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流石に時間をかけすぎたかな? いや、ガンモの縄張りが広すぎるのが悪い。
ようやく東の森を抜けたよ。長かったなぁ。
まぁ、ガンモに運んでもらえばあっという間だったんだけど、川沿いに漁をしながらだったからな。致し方なし。生活優先、ご飯大事。
今も分身で漁は続けてるけど、不本意ながら猟も続けてる。
鹿が、鹿めが! どこからともなく湧きやがって! 俺はお前らの餌じゃねぇ! 寄るなこの偶蹄目どもめ!
……ヤギママも隙あらば喰い付いてくるし、何か美味しそうな匂いでも出てるのかね? 豆臭? カレー臭? 豆カレー臭なら仕方ない。美味しいからな。
ふーん、森を抜けると丘陵地か。盆地にも似たような場所はあったけど、こっちのほうが広そうだな。果てが見えん。
草がそれなりに生えてて、ところどころに白い岩が顔を出してる。中学の修学旅行で行った秋吉台っぽい。カルスト台地って言うんだっけ? 観光地としてはいい感じだなぁ。
けど、草が生えてるってことは、奴らがいる可能性が極めて高いってことだ。俺の天敵、草食動物どもが! 鹿! ウサギ! 寄るんじゃない!
よっしゃ、それじゃ探索するか!
◇
「マーリン殿、遂にできましたぞ!」
孫が? ギーの年齢なら居てもおかしくないよな。ずっと独り身らしいから、そんなことは起こり得ないだろうけど。
それはそれとして、室内で槍を振り回すのは危ないからやめて? この執務室、体裁を整えるために、それなりのお金がかかってるんだからね! お金の出どころは豚領主だけど。
「ほう、新作ですか。……これは美しい」
造形はシンプルな笹穂型の槍だな。長さもニメートル強で、それほど凝った作りにはなってない。
けど、穂先の表面には複雑な波紋というか唐草模様というか、波打つような模様が浮き上がっている。石突きもだな。
鍛造ダマスカス……にしては、模様が複雑過ぎる。色も金地に赤黒緑が複雑に溶け合ってて、なんとなく玉虫っぽい。政治家が好きそう?
「これは単なる折り返し鍛造ではありませんね。新素材ですか?」
「おお、お分かりになりますか! そうですそうです、いただいた鋼材だけでは満足いくものができませんでしたのでな、何種類かの素材を小さく砕いて混ぜたものを、炉で融かして板にし、更に割合を変えた板とで折り返し鍛造を行ったのですよ!」
ほほう、自分で合金を作った上で、さらに折り返し鍛造したのか。めっちゃ手間がかかってるな。流石は鍛冶聖。
「見た目だけではありませんぞ? 是非、訓練場の巻藁でお試しくだされ」
ギーがニヤリと笑う。いいね、おっさんの笑顔はこれくらい男臭くないと。実際に汗と加齢臭もするけど、それは言わぬが花だな。
モノの出来には相当の自信があるっぽい。良かろう、受けて立つ!
「分かりました。ギー殿がそこまで仰るほどの出来栄え、楽しみです」
「はははっ! 失望させないことだけは保証しましょう!」
ふたりで鍛冶場の裏にある訓練場へ歩いていく。おっさんとおっさん。華がない。
特に話すこともないんだけど、移動の道すがら、近況について聞いてみる。
「どうですか、ここでの暮らしに不便はありませんか?」
「ありませんな!」
即答かよ。
「設備の整った鍛冶場はありますし、素材も豊富で作りたいものが作れる! 飯も美味い! こんな恵まれた環境は皇都でもなかなかありませんぞ! はははっ!」
まぁ、鍛冶場に関しては、ゴッツの街で一番の鍛冶屋を参考に、俺が石工と錬金術を駆使して作り上げたからな。炉なんて超硬耐熱セラミック製だ。錬金術でなんとなく作ったとは思えない高性能素材だぞ? 大事に使え。
「それはなにより。しかし、徹夜で仕事をするのはおやめになられたほうがいいですね。身体を壊します」
「おっと、うるさかったですかな? これは申し訳ない。いや、楽しくて、ついつい。火加減も夜のほうが見やすいもので」
あー、そういう話は聞いたことがあるな。炎や焼けた鉄の色が分かりやすいから、夜中に鍛冶仕事をするっていうの。そういうことなら仕方ないか。
訓練場に行くと、アローズとライアンが模擬戦してた。カンカンコンコンといい音させてる。
ふむ? なんか、ふたりとも動きが良くなったか? 以前より速くなってるような気がするな。やっぱ、お日様に当たると健康になるのかね? あなたも光合成してます?
「おっ、マーリンの旦那じゃねぇか……その槍の試し切りか? へへっ、驚くぜぇ?」
「そうですね。私もそれを初めて振らせてもらったときには驚きました」
ふたりが手を止めて言う。ふーん、そんなにか。アローズは既にコレの試し切りをしたんだな。槍聖をテストに使うとは、なんと贅沢な。
「ほう、おふたりがそこまで言うとは、私も楽しみです」
「論より証拠ですぞ。マーリン殿、アレにその槍を振ってみてくだされ」
ギーが指さした先には、麦藁を巻き付けた杭がある。最近作り直したのかな? 藁が新しい。
……藁が太いな。一本々々が讃岐うどんくらいある。ネコ麦の藁だもんなぁ。アレでは帽子は編めないな。被ったら重さで首を痛めそう。
「そうですね、それでは失礼して……」
巻藁の前に移動して槍を腰だめに構える。まだギリギリ間合いじゃない。大きく一歩踏み出せば当たる。そのくらいの距離だ。
「シッ!」
呼気とともに一歩踏み出し、槍を突き出す! 体重の乗った、必殺のひと刺しだ! 槍聖術が発動して、薄青いエフェクトが発生する!
突き出して伸びた腕を瞬時に引く。一歩下がり、元の位置に戻る。
この間、瞬きするほどの時間しか経過していない。周囲には、槍から青いエフェクトが放たれたようにしか見えなかっただろう。
高性能な槍聖術を更に並列思考で最適化した、俺の全力の一撃だ!
……ったんだけど、あれ? 何も感触がなかった? 外した?
「お見事、流石は幹部衆ですな!」
「やれやれ、槍聖の名はもう名乗れませんね」
「……ハゲの分、風の抵抗を受けないのか?」
ギーとアローズが感心してる。ライアンは、後で覚えとけ? ハゲじゃねぇ、生やしてないだけだ!
「ふむ、良いバランスですが、少々手元が狂ったかもしれません。的を外したようです」
「いやいや、ちゃんと当たっていますぞ?」
「私も、初めて振ったときには同じように感じました。ほら、巻藁を御覧ください」
アローズに言われて巻藁を見ると……燃えてた。パチパチと音を立てて、赤い炎が燃え上がってた。火元は巻藁にできた切れ目だ。
「刀身へ火の魔力を込めることにようやく成功しましてな。刺したり切りつけたりした物を燃やすことができるようになりました」
……魔剣じゃん!
いや、槍だから魔槍か! ファンタジーキタコレ!
「この槍、大魔王様にあやかって銘を地獄の炎、『獄炎』と名付けました。お納めくだされ」
厨二じゃん!
けど、俺の厨二魂にも火が点いたよ!
やるな鍛冶聖!
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