第98話 歓談
会場での小競り合いも、俺の一声で静まり返ってしまった。
因縁をつけてきたメイプルギルドの長も額に汗を浮かべて黙り込んでいる。
仁子さんはそんな彼をこれでもかと、無言で体を使って挑発していた。
「仁子さん、これくらいにして西園寺さんの話を聞こうよ」
「わかったわ。くもくもに免じて許してあげるわ。でもダンジョンで会ったときには覚悟しておきなさいよ」
「それくらいにしておこうね」
「もうスッキリしたから大丈夫よ」
これで一安心。どこの世界にも、あれこれと文句をつける人はいるようだ。
それがギルド長なのだから困ったものだ。
西園寺さんの気苦労は大変だろうなと思っていると、
「さて、皆様もいろいろと思うところがあるでしょう。ですが、天空ダンジョンが日本領空にいる時間も限られております。もし、探索中に日本をよく思わない国に移動してしまうと、皆様は帰るに帰れなくなってしまう恐れもあります」
西園寺さんは巨大なスクリーンに、天空ダンジョンの予想進路を映し出した。
「進路予測では、天空ダンジョンが日本領空にいるのは3日ほどです。その間に探索を終わらせる必要があります。今日のこの場で一番に知っていただきたいのは、3日を過ぎた場合、日本政府として皆様を守ることができなくなるということです」
噂で聞いたことがある。他国の探索者が勝手に自国の領土に侵入した場合、如何なる対抗策も辞さないという。不法入国なので仕方ないけど、特に探索者であることでとても厳しい処遇となるケースがあるらしい。
正規の入国手続きをしていないことをいいことに、その国では存在しない者として扱われて、人権を無視した非道な人体実験をされるとか……。
探索者の肉体が、どのように普通の人間と違っているのかは、未だ解明されていない。そのため、より詳細な解剖をしたがる国がいるらしいのだ。
日本でも、海外のダンジョンに探索にいって行方不明者となることも少なくない情勢だった。
西園寺さんは一呼吸置いて、俺たちを見回しながら言う。
「天空ダンジョンは日本領空にある間は、政府の管理下にあります。ダンジョンへの出入はこちらで管理させていただきます。探索時間は限られています。ここにいる皆様のすべてが協力して探索するようには求めません。ですが、できる限りの協力体制をとった上での参加をお願いします」
政府の管理下か……。そうなると新宿ダンジョンのようにお手軽に行けるものではない。探索において、事前に申請手続きをとった上で中に入ることになる。
手続きか……事務の氷室さんに相談だな。
そう思いながら、西園寺さんを見るとウインクをしてきた。
ハッとなって、改めて考える。俺の場合はどうだろう。
西園寺さんが常にマンツーマンで俺のサポートをしてくれている。
今日はどのダンジョンに探索に行くのかも筒抜けである。
つまり、俺の探索はすでに政府の管理下と言えるのではないだろうか。
今更と言うことですね。俺は西園寺さんに向けて頷くと彼女は微笑んでいた。
これは間違いなしだ!
「くもくも! いつまで西園寺さんと見つめあっているの?」
「そんなつもりはないって!」
「いいわ。それよりも、私たちは申請は必要ないわね」
「それって……」
「だって私たちはずっと政府の管理下よ」
「ですよね」
仁子さんはお分かりだった。
申請は大変そうだし、顔パスで天空ダンジョンへ行けるのなら良しとしよう。
西園寺さんはギルド長たちから、質問の受け答えをしていた。
天空ダンジョンへの移動は、政府が手配してくれるという。その代わり、費用はギルド持ちだった。
ヘリで運んでくれるのなら、面白そうだな。なんて思っていたら、結構な金額を予定しているそうで、やはり俺はダンジョンポータルでいくのが一番だと思った。
今回の会合で話すべきことが終わり、西園寺さんの緊張も緩んだように見えた。
そして、彼女はお酒を片手に言う。
「このあとは懇親会です。このように多くのギルドが一堂に会するのは、稀ですのでご歓談をお楽しみください」
笑顔で西園寺さんが壇上から降りた後に、俺たちも飲み物をもらって一息つくことにした。周りの探索者たちを見回す。
凄みをきかせていた者たちの姿はなかった。もちろん、俺たちを挑発したメイプルギルドも見当たらない。親交を深める気は全くなく、要件だけ聞いたらすぐに帰ったようだった。
仁子さんが俺の様子に気がついて言う。
「気にすることはないわ。いなくなってくれてよかったわ。あの人たちって結成した時期が他のギルドよりも早いのよ」
「古株ってこと?」
「それだけで偉そうにしているのよ。新生したギルドよりも装備は整っているからね」
そう言いながら、俺を見ながら得意げに言うのだ。
「でも、どこかの誰かさんが、とんでもないアイテムを簡単に入手できるようにしてばら撒いているから、この先はあの人たちはどうなるかはわからないわ」
「もしかして俺のこと?」
「ギルド同士の勢力図も変わり始めているから、焦っているのよ。天空ダンジョンで無茶しなければいいけどね」
「政府の管理下なんでしょ?」
「ダンジョンの外までよ。中は違うでしょ」
そういえばそうだった。ダンジョンの内部は今のところ、どこの国のものでもない。
政府の管理外というわけだ。
「何か仕掛けてくるのかな」
「どうでしょうね。くもくものブラックリスト入りには怯えていたけどね」
「そんなに怖がらせていないよ」
「ほとんどの探索者が青ざめるわよ!」
冗談っぽく言うと、仁子さんの鋭いツッコミを頂いてしまった。
ブラックリスト入りという伝家の宝刀もたくさん抜きすぎてしまえば、非難を浴びるかもしれない。やはり、ここぞというときにとっておくべきだろう。
「あれの料理を見て、美味しそう!」
「本当だ。いこう、いこう!!」
大きな伊勢海老のお造りだった。すごい……こんなものは初めて見た。
ブラックタイガーをよく食べる俺にとって、高級食材だった。
しかも、まだ僅かにエビの触覚が動いている。新鮮そのものだ!
取り皿に醤油を垂らして、一呼吸。
箸で切り分けられた伊勢海老の身を摘み上げる。
いざ、実食。 パクッ!
「うまいっ!」
「美味しいね」
「口の中でとろけて、甘みが広がって……醤油の塩気と風味と合わさって、さらに味に深みがある」
「食レポ!? それほどだったのね」
普段はそのようなことを言ったことがなかったけど、思わず言ってしまうほど美味しかったのだ。この高鳴りを口にしたくてしょうがなかった。
では、もう一口! うまーっ!!
「くもくもは、食べたことがなかったの?」
「もちろん!」
「結構稼いでいるじゃん」
「そうなんだけど……そういったことは親から独り立ちしてからにしようと思って」
まだ大金の使い方に慣れていないのだ。
だから、使い道に困っており、とりあえず投資にお金を回している感じだった。
「なら、今度美味しいお店に連れて行ってあげるね」
「やった。楽しみだな」
「今日は、ここで他の料理を堪能しましょう。予行演習ということで」
「どんどん食べるぞ!」
「いきましょ!」
俺たちは高級料理を右から左まで貪った。
途中、顔を出した西園寺さんが、他の探索者との親交を深めるように促されるほどだった。
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