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「ふぅん、ここがヤマーンかい? なんとも田舎臭い街だねぇ」


 馬車から降りてきたのは……派手なゴリマッチョのオバサンだった。

 観賞用の鳩みたいに白い羽根の襟を立たせたマント、肌にぴったり張り付いた紫と黒の虎柄のレオタードに真っ黒のスパッツ、黒い編み上げブーツ。もう、どこからどう見てもプロレスの悪役ヒールじゃん。顔をペイントしてないのが不思議なくらい。毒霧注意。

 ジャラジャラと首と手首に巻かれた金チェーンも、細いお洒落なやつじゃなくて工場でクレーンから吊り下げられてそうな極太だ。お洒落かどうかはともかく、価値と重量はありそう。鋳潰して換金したい。


「まぁまぁ、そう言わないで姉さん。もうすぐ僕達のものになるんだからさ。そうしたら、こ汚い建物は潰して更地にすればいいよ。ど田舎なんて風景以外に見るものはないんだし、少しは見栄えがよくなるんじゃないかな、きっと」


 続いて降りてきたのは『お前、正気か?』と聞きたくなるような赤いカボチャパンツを履いた白タイツのエリマキトカゲ男……いや、中世ヨーロッパではああいう格好が流行った時期もあったらしいし、そういう意味ではまだ許容範囲内か?

 まぁ、あのファッションも正気を疑うという点では同類だけどな。何か理由があってああいうファッションになったんだろうけど、もっと別の解決策があったんじゃないのって訊きたくなる。

 君、行動する前によく考えた? 着替えた後に鏡見た? 白タイツが似合うのは幼女とバレリーナだけだよ? 幼女のバレリーナは最強だよ?


「チッ、なんて無礼な奴らだ。先生、脱がしますか?」

「やめい」


 大人しいシャリムが、珍しくいきどおってる。自分の命と引き換えにしてでも守ろうとしたこの街をけなされたのが、余程腹に据えかねたと見える。この街が大好きだもんな、シャリム。

 それはそれでいいとして、『殺りますか?』みたいなノリで『脱がしますか?』と訊いてくるのはやめて欲しい。血が騒ぐんだろうけど、他人を脱がせるのは犯罪だからね? 脱衣は自分だけにしておいてね。


「今はまだ仮面を外すでない。決闘の寸前まで被っておくのじゃ。それが戦略というものじゃ」

「っ! そうですね、脱ぐのはそれ相応の舞台の上でないと。流石です、先生!」


 最近はコイツの扱いにも慣れてきた。慣れたくなかったけど、露出狂の扱いに慣れてしまった。自分の順応性の高さが恨めしい。これも『最適化』の影響か。くそ!


「ようこそ、デルポイ子爵閣下。遠路遥々ようこそお越しくださいました。馬車での旅は大変だったでしょう。帰りは船便もご用意できますので、是非ご利用ください」

「ああ、君が領主代行・・のハシム君かい? 今までご苦労だったね。僕が来たからには、もうお役御免だよ? 荷物をまとめて出ていく準備はできているかい?」

「いえいえ、ご心配には及びません。今後も経営計画が詰まっておりますので。多忙過ぎて、皇都へお帰りになる閣下をお見送りできる時間があるかどうかも怪しいくらいですから、引っ越しなんてとてもとても」


