第100話 帰り道
会合からの帰り道。西園寺さんが運転する車で新宿ダンジョンへ送ってもらっていた。
後部座席には俺と仁子さん。助手席には、窮屈そうに鋼牙さんが座っていた。
「八雲くん、本当に良かったのかい?」
「ええ、一緒に帰ったほうがいいと思います。仁子さんが住んでいる家をまだ見ていないんですよね?」
「そこまで言われたら、甘えさせてもらおう。家には酒はあるのか?」
「あるわけないでしょ! 私の家では禁酒だから」
「なんてことだ。せっかく八雲くんを招待して、一杯やろうと思ったのにな」
「えっ、俺って仁子さんの家に招待されるんですか?」
「パパは今閃いたのよ」
仁子さんは呆れながらも、自分の家に電話をかけていた。
使用人に買い出しをお願いしているみたいだ。今の時間で開いているのは町の中心分にあるスーパーだけだろう。
それを聞いた鋼牙さんはにやけた顔をした。
「もしかして、買ってくれるのか?」
「ダメといいたいところだけど、譲歩してノンアルコールで我慢してね」
「頭にノンがついているぞ」
「明日も早いんでしょ」
「だんだん母さんに似てきたな……」
仁子さんはお酒を鋼牙さんに飲ませる気がないようだった。
懇親会でも、飲ませないようにしていたので、それだけ娘としては父親の体を気遣っているのだろう。
「中級ポーションを飲んでいるのだから、今は健康だぞ」
「パパはそうやって、すぐにお酒を飲もうとするからダメなのよ」
肩を落とす鋼牙さんを見て、信号待ちの西園寺さんが言う。
「タルタロスのギルド長といえども、娘には敵いませんね」
「子供の成長には驚かされるばかりさ。君は俺たちを送った後は、まだ仕事かい?」
「天空ダンジョンの調査があります。できる限り、安全を確保したいので」
「そうか……いつものように先遣隊を送らないのは何故かな?」
バックミラーには急に真面目な顔になった鋼牙さんがいた。
今日の会合で、初めて会場に入った時と似た空気が漂い始めた。
それでも、西園寺さんは微笑みながら答える。
「どこのギルドも大変興味を持っています。それに発見が全世界で知れ渡っています。先遣隊として一つのギルドを優遇すると問題が出てしまいます」
「知床ダンジョンのようにはいかないと?」
「大手ギルドでも同じです。今の天空ダンジョンはバリアのようなもので、守られています。ですが、それが次第に弱まっていることがわかっています」
「バリアが消える予測が、日本領空に入ったときというわけかな?」
「はい。偶然にしてはタイミングよく過ぎます。慎重にことを運ぶべきかと」
「いくら国が取り仕切ろうとも、相手は探索者だ。一筋縄ではいかんだろうな」
鋼牙さんの言葉に俺は納得する。
探索者って結構自分勝手な人が多いと思う印象だ。懇親会であったダンジョン配信者のコウノトリさんは最たるものだ。あの人は間違いなく国の決まりを破って、天空ダンジョンへ一番乗りを狙いそうである。
西園寺さんは諦めるつもりはないようだ。
「それでも、探索者たちには皆で協力をすることを知ってもらいたいのです」
「難しい話だな。ギルド内でも利害関係がある。探索者がギルドに所属するのは自分にメリットがあるからだ。ギルド同士となれば尚更だ」
「天空ダンジョンは良いきっかけとなってくれることを望みます」
「誰よりもと求める者たちに、今更変われとは酷だな」
俺も鋼牙さんと同じ意見だった。
探索者は、命の危険があったとしてもダンジョンへの情熱が冷めることはない。
強い気持ちがあるから、誰よりもという競争が生まれるのだ。
俺としては、安全な探索をしてほしいので販売ゴーレムを通して、アイテムを提供している。しかし、そんなアイテムですら獲得競争が起きているのだ。
みんなが協力して探索することは素晴らしいと思う。でも現実は実に難しい。
誰もが一番になれるような環境にないからだ。
しばらく沈黙をおいて、仁子さんが西園寺さんに言う。
「探索者がランク制なんだし、この時点で大きな隔たりがあるわ」
「仰るとおりです。皆があなたのように強ければいいのですが」
「それはそれで問題になりそうね」
俺たちは、仁子さんだらけになった状況を想像して思わず笑ってしまった。
「ちょっと八雲くん、笑いすぎ」
「ごめん、ごめん」
「こうなったら、君にいいものをクラフトしてもらいましょ。それで解決よ!」
「そんな無茶苦茶な」
しかし、それを聞いた鋼牙さんや西園寺さんは頷いていた。
「八雲くんなら、やってくれそうだ。いつも君のアイテムには驚かされるばかりだからな」
「期待していますよ」
「二人までやめてくださいよ」
アイテムクラフトはコントロールできない。どのようなアイテムを得られるかは神ぞ知る。
それにどのようなアイテムで、ギルド同士が協力し合えるような環境になるのかを俺には想像できなかった。
無茶振りをされて、困っていると鋼牙さんが改まった顔をして言ってきた。
「知床ダンジョンで、中級ポーションなどを得られるようにしてくれて助かっているよ」
「販売ゴーレムの売上を見ていたんですけど、すごいですよね」
「あそこは今や探索者の聖地になっているよ」
「聖地!? なんですか!? それは!?」
観光名所になっていることは知っていたけど、聖地は一体?
