第99話 曲者

 豪華絢爛な食事を右から左まで堪能していると、見覚えのある顔の青年に声をかけられた。


「君が噂のくもくも君だよね」

「そうですけど……」


 作り物のような笑顔が印象的で、ぱっと見は好青年に見えた。

 仁子さんもどこかで見たことがあるようだった。しかし、すぐに名前が浮かばないのなら、大手ギルドの人間ではなさそうだ。


 俺も仁子さんもどこかで見たことがある人……考え込んで心当たりが浮かんできた。


「もしかして、ダンジョン配信をしているコウノトリさんですか?」

「そうそう! わかってもらえて嬉しいよ。ちょうど、イメチェンをして髪型を大きく変えたから、わかってもらえないかと思ったよ」


 つい最近まで有名配信者だった人だ。

 確か、女性関係でスキャンダルがあって、自主謹慎中だったはずだ。

 俺がダンジョン配信者になる前に、有名だから一度観たことがあった。しかし、あまり気持ちの良い配信ではなかったために、途中で視聴をやめた。


 まさか、ダンジョン配信の問題児のような人がこの場にいるとは思ってもみなかった。

 彼は俺の言いたいことがわかるかのように口を開く。


「僕は謹慎中だからね。あれは世間が勝手に僕に対してレッテルを貼っただけさ。ニュースであったことは事実無根だよ。今は、僕の実力を買ってくれたルミナスギルドでお世話になっているんだ」


 仁子さんは怪訝な顔をしながら、要領の得ないコウノトリさんに聞く。


「そんなあなたが、なぜくもくもに用があるんですか?」

「つんけんつんけんするなよ。僕は片桐仁子に話しているんじゃない。くもくも君に話しているんだけど」

「むっ!」


 間違いない! 仁子さんとコウノトリさんはソリが合わない。

 ここで乱闘騒ぎになってしまっては、西園寺さんに会わす顔がない。

 俺は交戦的になっている彼女を落ち着かせる。


「俺に用とは、どのような要件ですか?」

「率直に言わせてもらえば、コラボ依頼さ」


 それを聞いた仁子さんは俺の静止を振り切った。


「コラボ!? くもくもになんのメリットがあるのよ。あなたみたいな人とコラボしたら、デメリットしかないわ」

「そんなことを言わないでくれよ。謹慎中とはいえ、チャンネル登録者数はくもくも君と同じくらいだよ。いや、ちょっと上かな? 僕のファンを取り込めるチャンスじゃないかな?」


 コウノトリさんがいうように、彼のファンを取り込めるかもしれないのが、コラボのメリットだ。

 それでも仁子さんの指摘の通り、デメリットが大きいだろう。俺の視聴者の中には、コウノトリさんを毛嫌いしている人も多いだろう。不祥事によって、謹慎に追い込まれたほどだ。ダンジョン配信を視聴する人から、嫌われているのは間違いなさそうだ。


 そして、もっと気になることがある。コウノトリさんの視聴者は、熱狂的な人が多く、お世辞にも行儀がよろしくないのだ。

 平和主義の俺にとって、あえて火の粉をかぶるようなことは避けたい。

 会食を楽しむためにも、彼にはお引き取りを願おう。


「コラボは遠慮させてもらいます」

「そんな冷たいことを言うなよ。同じダンジョン配信者同士だろ。困った時は協力しなくちゃ」

「それにコウノトリさんは謹慎中ですよね?」

「僕の視聴者たちが、どうしても復活してほしいっていうんだ。人気者の辛いところだよね。ゆっくりと謹慎もさせてもらえないんだ。そんなときに舞い込んだのが、天空ダンジョン出現の大ニュース! これは一年の謹慎を繰り上げて、一ヶ月で復活するべきという神からのお達しだよね」


 自己中の化身のような人だった。

 俺と仁子さんは空いた口が塞がらなくて困ったほどだ。

 彼はそんな俺たちを気にすることなく話を続ける。


「僕の華々しい復活祭だ。盛大にやりたい! そう思った時、この会場で君を見つけて、ビビビッってきたね」

「勝手にこないでください!」

「くもくも君にとっても、すごいチャンスじゃないか! 超有名配信者である僕とコラボできるんだよ。逆に考えてくれ。僕がこんな状況に陥らなかったら、一生コラボの声がかけてもらえなかったんだよ」


