宇宙船のオペレーターみたいになってるぞ? 船長キャプテンの指令を復唱するだけのキャラ。


「まぁまぁ、とりあえず深呼吸しようぜ。はい、すぅ〜、はぁ〜」

「すぅ〜、はぁ〜」

「すぅ〜、はぁ〜」


 深呼吸は心を落ち着かせるのに効果的って、何かの漫画で読んだ。呼吸は心拍数を整え、心拍は思考を整えるんだそうな。

 興奮するとドキドキして呼吸が荒くなるのなら、呼吸を荒くさせればドキドキして興奮させられるってことだな。それの逆が深呼吸ってわけだ。


「どうだ、落ち着いたか?」

「ええ、取り乱してしまったわね。ごめんなさい」

「うむ、儂としたことが取り乱してしまったのじゃ。すまんの」


 うむ、深呼吸は素晴らしい。呼吸は全てを解決してくれるのだ。

 吸血鬼も呼吸からの波紋で退治できるらしいしな! 波紋疾走オーバードライブ


「で、何があったんだ?」

「そうね、玄関で話すことでもないから応接室へ行きましょう」

「うむ、そうじゃな。じゃが、その前に……」

「ん?」

「エグジー、水を浴びてきて頂戴。貴方、土臭いわよ?」

「土臭いのじゃ」


 だから言ったじゃん。いや、言ってないか。



「それで、何があったんだ?」


 水浴びを終えて、いつものパリッとしたスーツ姿で応接室へ。紳士たるもの、常に身だしなみには気を配るべし。

 【風魔法】と【光魔法】の合わせ技で乾燥させたから『水も滴る』とはなってないけど、いい男なのは変わりないから問題なし。

 応接室ではナオミとエリザベスが向かい合ってソファに座り、いつものようにお茶を飲んでいる。この香りはハーブティーかな? ミントっぽい爽やかな感じ。

 俺の定位置であるナオミの隣の席にもティーカップが置かれている。特に遠慮することもなく、流れるような動作でそこへ座る。そして話を促す。


「うむ、では儂から話すのじゃ。実はな、大魔王が教国へ攻め込んだのじゃ」

「えっ!? マジか!?」


 いや、知ってるけどな。本人だし。

 けど『エグジー』は知らない設定だから、驚いたフリをしておく。俺、演技派なので。オスカーください。


「既にふたつの領域が奪われたそうよ」

「領域が? ということは、配下の魔物を送り込んで攻め取ったってことか。配下を領域支配者にしたんだな?」

「それなんじゃがな、どうも違うらしいのじゃ」

「違うって、何が?」

「大魔王の軍勢の中に、大魔王らしき巨人が居たらしいのよ」

「は? いや、大魔王だろう? 自分の支配領域から出てくるわけが……いや、そういえば『走竜の狩り場』のときも……まさか、大魔王は支配領域を自由に出入りできるっていうのか!? そんな馬鹿な!」


 ひとつのセリフの中で感情の変化を入れてみた。ちょっとした身振り手振りで雰囲気が変わるから、結構神経を使うんだよ。今回は割といい演技ができたんじゃないかな? オスカーください。二個目。


「うむ、その通りなのじゃ。しかも……大魔王が教国の領域を手に入れたことは、儂の【天心通】に知らされなかったのじゃ! つまり、大魔王は神の目を掻い潜る術を持っておるということなのじゃ!」

「なっ!?」


 まぁ、全部知ってますけども。驚いてるフリですけども。

 大魔王おれの本体はずっと盆地から動いてない。支配領域から一歩も出ていない。外に出ているのは全部分身だ。巨人タイプも、このエグジーもな。

 だから、支配領域の外でも力は弱くならない。チートというか、システムの穴を突いてる感じ。

 バ、バグじゃない、仕様だ! 天の声さんの心の声を代弁してみた。仕様ならしょうがないよね。

 エリザベスの【天心通】は、特定の名持ちに関する天の声システムメッセージを盗み聞きできる技能スキルらしい。若い娘さんが盗み聞きだなんて感心しないわ。

 神の目っていうのは天の声さんのことなんだろうけど、別に掻い潜ってるわけじゃなくて、設定を弄ってるだけなんだよな。他者への通知をオフにしてるだけ。

 この世界じゃ天の声っていうのは神様の言葉って思われてるから、そもそも設定を弄ろうって発想がないんだろうな。恐れ多いって感じ? 良かったね、天の声さん。敬われてるよ。

 だから全員初期設定のままなんだろう。全通知がオンのまま。

 でも俺は全部弄っちゃったもんね。俺と眷属に関する通知は俺と眷属にだけオンで、それ以外にはオフにしてある。ごめんね天の声さん、ないがしろにして。

 つまり、のじゃロリ賢者には何も聞こえないってわけだ。盗み聞きはいけません、メッ!

