041

 ♪パッパパァ~ン! 石鹸~!

 出来ちゃったみたい。貴方の子よ、覚えがあるでしょう?

 そんな怖い言葉を聞かされた事はないし聞きたくもないけど、石鹸はちゃんと出来た。めでたい。でも愛でたくはない。使うだけ。

 そういえば、『おめでた』だと喜ばしいのに『おめでたい』だと残念な感じになるのはなぜだろう? ニポンゴ、ムツカシイネ。ヨクワカラナイヨ。


 見た目は薄いクリーム色の直方体だな。ほんのり超すだちの香りがする。ちょっと美味しそう。キキが食べないように気を付けないと。ヤギママもかな?

 肝心の使用感は……問題なさそうだな。泡立ち、泡切れは早いし、ヌルヌルが続く感じもない。中性か弱酸性っぽい。現代物と比べてもそん色ない。これならキキにも使えるな。

 作り方は、素材を適当に器の中へ放り込んで錬金術を使っただけ。計量も加熱も攪拌も無し。なんというお手軽さ、錬金術すげぇ。両手を合わせて錬成陣を作る必要も無かったよ。エル〇ック兄弟を超えちまったな。自分の才能が恐ろしいぜ。今日から豆の錬金術師を名乗ろう。誰が豆かーっ!? 俺だ。

 魔法もそうだったけど、技能もイメージで効果が変わるっぽい。完成形が見えてると上手くできる気がする。途中経過は技能にお任せ。

 まぁ、どんなにイメージがあっても、素材が足りなかったら作り出せないんだけどさ。無から有は作り出せない。そこが錬金術の限界だな。等価交換はファンタジーでも原則らしい。


 では本日のメインイベント、この石くれの山の処理に取り掛かろうか。トンネル工事で出た産廃。

 マジで山だからなぁ。頂上まで十分ってところか? どんだけ掘ったんだよ、俺。ミスタードリ〇ーかってぇの。いや、カタ〇リダマシイかもしれん。これを丸めて星を創れという、大いなる意思の導きを感じ……感じないな。

 どっちかって言うと、創るより守れって言われてる気がする。ぼくのチタマを守ってってな感じ。ジャンルがファンタジーからSFに変わります?

 今は産廃の山だけど、これが宝の山に化けるかもしれない。それが錬金術の可能性。合成じゃなくて、分離抽出を試す!

 では早速……まずは鉄!


 おお、成功した! しかも結構な量が出来たな! 実は鉱脈を掘り当ててたのか? ちょっとしたアパートくらいの立方体ができた。いいねいいね、色々作れそうじゃない? それじゃ、これは亜空間に仕舞っておいてと。

 次は……やっぱり金でしょう! 錬金術って言うくらいだしな!


 あー、無いわけじゃないけど、鉱脈は無かったのかな? 小さいインゴットひとつか。まぁ、今後人の街に行ったときに役立つかもしれないし、これも亜空間へっと。

 金の次って言ったら銀だよな。ほいっ。


 これは金の倍くらいか。採れただけでも良しとしよう。いずれ食器に加工だ。これも亜空間へゴー。

 金、銀、と来たら、次はパール! じゃなくて銅。山でパールは採れねぇよ。オパールならもしかして?


 おー、これは結構あるな! ミニバンくらいの塊になった! まぁ、あっても使う機会はないんだけど。

 ちょっと前なら鍋用に欲しかったんだけど、今は軍隊から強奪した軍用の鍋があるからなぁ。スープが三十人分くらい作れるでっかいの。キキの離乳食用に小さいのを作ってみるか? 使い道はそれくらいかな。

 あとは何かな……適当に色々抽出してみるか。じゃ、アルミ! 石灰! チタン! プラチナ! ……!


 うん、もういいかな。産廃の山が本当の産廃になった。砕いたコンクリみたいなカスばっかり。でも、まだ元の山の三分の二くらい残ってる。

 これを放置したら周囲に悪影響が出るかもな。残りものには福があるっていうけど、使えない素材には毒があったりするし。残り物には毒がある?

 とりあえず、地面に溶け出さないように固めておくか。いずれ運ぶことも考えて、一メートル四方の立方体に分割してっと。

 おー、なんか深い緑色の岩になった。これはこれで綺麗だな。けど産廃。いずれどこかに穴を掘って埋めてしまおう。


 さて、今日もよく働いたなぁ。もう太陽が外輪山にさしかかってる。

 今夜もキキと一緒にお風呂に入って寝るとするか。多分ヤギママも一緒に入るだろう。一家団欒だ。ひとりとして血が繋がってないどころか、種族まで違うけど家族だ。いいんだよ、家族に定義なんて無いんだから。



 カンカンッ、カカカンッ!