 ありがた迷惑である。

 仁子さんを抑える手に力も入るってものだ。


「コウノトリさんは、探査者としてのランクはどれくらいなんですか?」

「Aだよ」

「大丈夫なんですか? 見るからに高難度だと思うんですけど」

「問題ないさ。僕には自慢の装備がある。それらのバフによってSランク並の強さになる。それにルミナスギルドからのバックアップもあるんだよ。探索の成功は約束されたものだよ。視聴者たちも大喜び間違いなし」

「はあ……」


 不安しかない。コウノトリさんは、天空ダンジョンで入ってはいけない人のように思えた。


「それで、どうかな? コラボの方は? もちろんいいよね」

「お断り致します」

「なんで断るんだい。あっ、そうか……片桐仁子も一緒がいいんだね。わかったよ。仕方ないな、予定を変更して特別に同行を許可してあげよう」


 やめろ! それ以上、口を開くんじゃない!

 仁子さんが俺の後ろで、めっちゃイライラしているから、いつ飛びかかってもおかしくないぞ。


「絶対にコラボしません」

「くぅ〜、頑固だな。これほど好条件を提示しているのに、君は年齢の割に頭が固いんだね。その気になったら、ここへ連絡してくれよ」

「ちょっとこれはいらないですよ」


 無理やり連絡先が書かれた名刺を渡された。

 すぐに破り捨てたいけど、変に恨みを買っても厄介なことになりそうだ。


「連絡をくれるまで、くもくも君との天空ダンジョンの攻略競争企画として、進めていくからよろしくね!」

「ちょっと、俺の話を聞いてますか!」


 コウノトリさんは用事が済んだとばかりに、会場から出て行ってしまった。

 俺たちは、呆然とその場に立ち尽くしていた。


「くもくも、どうするのよっ」

「どうしようもなにも、無視するしかないよ。ここへ連絡すれば、さらに面倒なことになるから」


 仁子さんは不敵な笑みをこぼした。


「もし天空ダンジョンで同じようなことをまだ言っているのなら、ただではおかないから」

「相手は配信中だから、手荒なことはダメだよ。ああ言う人は、関わらないのが一番さ」

「そうね。忘れましょう」


 気分を切り替えて、食事を楽しんでいると西園寺さんが人を連れてやってきた。

 彼のがっしりとした体には、ドレスコートがぱつんぱつんになって今にも破けそうだった。

 娘である仁子さんがすぐに驚いたように声を上げる。


「パパ! なんで来たの?」

「会っていきなり冷たいやつだな。お前が心配で様子を見に来たのに」


 片桐鋼牙さんは、俺に眼を合わせると頭を下げた。


「いつも娘が大変世話になっている。今日はいつにも増して、見違えたぞ」

「馬子にも衣装でしょ」

「仁子さんっ、それはないよ!」


 初めてドレスコートを褒めてもらって嬉しかったのに……。


「用事はもう済んだんですか?」

「ああ、予定していたよりも早く終わってな。近場だったこともあり、顔を出してみたんだ。ちょっと覗くつもりが、このとおりに捕まってしまったわけだ」


 困った顔をしながら、鋼牙さんは西園寺さんを見た。


「会場の前で怪しい大男がウロウロしていると連絡を受けたもので……。誰かと思いましたら、タルタロスギルドの片桐鋼牙さんだったのです」


 仁子さんは頭を抱えていた。


「私はパパの代わりにちゃんとしていたわ」

「そうか? 娘は大人しくしていたのかな?」


 鋼牙さんは西園寺さんではなく、俺に聞いてきた。

 言い淀んでしまう。だって、先ほどのコウノトリさんとのやりとりで、仁子さんは爆発寸前だったからだ。きっと俺が彼女を抑えなければ、血の雨が降っていたかもしれない。

 沈黙する俺を見た鋼牙さんは仁子さんに言う。


「まだ早かったのかもしれんな」

「そんな〜!」


 片桐親子のやりとりを存分に見守った俺と西園寺さん。

 一息ついたところで、鋼牙さんの挨拶回りに付き合うことになった。

 普段では会えないギルド長たちに、俺はちょっと緊張してしまった。そんな俺の見た仁子さんに笑われてしまったことは内緒だ。

 たくさんの名刺をもらってしまった。俺は名刺を用意してこなかったので、返すものがなく恥ずかしい思いをしてしまった。

 もし次があるのなら、ちゃんと準備をしようと心に決めた。

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