第147話 とっておき
浅見さんが言っていたとっておき。
それが俺たちの目の前に鎮座していた。
「このパワードスーツみたいのはなんですか?」
「よく聞いてくれたわ。これは装着者に無理矢理剣術の達人の動きをさせるスーツよ」
「無理矢理って、下手したら骨が折れたり、筋を痛めたりしませんか?」
「するわ。大変危険だけど、効果的に体で覚えられるのよ」
俺と仁子さんはドン引きしていた。
何の少子もなく、無理矢理体を動かされるのは、痛いに決まっている。
このパワードスーツが一番奥にしまってある理由がわかった気がした。
パワードスーツに距離を取る俺たちに浅見さんが力説する。
「よく考えてみて、どれほど高度な剣術を説明されても、実際にその通りに体を動かせなかったら、習得は出来ないと思うでしょ?」
「……そうですね」
「東雲君ならわかってくれると思っていたわ。これを使えば、小難しい理論や方法など必要ないの。このスーツが体に教え込んでくれるから!」
ちょっとマッドサイエンティストの香りがするのは気のせいだろうか。
「今までこれを扱える人がいなかった。でも、今日の健康診断で君なら大丈夫よ」
「俺の骨格が普通の人より頑丈だからですか?」
「その通り! とうとう私が開発したスーツを使いこなせる者が現れたわ」
おっと、俺の聞き間違いでなければ浅見さんが作ったのか!? こんな危険な物を!
どうしようかな……浅見さんはものすごく期待した目で俺を見ている。
俺の骨や筋などはかなり頑丈なのは確かだし。このスーツを着れば、達人の動きが再現できる。そう思えば、ぜひ体験したいところだ。
「ちょっとだけなら」
「よく言ったわ! さすがは仁子ちゃんが連れてきた子ね」
仁子さんは頭に手を当てて、首を横に振っていた。
物は試しだ。達人への道の近道かもしれないし。
浅見さんはうきうきしながら、俺にスーツを装着してくれた。
ずっしりして結構重いぞ!
「これは高純度の人工オリハルコン製よ。だから、ちょっとやそっとでは壊れないわ。準備はいい?」
「お願いします!」
「じゃあ、力を抜いて、スーツの動きに身を任せるのよ」
俺は言われたとおりに、体の力を抜いた。この状態で、勝手に体を動かされることがどれほどヤバいことなのか……そのときを俺はわかっていなかった。
「スタートさせるわよ。それっ!」
「ぐはっ!」
猛スピードで体が右に左に勝手に動かされていく。そのたびに骨が軋み、筋や関節が悲鳴を上げた。
俺は15分ほどマリオネットのように動き回った。そして停止ボタンが押されると、死んだ蛙のように床に倒れ込んだ。
「とりあえず、このくらいにしておこうかしら」
「八雲くん! 大丈夫!」
「ぐへっ……体が……体がっ」
たぶん、足の骨と肋骨の数本が折れていると思われる。あと靱帯損傷も数カ所。
仁子さんは、自分用に持っていた中級ポーションを俺に飲ませてくれる。
バッキボッキと音を立てながら、体が治っていった。それと同時に激しい痛みが襲ってくる。回復で骨や関節、筋などが正しい位置に無理矢理戻されたのだ。
「ぎゃあああああっ」
またしても、俺は死んだカエルのように床に転がった。
その様子を見ていた仁子さんはさすがに抗議する。
「浅見さん、これはやり過ぎよ。このスーツはすぐに廃棄してください!」
「いいえ、見なさい。東雲くんなら使いこなせると思っていたわ。スーツを使った後のダメージコントロールが問題だったの。でもダンジョン神なら中級ポーションでそれが解決できるわ」
よっこらせっと! 俺は立ち上がって、二人に無事を知らせる。
でも死ぬかと思った! これは危険すぎるスーツだ。
それでもリスクに見合ったものは確かにある。知識として理解していても、どうしても体で再現できなかった動き。
それが、このスーツによって正確無比に達人の動きが体験できていた。
俺が求めていたものが、ここにあったのだ!
「浅見さん、このスーツをください!」
「あなたなら、そう言うと思っていたわ」
彼女は深く頷きながら、俺に拍手を送ってくれた。
仁子さんはそんな俺に駆け寄って言う。
「さっき骨が折れまくっていたのに、本当にいいの!?」
「うん。凡人が剣術の達人になるためには、これが必要なんだ。多少のリスクは目を瞑るよ」
「八雲くんがそこまでいうのなら、止めないけど。利用するときは私が居るときにしてね」
スーツの使用後は、体の骨が折れたり、靱帯損傷をしてしまう可能性が高いから、仁子さんがサポートしてくれるようだ。
慣れるまで、お言葉に甘えさせてもらおう。
浅見さんは俺が装着していたスーツを外しながら言う。
「このスーツは10億円くらいするけど、大丈夫?」
「問題ないですっ!」
「あと定期的なメンテナンスも必要だから、健康診断の際に持ってきてね。メンテナンス費用は1億円くらいだと思って」
「わかりました!」
高い買い物になってしまったけど、得られるものはとても大きい。
しかも、浅見さんの説明では、剣術以外にも沢山の武道に精通しているという。
まずは剣の達人を目指して、余裕があれば槍の達人とかも頑張ろう!
浅見さんは引き渡しをするまえに、スーツをメンテナンスしておきたいといって、上の階へ行ってしまった。
「浅見さん、すごく喜んでいたね」
「あれって、昔からの売れ残りだったから……買い手が付いて嬉しいんじゃない」
「そういえば、この下にもフロアがあるんだよね」
エレベーターに乗った際にB2のボタンがあったのだ。
「そうよ。この下は模擬戦が行えるようになっているの。このフロアと同じ人工オリハルコン製だから、少々暴れてもへっちゃらよ」
「すごいっ! メルトも大丈夫かな?」
「それは無理でしょっ!」
やっぱり無理か。メルトを試し打ちして、熟練度をさらに引き上げたかったのに。
全力で放たなければ、熟練度が上がらないからな。どこか、思いっきりメルトできる場所が欲しいものだ。
「浅見さんが戻ってくるまで、暇だし。地下2階を私が案内してあげる」
仁子さんはこの施設の常連さんだ。浅見さんがいなくても、すでに施設のことはよく知っていた。
「お願いしようかな」
「なら、付いてきて!」
模擬戦ができる場所か。楽しみだな!
俺はウキウキしながら、エレベーターに乗り込んだ。
仁子さんがB2のボタンを押して、俺へ笑顔を送ってきた。
「どうしたの?」
「私と模擬戦をしてみないっ」
「えっ、仁子さんと!」
「どうかな?」
う〜ん、俺としては仁子さんと殴り合うなんて考えられない。
どうやって断ろうと思っていると、エレベーターが大きく揺れた。
「なんだっ!」
「あっ、非常停止になっちゃった」
閉じ込められた!? 二人でどうしようって顔を見合わせていると、エレベーターが何ごとも無かったかのように動き出した。
仁子さんはびっくりして損をしちゃったと言って、ほっとしていた。
「さっきの地震だったのかな」
「う〜ん、その割には短い揺れだったわ」
エレベーターの調子が悪いのだろうか。
浅見さんにこのことを知らせた方が良いな。そんな話を二人で話していると、エレベーターのドアが開いた。
「ここが地下2階よ……あれっ、ここはどこ?」
「仁子さん、これってダンジョンだよね」
エレベーターから降りたら、なぜかダンジョンの中だった。
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