「なかなかやりますね! 模擬槍とはいえ、私の槍をよく捌いてます!」

「成りたてですけど、これでも名持ちなんで! いずれ槍聖殿に追い付いてみせますよ!」

「ははは、これは手強い! 追い付かれないように私も精進せねば!」


 元気じゃのう。おっと、お爺ちゃんアーサー化してしまった。今はマーリンだからな、知的な紳士モードで。

 体調が戻ったばかりだっていうのに、槍聖アローズは元気だな。腕が鈍るからって、落ち着いて見えても中身は脳筋か。まぁ、傭兵だしな。

 日干し大根の状態から、たった三日でほぼ復調っていうのは凄いと思う。本人も驚いてたから、きっと俺の技能の効果だろう。何が効いたのかは知らん。

 もう三十分もライアンと打ち合ってる。元気じゃのう。あ、またアーサーが。お爺ちゃんだからちょっとずつ漏れちゃうの。

 アローズは先の丸まった模擬槍、ライアンは幅広の木刀だ。どっちも俺のお手製。いつまで経ってもスネ毛毟りの痛みには慣れない。

 模擬槍は普通に棒の先に玉が付いてるだけだけど、ライアンの木刀はちょっと変わった形にしている。幅広で切っ先が無く、斬り落としたように五角形の断面が見えている。そして握りには『風林火山』の文字が刻まれている。

 ふふふ、ふはははっ、あーっはっはっはっ! そう、伝説の聖剣は異世界で蘇ったのだ! 十本の聖剣全てを集めたものが世界の支配者となるのだ! いずれ月で最終決戦だ! そして最期には誰も居なくなるのだ!? いや、それは困るな。あと一本、黄金剣くらいで作るのをやめておこう。

 それにしても、ふたりともいい動きをしてる。アローズはともかく、ライアンもかなりの腕前に見える。後ろに目があるんじゃないかってくらい。けど、体術持ちな分、アローズの方がまだ上だな。

 動きの良さの種明かしは簡単、気配察知だ。あれ、パッシブスキルだったみたいで、俺に生えた後、眷属全員に括弧付きで生えてた。つまり、ライアンも気配察知持ちになったわけだ。もちろんキキとヤギママ、ガンモにも生えてる。

 はっ!? 昨晩ゆうべヤギママを石鹸で洗おうとしたら逃げられたのは、そういう事か!? 俺の洗おうという気配を覚られた!? 風呂に入るのは好きなくせに、石鹸で洗われるのは嫌だと?

 うぬう、ならばこちらは隠密を使うまでよ! コッソリ近付いて洗ってやる! 今夜は石鹸で決戦だ、戦場で洗浄だ! 首を洗って待っていろ! 身体は俺が洗うから!


「ふう。まだ完全じゃありませんけど、大分回復してきた実感がありますね。それに、随分と地力が上がっている感じがします」

「槍聖殿もですか。オレも以前より身体がよく動いている気がします。これは名持ちになったから……というよりは、大魔王の眷属になったから、でしょうかね?」


 うーん? そんなスキルは無いけど、効果が出てるとしたら成長促進かな? 技術とか戦闘勘も成長してるとか。


「かもしれませんね。強力な魔法を操り、配下の力を強化する。これが大魔王の力ですか……恐ろしい。敵に回すことの愚かしさを実感しましたよ」

「全く同感です。まだ見たことはありませんが、きっと見た目も恐ろしいんでしょうなぁ」

「いやいや、意外に見た目は可愛らしいかもしれませんよ。ねぇ、マーリン殿?」


 手合わせを終えて談笑するのはいいんだけど、ライアン、お前はなんでアローズには敬語でマーリンおれにはタメ口なんだ! そんなだから兵卒止まりなんだよ! ゴマを擂らなきゃ企業じゃ出世できないぞ! アローズを見習え!


「大魔王様とお呼びなさい。大魔王様の見た目に関しては、たとえ眷属であっても明かせません。拝謁できるのは我らを含めた一部の者のみです。お会いしたければ、その忠節を見せなさい。大魔王様はいつもあなた方を見ています」


 ここでな! 今、お前らと話してるのが大魔王だからな!

 ついでに言えば、この地下都市で街灯として光ってるのも俺(種)だ。町中の至る所に俺は居るんだぜ。だから変な事考えるなよ? イタすときは目を瞑ってやるから。

 姿は明かさない。なぜなら、その方がカッコいいからだ! ドヤァッ!

 まぁ、隠しておいた方が、狙われる危険が減るってこともあるんだけどな。ボンちゃんは臆病なのよ。


「ふう、恐ろしい恐ろしい。早く復調してお役に立たなければ」

「全くですな。少なくとも、美味い飯の分は働かないと」


 うむ、働かざる者食うべからずだ。ヤギママですら、キキにお乳を与えるという仕事をしている。もっとも、一番働いてるのは大魔王の俺だけどな。

 トップがあくせく働かなきゃいけない職場ってどうかと思うよ? けど、俺にしかできないことが多すぎるんだよなぁ。出来る男はつらいよ。


「身体を動かした後の、この水はたまりませんね。甘さと塩気が身体に浸み込むようです」


 うむ、俺のお手製スポドリだな。料理スキルが生えてから、かなりクオリティが上がった自信作だ。


「酸味と香りで後味がスッキリしているのもいいですな。うん? これは新しいチーズか?」

「あっ、それは」

「うげっ!? ぺっぺっ! こりゃ食い物じゃねぇ!」


 あーあ、石鹸を食ってしまう奴第一号はライアンだったか。お約束を外さない奴め。さては関西人だな? なんでやねん!


 地下都市の外はもう夕暮れだ。またいつものように夕日が山脈へ沈んでいく。

 昨日今日は、久しぶりにのんびり過ごした気がするな。ずっとこんな日が続けばいいのに。

 でも、もうすぐ雪が解けて春が来る。もうそこまで嵐の季節が近づいて来ている。避けようのない嵐が。

 備えねば。

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