096
「大魔王と和平!? 気でも狂いましたか、賢者どの!」
白い僧服を着た教国の代表が、真っ赤な顔で唾を飛ばしながら喚いてる。壁際の
モロ浴びせられた
「狂ってなどおらぬ。客観的に現状を分析した結果からの提案なのじゃ。我らはまだ大魔王と決定的な対立をしておらん。であれば、まだこの大地の崩壊を避けるために手を結ぶ余地があると言っておるのじゃ。じゃから討伐の兵ではなく、和平の使者を派遣しようと言うておるのじゃ」
リズの言葉に、隣に座る
「皇国としても、まだ大きな被害は被っておりませんからな。
いや、お前らの領土じゃねぇよ、支配権はダニ魔王が持ってたじゃん! 俺がそのダニから勝ち取ったんだから、お前らに渡す理由なんてねぇよ! なんて厚かましい!
まぁ、皇国の真意は分かるけどな。無駄に金を消耗したくないだけだろう。派兵となれば大金が必要になるし兵も減る。それを避けたいだけ。
少数の文官を派遣するだけで済むなら、そのほうが圧倒的に安上がりだもんな。万が一があっても、人的損失は最小限で済むし。本格的に敵対して戦争するよりは被害が小さいって算段だろう。セコい奴らだ。
つっても、実はもう皇国とは敵対しちゃってるんですけどね! ゴッツの街と内海は既に俺の支配下に入ってるし、その内海に面してる港町の攻略も進行中だから! ざまぁ!
「大地が崩壊するという未曾有の危機の前であれば、大魔王と手を結ぶことも考えねばならぬ。争っている場合ではないのじゃ」
「そもそもソレが信じられない! 大地が崩壊する? そんな馬鹿なことがあり得ると、本気で信じているのですか!?」
「……先の大地震。アレがその予兆だとしたら? 儂には何も否定できる証拠がないのじゃ」
「そ、それはっ……そう、それこそ大魔王の仕業に違いありません! 大地が崩壊するというのも大魔王の仕業に決まっている! 大魔王を滅ぼすことが全ての解決に繋がるのです!」
教国の代表、つまりこいつが聖者なんだけど、聖者は意地でも
聖者という名持ちの役目は『人々を正しい方向へ導くこと』らしい。けど、こいつの発言を聞いている限りでは、正しい方向というより教国の教えの方向へと導きたいとしか思えない。
教国は宗教国家で、しかも我が心の友である猛獣大魔王を倒すことで成立した国家だから、大魔王討伐が最優先になってるんだろうな。それが正しいとか間違ってるとかは、一切関係なしで。
『大地に豊饒を
『よし、討伐だ!』
『怪我や病気を癒やす大魔王が現れた』
『よし、討伐だ!』
『何もしない、害も無い大魔王が現れた』
『よし、討伐だ!』
ってな感じ。とにかく大魔王は討伐。大魔王じゃないやつでも大魔王に仕立て上げて討伐
。『良い大魔王は死んだ大魔王だけだ!』ってな感じ。
本当、宗教って迷惑だよな。怪しげな印鑑や壺を高額で売りつけたりとかさ。人を救うどころか、破滅へ導いているとしか思えない。
「あの地震は大魔王が現れる前の出来事じゃ。関連性はあるまい」
「し、しかし!」
「仮にアレが大魔王の仕業だったとしたら、なおさら手を結ぶしか、いや、頭を垂れて許しを乞うしかないのじゃ。それとも、聖者殿は大地震を防ぐ
「うぐぅっ……だとしても、だとしても! 我ら教国は必ず大魔王を討ち滅ぼす! たとえこの大地の民全てが犠牲になったとしても! なぜなら、それが世界の救済に他ならないのだから!」
駄目だこりゃ!
これだから狂信者は。頭が固いとか、そういうレベルじゃねぇ。教義以外は、どんなに正論でも全否定。他人のことなんて考えちゃいねぇ。全員死んじゃったら意味ねぇっつうの。誰のための宗教なんだよ。
「それが教国の決定なのじゃな? 承知した。では我らは愛すべき民を守るため、大魔王討伐同盟からの離脱を宣言させてもらうのじゃ。これからは独自に平和への道を探らせてもらうのじゃ」
「ふむぅ、足並みが揃わないようでは、軍の派遣などとても検討できませんな。皇国は派遣軍参加に関しては白紙とさせていただく」
いやいや、お前ら皇国は『王国主体で和平交渉をやってもらえたら、俺らは人をちょっと出すだけで済むんじゃね? 漁夫の利じゃね?』とか考えてるだけだろう! それは白紙とは言わない、寄生するって言うんだよ!
