098

「マーリン様、もうすぐ私たち、地上へ引っ越すんですか?」


 オッパイお姉さんラナのオッパイが質問してきた。いや、オッパイじゃなくてお姉さんのほうだ。そっちが本体だ。

 いや、オッパイが本体という可能性もあるか? 本質がどこにあるのか、それが問題だ。

 カレーライスの本体はカレーかライスか。これは永久に解けない難問だろう。

 なので、オッパイお姉さんの本体問題についても、永久に答えが出ない可能性は高い。

 しかし、我々はその答えを求め続けるだろう。なぜなら、そこにオッパイがあるからだ! オッパイを求めるのは男の本能なのだ!


「ええ、もうほとんど移住の準備は整っています。貴女方のいた元の村よりは寒いでしょうが、丈夫な家を建てましたので凍えることはないと思います。大丈夫、静かな森に囲まれた良いところですよ」


 オッパイについてはおくびにも出さずに答えるマーリン。紳士なので。


 実際は、この地下都市を大魔王の本拠地に作り変えるためなんだけどな。改装して魔界っぽくするつもり。無駄に刺々しい塔とか、憧れるよな!

 そのために、弱点になりうるオッパイちゃんたちを避難させようって魂胆だ。もし攻められたとき、非戦闘員はいないほうがいい。


「おー、ようやく外に出られるのか。そろそろ太陽の光を浴びたいと思ってたんだよ。まぁ、ここも悪くなかったけどな」


 おっと、出たなライアンオッサン。いや、実際にはまだニイチャンと呼んでもいい年齢だけど、見た目がオッサンだからオッサンでいいのだ。パパだからパパなのだ。

 最近はずっと鍛冶聖ギーの手伝いばかりで、あまり戦闘訓練はしてなかったはずなのに、意外と身体が締まってるな。

 いや、腕と背中は以前まえより厚みが増してるっぽい。ずっと重い槌を振ってたからか?

 そう言えば某ボクシング映画でも、重い斧で薪割りするっていう特訓をしてたな。背筋が鍛えられるとかなんとか。アレと同じ効果が出たのかもしれん。


 服がパツパツになってるな。力入れたら破れそう。無精髭も相まって、非常に暑苦しい。

 また新しい服、作らなきゃいけないのか。野郎の服なんて作りたくないんだけどなぁ。

 お姉ちゃんやお嬢ちゃん、クリスのはいいんだ。作ってて楽しいし、キキに着せる服を作るための練習にもなる。

 自分の分身の服を作るのもいいんだ。だって皆同じスーツだし。サイズ変えるだけで済むから手間はかからない。

 いっそのこと、ライアンたちもスーツにするか? 既にお姉さんオッパイもスーツ着てるしな。眷属は全員お揃いのスーツを着るってことにすれば一体感が生まれるかもしれん。うん、それでいい気がしてきた。


「……旦那、なんか動きがあったんだろ? そろそろ討伐軍が近づいて来ててもおかしくねぇ時期だからな」


 ほう、鍛冶屋の真似事してても、やっぱり兵士ってことか? 戦いのことは頭から抜け落ちていなかったらしい。

 まぁ、現実はその予想とは真逆だけどな。


「オレと槍聖の旦那は兵士だからいいけどよ、ラナさんやギーの親方、マナ嬢ちゃんは平民だ。引っ越すのは避難ってことじゃねぇのかい?」

「その話、私も聞きたいと思っていました。一緒にお伺いしてもよろしいですか?」


 おっと、槍聖アローズも来たか。

 そうだな、全員に共有しておくべきかもな。ヤギやオークはペット枠だけど、ヒトはペットじゃないし。女性ならともかく、オッサンをペットにする趣味はない。そんな特殊な性癖は持っていない。それ、性癖じゃなくて病気だよ。


「そうですね、現状を全員で共有しておいた方がいいでしょう。では、そこで覗いているマナさん、ギー殿を呼んできてもらえますか?」

「っ!?」


 なんでビックリしてるんだよ。気づかれてないと思ってたのか? まぁ、普通は天井裏に少女が忍んでいるとは思わないか。

 だがしかし、俺には気配察知技能スキルがあるからな。分身を隈なく配置してあるこの地下都市の中でなら、どこに誰が居るか手に取るように分かる。私に死角など無いのだよ!