 おっと、早くも決闘の前哨戦が始まった。まずは舌戦ってことだな? 昔の戦争でも戦口上っていうのがあったらしいし、その異世界版ってわけだ。

 舌の回りは若干シャリムの方が上だな。直接的な言い方じゃない分、嫌味が強い。もう少しで京都人の足元くらいには立てそうだ。ぶぶ漬けおあがりやす。


「ふんっ、言うね。とても不快だよ! 穏便に済ませようと思ったけど、どうやら田舎の猿は身体に教え込まないと理解できないようだね! 姉さん!」

「ふぅん、なかなか可愛い坊やじゃないか。これは仕込み甲斐がありそうだよ。さぞかし、いい声で鳴いてくれるんだろうねぇ?」


 うん、わりと分かりやすいドSだな。皇国貴族の縁者なのは間違いなさそう。まぁ、子爵が姉さんって言ってるしな。そういうことだろう。


「失礼ですが、貴女は?」

「おっと失礼したね! アタシはザフィーラ=デルポイ、このヌフ=デルポイの姉さ! 明日の決闘ではアタシがアンタの相手をしてやるからね!」


 は? このオバサンが決闘の相手? 領主候補同士の対戦じゃねぇの?


「おや、てっきり子爵閣下と闘うものと思っておりましたが、もしやザフィーラ様が領主候補で?」

「はははっ、これだから田舎者は! 今回の領主の座を賭けた決闘は、その領地を守るに値する武力を示すことが目的。それは領主本人でなくても、領主が持つ武力であれば問題はない! そして、姉上こそが我がデルポイ家の持つ最高戦力なのさ!」


 なんだそれ?

 その理論で言うと、こっちもシャリムが出る必要ないじゃん。俺が出て蹂躙して終わりにするってぇの。


「そういうことであれば、こちらも代理を立てても構わないということですね?」


 うむ、俺が出てサクッと終わらせよう。爺ちゃんの力を見せてやる。若い頃はブイブイ言わしたもんじゃ。


「いやいや、この決闘はそもそも君が病弱だということから発したものじゃないか。そちらはその不安を払拭しなければならないのだから、君が闘うことは決定だよ。ほら、これが皇国政府発行の決闘許可証さ。ちゃんとここに書かれているだろう?」


 子爵が突き出した書類には、確かに政府公認の印章が押されている。そして、決闘の参加者の欄にはシャリムの名前と……子爵側は空欄だ。

 汚ねぇ! 病み上がりのシャリムがマトモに闘えないと計算しての策略か! やっぱ貴族は汚い! 腹黒め!

 これはもう、皇国政府ぐるみの乗っ取りってことが確定だな。元々皇国は敵って認識だったけど、もはや議論の余地はない。上層部はまとめて潰してやる!


「……確かに。良いでしょう。では明日に備えて、本日はごゆるりとお休みください」

「ああ、アンタもね! 明日は可愛がってあげるから、体をきれいにしておくんだよ!」


 決闘で何をするつもりだこのオバサン。無観客とはいえ、放送コードに引っかかるようなマネはするなよ? 光魔法での白消しにも限界があるんだからな?


「顔合わせは終わりましたかな? では、続きは明日ということで。さぁ、皆のもの、寝所の設営を進めなさい! それが終わったら明日の勝利の前祝いですよ!」

「ハハッ!」


 あっ、前回の使者のナントカさん、いたのね。オバサンと子爵の影になってて気付かなかったよ。いや、ふたりとも表面積がでかいから。

 ナントカさんの号令で、子爵の連れてきた兵隊がテントを張りはじめた。

 こっちが用意した宿舎や料理だと、何か細工や妨害行為があるだろうってことで、全部自前で用意しているわけだ。


 まぁ、そんなことしても無駄だけど。俺が本気になれば、どんな場所にも隠密と形状変化で潜入できるし、毒生成で暗殺できる。逃走も亜空間経由で楽勝だ。

 そもそも、妨害するつもりならとっくにやっている。そうする必要がないから、こうして出迎えているってことを分かってほしいなぁ。


「どうじゃシャリム、やれそうか?」

「正直に言って、不安はあります。けど、僕は全力を尽くすだけです!」

「そうか……程々にな」


 グッと拳を握ったシャリムがキリッと虚空を睨む。

 まぁ、多分大丈夫だろう。できることはやったしな。

 やっちまったからな! やっちゃったことは仕方がない! あとは野となれ山となれだ!

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