「残念です! このことは教皇に報告させていただきます! 後悔なさりませぬよう!」
聖者が椅子を蹴倒して立ち上がり、足音高く部屋を出ていく。他の教国代表とその護衛もオロオロしながらそれに続く。お前ら何しに来てたの? 一言も発しなかったよね? 会議に賑やかしは不要だよ?
「……本日の会議はこれで終了じゃな。皇国の皆様方、今後の対応については日を改めて協議の場を設けたいのじゃ」
「承知した。建設的な連絡をよろしく頼む。では我らもこれにて失礼」
皇国の使者たちとその護衛がゾロゾロと部屋を出ていく。王国の事務官たちがそれに続き、会議室に残ったのは俺とリズ、ナオミだけになった。
……くくくっ。
はははっ。
あーっはっはっはぁっ!
よおしっ、討伐軍瓦解成功! 計画通り!
王国と皇国は討伐軍を諦め、敵対するのは教国だけになった! そして、教国だけなら派遣できる兵は二千程度! 俺の分身だけで十分対処できる!
勝ったな。完勝だ。戦というのは、始まる前に勝敗は決しているのだよ。覚えておきたまえ、聖者くん!
「ごめんねリズ。汚れ役を任せちゃって……本当なら年長者の私がやらなきゃいけなかったのに」
「構わんのじゃ。儂が適任だっただけなのじゃ。逆に、小娘だから出来た役だとも言えるのじゃ」
ホント、この娘はよくやってる。
お気づきだったろうか? この娘が今日の会議で一度も『王国』という言葉を使っていないということに。
そして、今回の会議に王様が参加していないということに。前回までは参加していたのに。
つまり『今回の大魔王討伐軍解散は王国の総意ではなく賢者の暴走である』と言い訳できる形を王国はとったのだ。
何故って? 教国が王国に対して聖戦を挑んでくるような事態を避けるためだよ。王家が破門されるのもヤバいしな。どっちをやられても国内が不安定になる。
それを避けるためにリズが泥を被ったってわけだ。被らされたとも言う。ホント、大人って汚い。
そして、それを画策した俺はもっと汚い。泥々の真っ黒だ。日常的に真っ黒腐葉土へ足(根っこ)突っ込んでるし、農作業もしてるしな。泥を被るのは日常だ。本体なんて、生まれてこのかた風呂に入ったこともない。
マジ汚ねぇな! 今日は水生成でシャワー浴びよう!
俺が代わってあげられたら良かったんだけど、しがない傭兵という立場ではどうにもならなかった。のじゃロリ賢者ちゃんには頭が下がる。
「……ありがとう」
「礼には及ばんのじゃ。じゃが、もし儂が教国や王国に狙われるような事態になったら、僅かでも逃げる時間を稼いでくれるとありがたいのじゃ」
「分かったわ! その時は全力で時間を稼いであげる! 海の向こうまでだって逃げられるくらいね!」
いい娘たちだ。この娘たちと戦わずに済みそうだし、本当に良かった。
もしそんな事態になったら、その時は俺も助力しよう。
「なに、もしものときはうちの傭兵団に来ればいいさ。団長も歓迎してくれると思うぜ?」
「本当か!? ハリー様は本当に儂を受け入れてくださるのじゃな!?」
めっちゃ食いついてきた! 入れ喰いってやつか!
「あ、ああ、多分な」
「よし、今すぐ教国へ喧嘩を売りに行くのじゃ! あの堅物聖者を煽り散らかしに行くのじゃ!」
「いや、それは駄目よリズ!」
「放すのじゃナオミ! 儂はハリー様の元へ早く行きたいのじゃ!! 邪魔をすると許さんのじゃーっ!」
むう、これが乙女回路の暴走か。なるほど、確かに自壊へと進んでいる。巻き込まれないうちに逃げるとしよう。
「リズ、止まってーっ!」
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