 そう考えると、賢者の割にショボい技能だな。相手の設定で死にスキルになっちゃうんだもんな。

 いや、もしかしたら【天心通】にも設定があって、それを弄ったら俺の設定がどうであろうと全部筒抜けになるのかもしれない。

 それはヤバいな。設定のことは知られないようにしないと。


「何かの技能か? 大魔王なら有り得るな。それで、教国の被害は? 領域以外の、人的被害は?」

「それが、分からないのよ」

「分からない?」


 なんか、俺もオペレーターポジションっぽいな。繰り返してばっかりだ。第三艦橋大破!


「ええ、教国が国境を閉鎖して、人の出入りを封じてしまったのよ。この情報も、閉鎖寸前に国境を越えてきた交易商から得たものなの」

「教国が? 閉鎖するってことは、協力を求めるんじゃなくて独力で対処しようとしているのか? 王国や皇国が対話路線を取っているから」

「かもしれん。あるいは、何かを隠したがっているか、じゃな」


 お、さすがは賢者。鋭いね。多分それが正解。

 大魔王おれが住民に観せた『教国の真実』。アレが他国に広まらないように隔離したいんだろう。アレが他国に広まったら、教国は信用失墜なんてものじゃ済まないだろうからな。


「何か、か。うーん、ちょっと情報が足りないな。見当がつかない」

「そうなのよ。リズもハッキリとは分からないって」

「うぬぅ、賢者としては忸怩たる思いなのじゃ。情けない」

「しょうがないさ。そうだ、大魔王の動きが分からないなら、その相手である教国のほうから探るって手もあるんじゃないか? 確か教皇とか聖者とか、教国にも名持ちがいるんだろ?」

「なるほど、敵の情報を敵の敵から集めるというわけじゃな? それはアリじゃな。さすがは傭兵じゃ」

「いやぁ、それほどでも」


 これで盗み聞きの矛先を教国へ向けられる。上手く誘導できたぜ!

 けど、のじゃロリ賢者の中では、やっぱり大魔王は敵のままなのか。認識はなかなか変えられないなぁ。


「それで、ここからが本題なんだけど」

「えっ? まだ何かあるのか?」

「うむ。まぁ、関連した話なんじゃがの」

「そうなの。ほら、今遠征の中継地を作っているじゃない?」

「ああ、そうか。大魔王が教国にいるなら、あの中継地は不要なんじゃないかって事だな?」

「そうなのじゃ、それが会議で問題になっての」

「ふむ」


 まぁ、当然だな。無駄になることが分かっているのに作る必要は無い。

 けど。


「俺は、継続して作るべきだと思うけどな」

「ほほう、それは何故じゃ?」

「理由はふたつある。まず、本当に教国を攻めているのが大魔王本人かどうか分からないっていう点がひとつめの理由だな。国境が閉鎖されているんじゃ、確かめようがない」

「ふむ、もうひとつは?」

「ふたつめの理由は、大魔王の本拠地が中央大山塊にあるのは間違いないっていう点だ。中央大山塊へ向かうための足掛かりはあったほうがいい」

「そうね。相手のことを何も知らずに立ち回るのは愚行だわ。あちらの本拠地の場所や防備を知っておくのは重要よ」


 ぶっちゃけ、大魔王仕様の分身は本拠地近くで休養中だしな。ウマに葉っぱ喰われて丸裸だから。フサフサになるまで、しばらく養生させてもらおう。

 教国のほうはゴブリンタイプに任せておけば問題ない。ウマさえ出てこなければ、だけど。

 鍛冶聖ギーに大工道具と石工道具を作らせたから、建築と土木工事も問題ない。村作りなら某アイドルグループにも負けない!


「ふむふむ、儂らと同じ意見じゃな。よし、次の会議でもその方向で推していくのじゃ」

「そうね。あそこに王国の橋頭堡があるっていうのは、対皇国の戦略上でも優位になるでしょうしね」


 なんだ、もう結論は出てるんじゃねぇか。俺の意見は方向性の確認のために聞いただけかよ。まぁ、いいんだけど。


「話っていうのはそれだけか? だったら、仕事明けで疲れてるから、もう休みたいんだけど?」

「うむ、話はそれだけなのじゃ。疲れているところをすまんかったのじゃ。ゆっくり休んでほしいのじゃ」

「そうね。食事は起きたら運ばせるわ。お疲れ様」


 冷めたハーブティーを一息に飲んで応接室を後にする。うん、ミント味。


 ふむ、教国は鎖国したのか。この鎖国は勝つか負けるかするまで解かれないだろうな。

 つまり、教国は本気で大魔王おれと戦う気だってことだ。

 いいだろう、受けて立つぜ! ギャフンと言わせてやる!

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