仁子さんは無知な俺にドヤ顔で教えてくれる。
「八雲くんは、期末テストとダンジョン探索の両立で忙しいから、知らなくても仕方ないわね。今ね、ダンジョン神の足跡を辿るのが流行っているのよ」
「マジで!?」
「探索者の中で聖地巡礼って言われているのよ。ここ最近になって、盛り上がりを見せているからね。そろそろニュースになると思うわ」
「動画配信で実況している人がいなかったけど」
俺はダンジョン配信者として、いつもリサーチしていた。
なのに、そのような気配が全く見られなかったのが謎だった。
「たしか配信するのはよくないという風潮があるみたい。ダンジョン神の加護が得られないとかなんとか……」
「当の本人が知らないなんて」
「ほら、ダンジョン神は販売ゴーレムのブラックリストを設定できるじゃない。もし、お気に召さない配信をした場合、永遠に販売ゴーレムが使えなくなるリスクがあるのよ。だから、こっそりするのが吉ってね」
もしかして、自動のブラックリスト設定によって、販売ゴーレムが利用できなくなった人たちによって流布されたものなのかもしれない。
自動ブラックリストは明確なマナー違反だけを取り締まっている。それでも、利用者からしたら、どのようなことでブラックリスト入りするのかが明確にわからない。
その恐れがこういったところに現れているのかもしれない。だからといって、利用者にブラックリスト入りする理由を明確に教えるつもりはなかった。
そんなことをしたら、穴を突かれてしまう恐れがあるし、なにより不明瞭の方が販売ゴーレムがダンジョンの一部として感じられるからだ。
あれこれと考えていると、鋼牙さんが嬉しそうに言うのだ。
「八雲くんのアイテムのおかげで、探索者の死亡率が劇的に下がったよ。そのおかげで、後進の育成も類も見ない勢いだ。間違いなく、日本の探索者の底上げに繋がっているよ」
「なら、これからも販売ゴーレムをいろんなダンジョンに置いていかないとですね」
「ああ、でも無理をしない程度にほどほどに頼むよ。ダンジョン神が倒れては、日本にとって大きな損失なのだから」
「私も同意します。東雲さんの健康管理もちゃんとしてもらないと! 知っていますよ、最近寝ていないことを!」
西園寺さんはなんでも知っているようだった。俺のプライベートはどこへ行ったのだろう。
中級ポーションの力で不眠不休の俺を知って、鋼牙さんは驚いていた。そして、健康に悪いと西園寺さんと一緒に説得されてしまった。それを聞いた仁子さんは、納得顔だった。
「期末テストが終わったらちゃんと寝ます。それまでは両親に内緒にしておいてください」
「仕方ないですね」
「これも若さか……。わかったよ。それとご両親も夕食にご一緒できればうれしいのだが」
「ちょっと電話してみます」
母さんに連絡すると、すぐに繋がった。事情を話すと、快諾してくれた。
どうやら母さんは仁子さんの父親に挨拶をちゃんとしたかったようだ。鋼牙さんはギルド長として忙しい身なのでこの機会を逃すと、いつになるのかわからない。
それもわかっているのだろう。母さんは父さんにも連絡して、二人揃って片桐家に呼ばれることになった。
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