第97話 伝家の宝刀

 大きなスクリーンに映し出された天空ダンジョンを見て、周りの探索者たちは息を呑む。

 俺だってここまで鮮明な映像を見るのは初めてだった。

 映像がズームアップされると、まさに空中庭園と呼ぶに相応しいほどに数多くの花々が咲いていた。

 しかし、気になったことがあった。俺たちが住んでいる世界とは植生が全く違う。

 それが意味することに俺は驚いていた。仁子さんや他の探索者たちも気がついているようだった。


「天空ダンジョンは明らかに他のダンジョンとは違います」


 西園寺さんは周りに目を向けながら言った。それははっきりとした声だった。


「ダンジョンが外に溢れ出しています。これは由々しき事態です」


 一同が響めく中で、大手のギルド長たちはしばらく沈黙していた。

 その口火を切ったのは仁子さんだった。


「ダンジョンが出現して未だかつてなかったことです。この映像以外にも証拠はありますか?」

「いいえ、ありません。この天空ダンジョンには、なんらかの結界のようなもので守られており、上陸する術がありません。無人偵察機で撮影のみとなっています」

「すでに試したのですか?」

「私たちではありませんが、他の国が行いました。通常兵器では無理のようです。但し、核を除いてですが……これはそう簡単には使えません」

「その上で私たちに見せたということは」

「はい、探索者が有する力をお借りしたいと思いまして」


 探索者しか使えない力といえば……。


「魔法ですか?」

「その通りです。それも、くもくもさんのような強い魔力を有する方の協力が必要です」


 俺が思わず発言してしまったために、周りの視線が一斉に向いてきた。

 息を飲みそうになるけど、ここは我慢だ。

 ここで引くわけにもいかない。会合の参加者として、ちゃんと振る舞わないと!


「あれは、力任せに開くようなものなのでしょうか?」

「他国のS級の探索者が魔法をぶつけた際に変化があったそうです」

「変化とは?」

「わずかに結界が弱まったと。一瞬で元に戻ったようですが」


 ということは、この会合に参加しているギルドが協力して、一斉に魔法を放てば結界を突破できるかもしれない。

 みんなもそう思ったようだった。しかし、それは軽薄な笑い声によってかき消された。

 初めにこの会場で席についていた探索者たちのものだった。

 その中の壮年の男――黒い眼帯をして、残った右目は鋭く西園寺さんを見据えている。


「おいおい、探索者はいつから仲良しごっこをするようになったんだ? 探索ってのは早いもの勝ちなんだよ」

「ですが、今回は特別です。ダンジョンがこちらの世界に影響をしているのです」

「特別って言葉が気に入らねぇ。釣られてしまえば前例になってしまう。俺たちは政府の都合の良い道具じゃねぇ」


 その意見に賛同するように違う男が立ち上がって言う。


「おいおい、儂らはいつからあなたのいうことを聞かなければいけなくなったのですかな? ダンジョンが外に溢れ出そうしてしているのなら、それにあなた方が対応してもらわなければ困りますな。儂らはダンジョン内を探索するのを生業としているだけなのですから」

