第96話 入場

 スミスさんの案内で、ギルド会合が行われるという会場にやってきた。

 高層ビルを見上げていると、仁子さんがニヤリ顔で言う。


「八雲くんは非常階段で上がってみたら?」

「60階でしょ? 遅刻しちゃうよ」


 俺はスマホの時計を見ながら言った。会合の開始時間まで、5分ほど。

 のんびりと階段を登る暇はなさそうだ。高層ビルの登山は別の機会がいいだろう。


「非常階段とは別にして、外から飛んで中に入れるなら良いけど、今回は遠慮しとくよ」

「そうね。窓は開かなそうだし、突き破ったりはできないよね」


 俺たちが入り口の前で、上を眺めながら喋っていると、スミスさんが咳払いをした。


「お二人ともこれ以上は、本当に遅刻してしまいます」

「「ごめんなさいっ」」


 素直にエレベーターを使って、上がれば良いものを立ち止まって別の方法について思案する俺たちに、スミスさんは困っているようだった。

 車の中では、好きな飲み物までサービスしてもらったし、これ以上迷惑はかけられない。


「仁子さん、会場へ急ごう」

「わかったわ」

「……安心しました。さあ、こちらです」


 スミスさんはホッとした顔をして、急いで俺たちを高層ビルの入口に連れていった。

 そこには警備員たちが立っており、身分証を提示することで中へ入ることが許可された。


「厳重な警備ですね」

「ギルドのトップが集いますからね。セキュリティはそれなりですよ。ですが、いざとなれば彼ら自身でなんとかしそうですけどね」

「私と八雲くんも、ちゃんと対応できると思いますよ!」

「それは重々承知です。このエレベーターに乗りましょう」


 会話をしながら待っていると、エレベーターはすぐにやってきた。

 さっきまで60階にいたのに、このエレベーターはとても早く動くみたいだった。

 中へ入ると、スミスさんは素早く60階のボタンを押した。

 いよいよ会合開始の時間が差し迫っていた。


「スミスさん。西園寺さんは会場ですか?」

「はい。彼女は進行役として準備中です。この時間だと、挨拶は会合が終わった後になります」

「わかりました。会合後に挨拶させてください」


 エレベーターはあっと言う間に60階に着いた。扉が開かれると、ドレスコードに着飾った探索者たちで溢れかえっていた。

 もうすぐ会合だというのに、知り合いと集まって談笑している者までいる。


 俺たちはスミスさんに連れられて、受付を済ませた。


「良かった。間に合いましたね。受付締め切りまで10秒前といったところでした」

「お手数おかけしました」

「受付さえ済ませれば、もう大丈夫です」

「ありがとうございました。スミスさんも会合に参加されるのですか?」

「いいえ、私は裏方として皆様のサポートです。会合が終わりましたら、お二人をお送りします。では、私はこれで失礼します」


 彼はスマートに一礼すると、スタッフ用の部屋に行ってしまった。

 俺たちはそれを見送っていたが、すぐに会合の開始となった。

 他の探索者たちと会場の中へ入っていく。

 俺は一緒に歩く彼らを見ながら、仁子さんに聞く。


「なんで、この人たちは受付を済ませたのに中に入らなかったんだろう?」

「ああ、それね。理由は会場に入ればわかるわよ」


 仁子さんは、少しだけ困った顔をしながら言った。

 俺は彼女が言った意味がわからずに、中に入ってみると一目で理解した。


「凄い威圧……」

「でしょ!」


 社交の場とは思えないほど、大手のギルド長らしい人たちが静かに牽制し合っていたからだ。歴戦の猛者と感じさせるほどの凄みがあった。

 その人たちが散らばって席に座っている者だから、空いている席に座ろうものなら、威圧に挟まれてしまうため、なんとも居心地が悪そうだった。

 しかも、静まり返った会場は否応無しに私語厳禁のような雰囲気まである。