 しかしあの子、日に日にストーキングのレベルが上がってるよな。最初はドアの隙間から某家政婦っぽく見てるだけだったのに、最近は天井裏や床下にまで忍んでくるようになったし。『あらあら』じゃなくて『ニンニン』が口癖になってそう。

 そういえば、あの子は意外と筋肉質だったな。身体を動かすのに向いているのかもしれん。そっち方面に興味があるなら、鍛えてあげるのも選択肢のひとつだな。

 女忍者、いや忍者ガールか……いいね、衣装は任せなさい! 露出が際ど過ぎて、コスプレイベントでは警告を受けるような衣装を考えてあげよう! 『日本いちぃ〜!』なやつより、もっと過激なやつ。それもう紐だよ!

 あっ、あの子はそこまで肉感的じゃなかったな。微乳だった。そうなると、ちょっと紐は難しいなぁ。さて、どうするか……。


「お呼びか、マーリン殿? 何か作る予定が?」

「いえ、現在の我々の置かれている状況を皆さんと共有しておこうかと思いまして、お呼び致しました」


 おっと、考え事している間にギーが到着したか。相変わらずの作務衣姿だ。似合ってるけどムサい。

 お嬢ちゃんも何食わぬ顔でその後ろに立ってる……うん、微乳。でも大丈夫、それを活かす衣装を考えてあげるから! なんなら、その微乳を美乳にまで育てる手伝いだってしてあげるから! オジサンに任せておきなさい!


「揃ったようですね。クリスにはパパイヤから伝えますので、こちらはこれで全員です。では時系列順に話していきましょうか。まず、ライアン殿とアローズ殿を含む皇国の大魔王討伐先遣隊が全滅したところまでは、皆さんご存知かと思います。その件を受けて、皇国、王国、教国を中心とする合同討伐軍が計画されました」

「そんな……」

「やっぱりな」

「仕方ありません」


 皆の顔が一様に曇る。けど、大丈夫。


「しかし、これは各国の足並みが揃わずに瓦解しております。なので、現状では大きな戦闘が起きる可能性は低くなっております」

「なんだ、攻めて来ないのか」


 なんでちょっと残念そうなんだよライアン。戦争なんてしないに越したことはないじゃないか。暴力で物事を解決しようとするのは野蛮人の考えですよ? 頭脳じゃなくて筋肉で考えてますよ?


「いえ、教国だけは単独での討伐軍派遣を計画しております。まだ情報が集まっておりませんので詳細は不明ですが、早ければこの秋、遅くとも来年の雪解け時期には攻めてくるのではないかと予測しております」


 教国は筋肉で考えてすらいないけどな。単なる反射反応だ。

 合同討伐軍が解散したあの会議の後、教国の聖者は使節団と一緒に本国へと引き上げて行った。今はまだその帰路の道中だ。

 俺の分身の一体を馬車の一部に変形させて同行させているから、連中の情報は常に筒抜けだ。隠密行動ストーキングというのは、こういう風に行うのだよお嬢ちゃんニンジャガール


「教国以外の国は、大魔王様との和平を模索しているようです」

「なっ!? それは本当ですか!?」

「ええ、少なくとも王国の賢者と勇者は前向きに検討しているようです」

「賢者はともかく、勇者まで……何か、そうせざるを得ない異常事態でも起きたのでしょうか?」


 おっ、さすが名持ち、鋭い。アローズは状況分析能力が高いな。


「ええ、実は何人かの体内時計技能持ちに、この大地が数年以内に崩壊するという神言が伝えられたようなのです」

「なっ!?」

「そんな!?」

「おいおい、マジかよ!?」


 まぁ、驚くよな。伝えてどうなるってものでもないけど、知らずにその時を迎えるのも不本意だろうから伝えておく。

 そんな時が来ないよう、できる限りのことはするけど、もしだめだったときは……ごめんね?