「それはわかっています。その上で協力をお願いしたいのです。天空ダンジョンを探索するにも、結界をどうにかするしかないのですから」


 西園寺さんは深々と周りに頭を下げた。

 その様子に先ほどまで意気揚々と話していた男の声色が、少しだけ落ち着いた。


「まだ、儂らに伝えていないことがあるのですな」

「これを見てください」


 スクリーンに映し出されたのは、奇形の魚だった。すでに死んでいるが、何かに変体しようとしていた痕跡があった。


「天空ダンジョンが上空を通った後に発見されました。私には魚がモンスターになろうとしているように見えます」

「……信じられん」

「ですが、事実です。そして、天空ダンジョンは太平洋側からゆっくりと日本へ北上しています」

「日本へ上陸したら、どうなる?」

「わかりません。天空ダンジョンが出現して、初めての上陸なのです」

「だからといって、儂らは営利目的で動いている一企業と似たようなものだ。おいそれと手を貸せるものではない。誰も英雄になりたくて探索者をしているわけではない」


 天空ダンジョンが得体の知れない力を発しているとなれば、危険を伴うかもしれない。

 そうでなくともダンジョン探索は危険が付きものなのだ。それにダンジョン探索を生業としているからこそ、英雄譚などで動くわけにはいかないのだろう。


 だからといって、天空ダンジョンの探索に興味がないわけではない。未開のダンジョンならば、誰も見たこともない宝が眠っているかもしれないからだ。

 ここにいる探索者たちは、危険と冒険を天秤にかけて見合ったものが得られるかを考えているのだ。

 それに空の上となれば、簡単に行ける場所ではない。

 俺と仁子さんを除いてだが……。でも今はアラスカダンジョンを探索中である。

 せっかく勢いに乗っている探索を途中で中断するのはもったいない気がする。


「西園寺さん、天空ダンジョンはいつ頃日本へ上陸するんですか?」

「このままの速度で進むなら、二か月ほどかかります。また日本領空に入るまで一か月ほどです」


 思ったよりも時間がある。台風のように北上してくるように想像していた。

 それは他の探索者も一緒だった。ここで答えを急がなくても良さそうだ。

 西園寺さんなら、本当に急を要するなら別の方法を取っただろう。


 俺は仁子さんの顔を見た。

 すると彼女は微笑んだ。


「いいんじゃない。私も協力するべきだと思う。このところのダンジョン探索で力もついてきたことだし、力試しってやつ?」

「どっちが開けれるか競争してみる?」

「言うわね。でも協力しないとね。天空ダンジョンに入る前に力尽きちゃうわよ」


 俺たちは互いに頷いて、西園寺さんに言う。


「俺たちは協力します。今、探索しているダンジョンが片付いてからですけど」

「ありがとうございます。くもくもさん、片桐さん」


 俺たちが即決で天空ダンジョンの結界破壊に協力したことに、周りの探索者たちは驚いていた。

 そんな中で、先ほどの黒い眼帯の男が呆れた声で言う。


「これは子供の遊びじゃないんだよ。俺たちの話を聞いていなかったのか?」

「聞いていましたよ。あなたたちは、怖くて拒否したいだけでしょ?」

「今、なんて言った。タルタロスのギルドだからいって、偉そうに言いやがって!」

「そうですけど、何か?」

「目上に対して口の聞き方を気をつけろっ」

「は!? そっちこそ、なんでも威圧すれば良いと思っていることを改めれば?」

「な・ん・だ・と!」


 あああぁぁ……仁子さん、好戦的過ぎっ!!

 西園寺さんが慌てて、仲裁に入る。俺も飛び付かんばかりの仁子さんを抑えた。

 乱闘が始まれば、会場が壊れてしまう。それどころか、建物自体が崩壊してしまうかもしれない。


「仁子さん、抑えて!」

「でも……」


 まだ会合は始まったばかりなのだ。このままではここで解散となりかねない。

 お願いが届いたようで、仁子さんは落ち着いてくれたようだった。

 それでも黒い眼帯の男は、静まることがなかった。


「おい、片桐の娘! 今度、ダンジョンであったらただでは済まないからな」


 この人はまだ続ける気なのか。このままではせっかくの会合が台無しだ。

 俺は黒い眼帯の男の前に立った。


「メイプルギルドの黒沢宗佑さん、これ以上の暴言はやめてもらえますか?」

「なんだと!?」

「それでもやめないというならば、メイプルギルドを販売ゴーレムから出禁にします」

「お、お前……」


 眼帯の男は悔しそうな顔を一瞬だけするが、すぐに会場から立ち去ってしまった。

 俺の伝家の宝刀によって、事態は一瞬にして収まってしまった。

 それほどまでに、くもくもの販売ゴーレムはダンジョン探索に無くてはならないものなのだった。

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