 会合が始まるまで、他の人たちが外で談笑していた理由がよくわかった。


 会場を見回してみると、仁子さんの父親の姿はなかった。


「あれ、タルタロスのギルド長は?」

「急用があってこれなくなっちゃった。代わりに私が名代ってわけ」

「えっ、大丈夫なの!?」


 彼女は不服そうな顔をして言う。


「これでもタルタロスの中ではパパに次いで偉いのよ」

「それって戦闘力ってこと?」

「違うわ。立場がっ、よ」


 少しだけ偉そうな感じで仁子さんは言うのだ。俺はその姿を見て、少しだけ不安を覚えた。彼女は好戦的な性格をしている。

 何か良からぬ火種を作らなければ良いけど……心配だ。

 なんて思っていると、俺のスマホにメッセージが届いた。

 おや!? なんとタルタロスのギルド長からだった。


『今日、八雲くんに会いたかったのが、実に残念だ。時間ができたら、君のご両親に改めて挨拶させてもらうよ。追伸、娘の仁子が要らぬことしないようにしてもらえると助かる』


 これは……仁子さんの父親から直々に頼まれてしまった。

 困ったな。勢いに乗った彼女を止めるのは至難の業である。ここは飛び出す前に押さえ込む必要がありそうだ。しかし、それを俺ができるのだろうか……。


 前途多難である。そう思って、会場の天井を仰いでいると、仁子さんが聞いてくる。


「どうしたの?」

「仁子さんのお父さんから、メッセージをもらったんだ」

「えっ、いつの間に連絡先を交換したの? しかもやり取りする仲になっているのよ」

「知床ダンジョンのときかな。やり取りは何方かと言えば、仁子さんのお父さんからが多いよ」

「それで、なんてメッセージが来たの?」

「俺たち二人のやり取りだから、それはちょっと……」

「大丈夫よ。私は娘よ」

「ダメだよ。それに、聞いたら不服しそうだし」

「なによ、不服って……。何をコソコソやり取りをしているのよ。見せなさい!」

「ダメダメ」


 二人でスマホ争奪戦をしていると、会場へ入る人たちの邪魔になってしまったようだ。

 スタッフの人に道を開けるように、言われてしまった。

 会合が始まろうとしているから、早く席に座ろう。

 そう思って、仁子さんの手を引いて席を探す。


「どこに座ろうかな……」

「あそこはどう?」

「めっちゃ目立つ場所だよ」

「だから良いんじゃない。どうせ、目立つんだし。今だって目立っているし」


 彼女の言う通り、俺たちが60階に着いてから、ずっと周りの視線を感じていた。

 耳を澄ませば、くもくもや片桐という名を口にする者までいた。背中の翼が生えてからは、五感が今まで以上に強化されているから、その気になればこのようなこともできてしまう。


 盗み聞きは個人的には好まないけど、こういった時は別だ。


 仁子さんはそんな俺を置いて、ズカズカと歩いて目立つ席に座ってしまった。


「早く、座りましょ」


 そして、手招きをするのだ。そんなことをする者だから、さらに周りの視線は俺へ集中した。それは大手ギルド長も同じだった。

 ある人はめっちゃ睨んでいるし……さっさと座ってしまおう。

 俺が座ったところで、どうやら全ての参加者が着席したようだった。


 壇上の西園寺さんがマイクを持って現れた。


「皆様、お忙しい中、お集まりいただきありがとうございました。今日の場が日本でのギルド活動を大いに盛り上げることにつながれば幸いです。これから様々な催しがありますが、まずはこれを見てください。すでにご存知の方もいらっしゃいますでしょうが、皆様と一緒に検討したいと思います」


 西園寺さんの後ろの大きなスクリーンにとあるダンジョンが映し出された。

 それは、空中に浮かんでおり巨大な島だった。

 彼女は俺がその名を思い浮かべるように先に口にした。


「天空ダンジョンです」

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