「はい、どうやら間違いないようです。ですので、賢者と勇者を擁する王国は、大魔王様と争っている場合ではないという判断を下し、和平を結び、協調して大地の崩壊を食い止めようという方針に切り替えたようです」

「なるほど、そういう理由なら納得です」

「大魔王様もこの事態を憂慮されておられますので、おそらく和平を受け入れるものと思われます。王国とはまだ何のいさかいもありませんので」


 話し合いで解決するなら、それが一番。殴り合いはその次だ。

 昔のバトル漫画みたいに、殴り合った後に友情が芽生えるならいいんだけど、組織同士の殴り合いの場合はそうもいかないからなぁ。大体の場合で怨恨が残る。そして泥沼の闘争へ。

 なので、話し合いで解決するのがベスト。それが一番楽だ。


「皇国はどうなんですか? 私が言うのもなんですが、皇国は既に大魔王様と敵対しておりますが?」

「そちらは、秘密裏に我らの仲間が潜入工作を行っております。既にいくつかの領域を切り取っておりますが、まだ表面化はしておりません。いずれ発覚するでしょうが、その時までにできるだけ多くの領域を切り取れるよう進めております」

「皇国は滅ぼすってことか。まぁ、仕方ねぇよな」


 攻められて、それを何もなしに許すっていうことはできないんだよね。組織同士の抗争の場合、それは舐められて蹂躙される理由になるから。しっかり報復しておかないと。

 こちらを滅ぼすつもりで攻めて来るのなら、自分が攻められて滅ぼされる覚悟もするべきだ。銃を撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけなのだ。

 変態を攻めるなら、変態に攻められる覚悟もするべきなのだ! 貴方は受けよ、覚悟しなさい!


「教国は、攻めてきた場合は、これを撃滅します。その後教国へ逆撃を仕掛け、征服します」


 本当は宗教国家なんか征服したくないんだけどなぁ。

 だって、狂信者って死ぬまで立ち向かってきそうじゃん。『教えが〜』とか言ってさ。

 戦国時代の一向一揆や江戸時代のキリシタン一揆も、降伏しないから皆殺しにするしかなかったらしいし。

 国は征服できたけど、生きてる人は誰もいなかった、なんて話になりそうで、今から気が重い。本当、宗教に狂った奴らって厄介だ。


「あの、その、戦争や大地の崩壊に関して、私たちに何かお手伝いできることはありますか?」


 お姉さん、そんな遠慮がちに聞かなくてもいいんですよ? そのオッパイくらい強い自己主張をしても大丈夫。私が受け止めましょう。こう、下から支えるようにポヨンポヨンと。


「今のところはありません。大地崩壊の原因は不明ですし、教国の侵攻も未定ですので。もし何か協力を求めることがあれば、その際はこちらから申し入れます」

「そう、ですか。分かりました」


 ホッとしたような、残念なような顔だな。心の葛藤が見て取れる。見れるとは違う。オッパイには見惚れてる。それは良いものです。


「なら、今回の引っ越しの理由は何ですかな? ワシらはここでの生活に不自由は感じておりませんのですが」


 ギーはそうだろうな。鍛冶仕事してるだけで幸せそうだし。名持ちになって作れるものが増えたのが嬉しいんだろう。


「それはこちらの都合です。実はこの地下都市に大魔王様の居城を作ろうという計画がありまして。そうなると教国に攻められるかもしれませんので、皆さんには先に避難していただこうというわけです。こちらの都合で振り回して申し訳ありません」

「なんと! そういうことなら仕方がないですな。アローズやライアンはともかく、ワシらは戦いに向いておりませんからな。しかし後方支援であればお役に立てましょう。なんなりと申し付けくだされ」

「その際はよろしくお願いします」


 ギーは話が早くて助かる。仕事も早いし、飯を食うのも寝るのも早い。生き方がシンプルで羨ましい。


 大丈夫、引越し先の家はもうあるから安心してくれ。全部新築の出来立て新興住宅地だ。

 まぁ、一軒だけ真実の口が開いてるけど気にするな。オッサン顔だけど、慣れたら可愛く見えてくるよ、多分。

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